第31話 天籟の祖母の過去

 白銀の髪は始皇帝であるうん帝の末裔の証。二千年前、雲帝は精霊に加護を受け白銀の髪になったとされている――。


 山の民は二十年前の大掛かりな討伐後、同じ場所で生活せず、転々としていた。家族・親戚単位であちこちの山々で離れて暮らしているが、伝書鳩などを使って連携はとれている。


 雲嵐うんらんたちは山の民の族長に会わせるので細心の注意を払いながら山道を案内した。一日かけて昼がすぎたころ、族長の住む集落に出た。


 集落を隠すように木々で覆われ、小さな半円形の塀がいくつもあり、万が一燿国軍に見つかった場合、反撃できるように要塞化していた。


 子ども達が雲嵐たちをみて大喜びで駆けてきた。

らん兄さま! 今日はなに買ってきたの?」

「わぁー貴族さまがいる。キレイな顔や~初めて見た」

 山の民の子供たちは人懐っこくて、目を輝かせていた。


「長はどこにいる?」

「長老さまは上にいるよ~」


 丘の上に家が建っていた。階段を登りきると、気持ちの良い風が吹き抜けた。



「遠い所からようおいでなさった――」


 白く長い髭を蓄えた老いた長が座っていた。二十年前の軍の放った山火事の影響か、腕には火傷の痕が残っていた。

「ワシは族長の雲霧うんむと申します」

「我が名は天籟だ」

 皇子らしく堂々とした。


 雲霧は杖を突きながら近づいて天籟の顔を見て目を細めた。

「ほぉ―。暁蕾シャオレイの顔によく似ておるな。キリっとした眉じゃ」

暁蕾シャオレイとは誰だ?」

「暁華妃の母であり天籟殿下の祖母じゃ」

「たしかに暁華はオレの母だが、祖母は妓女だったはず……」


(何故、山の民が、オレの祖母の過去まで知っている……?)



 ***



 李黄川の源流となる龍黄山に大きな滝の絶景が見える。露台場所に移動して二人は座った。後ろには捧日が控えていた。

「うむ。どこから話してよいやら――」

 まるで仙人のような白髪の顎鬚を触り雲霧は考え込む。侍女がお茶を用意した。

「……」


「まず、はじめに、はるか遠い二千年前、争いばかりしていた戦乱の世を鎮め燿国を統一した始皇帝がいた。白銀の髪、燿国の伝説のうん帝だ。その帝が玉座につくと泰平の世になった。

 ところが跡目争いが起り国が混乱に陥ったので、民の安寧のため次期帝以外の皇子を粛清することにした」

「……」

「しかし、始皇帝の死後も天意を守り続けたが、百年も経たず、精霊に祝福され白銀髪の始皇帝の子孫は突発的な流行り病で亡くなり、血筋が途絶えてしまった」


「え……」


「そうなんじゃ。直系は絶えた。残ったのは山に住む皇弟の子孫。それがワシら山の民じゃ。精霊の加護を受けたのは山の民族じゃ」

「始皇帝の血筋が山の民族……?」

 天籟は困惑した。


「始皇帝が山の民族出身だったこと、五大世家の中では周知の事実じゃった。神秘性を高めるため出自を隠し、李黄家が主体となって、二千年もの間、後宮、庶民には秘密裡にされていた。長い歴史の中で、皇帝は、ほぼ五大世家の領主の中で決めるようになった。しかし、たびたび燿国で跡目争いが起こると、白銀の髪をもつ山の民が帝になることもあった。白銀は伝説の雲帝の証。しかし、山の民族もだんだん白銀の髪の男は生まれなくなっていったそうじゃ。


 ――そして天籟殿下が月福晋ゆえふじんを娶る発端となった皇家の呪いの話。


 八百年前、燿国の皇子と隠国の公主が恋に落ちた――。とされる悲恋話は、実は山の民族の皇弟の子孫だった。白銀の髪のおのこが生まれたのは数百年ぶり。燿国の次期帝に選ばれた。


 しかし皇子は言った。「妃はひとりでよい」


 当時の帝は困った、燿国の皇太子と隠国の公主が結婚した場合、山の民族の存在が隠国や平民に知られてしまう恐れがあり、反対すると駆け落ちしてしまった。やむなく燿国は隠国を侵攻して、二人は離れ離れになり自害してしまった。じゃが、この時すでに二人の間には子どもがいた。


 子どもは奥深い山の、山の民族の中で大事に育てられ、人知れず子々孫々繁栄した。八百年後の末裔が――暁蕾シャオレイじゃ」


「オレの祖母……? 妓女だったと聞いていたが、皇弟の末裔……。山の民だったのか」

「ああ、そのころ城では次期帝選びが難航して、再び山の民族が帝候補に祀り上げられた。それをよしとしない五大世家の白家の者が山の民族を粛清しようと争いが始まったんじゃ」

「!」


「争いは数十年続き、そのうち、皇弟の末裔である暁蕾シャオレイ一家は追い詰められ家族は惨殺された。命からがら逃げた暁蕾だけは帝都、花陽にある妓女たちの街、青楼に潜伏した。そして暁蕾は五大世家の紅家の当主と恋仲になり、暁華シャオホアが生まれたんじゃ」

「……!」



「紅家に引き取られた暁華シャオホアは妾腹の娘として肩身の狭い思いをしながらも育ち、やがて異母姉の翠蘭すいらん賢妃つき侍女として後宮に入ることになったんじゃ。そこで美しい暁華は雲雕うんちょう帝に見初められ側室に、生まれた皇子が――白銀の髪をもつ天籟殿下でございます」

「……そんな」



 毒殺され、亡くなった母の横で翠蘭賢妃がオレに言い放った。


 ――妓女の娘だと思っていたのに特別な血族の娘だった――。


 だから母は殺されたのか……。


 天籟は空を仰いだ。

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