第29話 辺境地の盗賊

 紫微星しびせい城から西にある李黄りおう家別邸は大河付近に大邸宅を構え、港も近く行商人や海商人が行き交い街は栄えていた。

 待機していた兵士を後ろに従え、高官が李黄家やって来た。


「会議に出席していただきたく天籟殿下をお迎えに上がりました」

 李黄家当主代理の明々めいめいが対応する。この会議で天籟の命運が決まる。

「では、天籟殿下をお引き渡し致します」

 天籟を乗せた一行は兵士に前後挟まれ、皇族にしては簡素な馬車に乗り、李黄家をあとにする。


「ふう、李黄家なんてしょせん田舎か。随分と遠い別宅で過ごされていたのですね」

 花陽かよう生まれ帝都育ちの高官はまた城に戻る長旅にうんざりして思わず不満をこぼした。

「……」



 その日の空は晴天で、雲ひとつない青空が広がっていた。透きとおるような空に鷹が飛んでいた――。



 馬車を走らせ、しばらくすると大きな河にでた。この李黄河はその昔、李黄家が氾濫の多い地域のために堤防を築いて立派な橋を建てた歴史があった。

 大きい本筋の大河と小さな枝分かれした川がいくつもあった。馬車は大きい橋を渡りきり、続いて小さな橋を渡ろうとした時、数人の怪しい男たちに阻まれた。盗賊のようだった。


「なに? 橋を渡る賃料が必要だと。盗賊どもめ! お前らにやる金はない! 我らを誰だと思っているのだ。そこをどけっ。斬り殺されたいのか!」


 兵士が相手にしないと盗賊たちは大きな石で足止めして、鎌やのこぎりで馬車を壊そうと嫌がらせをする。

 高官は不機嫌になり

「わかったから、先を急ぐ、そんなはした金なんぞ、くれてやれ」

 その言葉に一人の若い男が激高した。


「アッタマきた! どこの貴族か知らないが、偉そうに! おらたち我慢して税金を納めているというのに。みなの衆! 全部、奪いとれ」

「おー!」

 盗賊たちは叫ぶ。


「わああああ」

 馬車に大柄な男たちは襲いかかる。兵士も槍で応戦するも盗賊と思われる男たちはかけ声とともに潜んでいた盗賊が次々と出てきて五十人くらいに増えた。

「な、なんだ?」

 たとえ盗賊であってもせいぜい十人程度のはず、金さえ払えば引き下がるはずなのに、高官は恐れおののいた。乱暴に扉をこじ開け入ってきた盗賊に高官は引きずりだされ、その横に座っていた天籟も刃を向けられた。


 キン

 盗賊の剣が首元を狙ってきた、天籟は足首に布を巻き隠し持っていた短刀で、それをかわし盗賊を蹴り落とし、軽やかに馬車の屋根上に飛び乗った。

 するとガタン。と、馬車が傾くのでしゃがみ込んでしがみついた。盗賊に車輪を壊されたようだ。

「これでは、城に戻れないじゃないか」


 まわりを見渡すと、賊長と思われる若い男がやってきて、天籟に剣を渡した。

「やい貴族! 女みてぇな綺麗な顔をした苦労知らずで生きてきたお前と勝負したい。おらの名は雲嵐うんらんだ」

「……いいだろう。オレは天籟だ」

 屋根から下り、河岸に移動して、一対一で勝負することになった。


 河岸は風が強い。雲嵐は風上から疾風のように走り天籟との間合いを詰め踏み込み上に飛ぶ。刀が天籟の頭に降りおらされる前に飛びのいたが、雲嵐が着地する前にすぐ右足を蹴って前に出て、刀を横に振る。

「うえっ。まじか?」

 雲嵐は驚愕する。てっきり後ろにさがると思っていた雲嵐はそれをギリギリで避けると、天籟は演舞のように華麗にくるりと一回転して隠し持っていた短刀で太ももを刺した。


「いってぇーーーー!」


「雲嵐さま!」

 心配そうに盗賊たちは叫ぶ。

「おおぅ大丈夫だ! 心配するな! ちょっとこれは……参った!」

「……」

「うわ――。はっはっは。これは油断した。さすが太刀筋が似ているな」

「なんだ?」


 急に、雲嵐はひれ伏した。

「どうしても本人かどうか確認しておきたかったもので、非礼をお許しください」

「何の話だ?」

 天籟は怪訝な顔をする。

「俺ぁ、柳家の知り合いです。さあ、こちらに用意した山岳用の馬にお乗りください。捧日さまがお待ちです」

「!」



 ***



 雲嵐うんらん率いる盗賊たちは李黄家領の辺境地にある谷間を根城としていた。狭い崖の道なき道を馬に乗り向かった。やがて道が開けてきたら、茂みから人影が見えた。人影は急いで近づいてくる――捧日だった。


「天籟殿下……。よくぞご無事でっ……‼」

 冷静な捧日がいつになく興奮した声だった。

「捧日……? 本当に……捧日なのか!」


 天籟は馬から降り、安堵と喜びで駆け寄ると、捧日は泣きそうな顔で肩を震わせ跪き、そして天籟の両足に頭をこすりつけた。


「お、おい。何のマネだよ」

 捧日の声がかすれていた。

「天籟殿下……。わたしは来儀皇太子の思惑に気づかず、このような危険にさらしてしまい。本当に申し訳ございません」

「捧日、やめてくれよ。お前のせいじゃない。もともとオレは消えゆく皇子だ。柳家の存続のために潔く見捨ててくれてもいいんだ」

「いえ、それは――……」

「それよりオレの足、汗臭いかも、お願いだから顔を上げてくれ」

「……」


 天籟も腰を低くして、目線と合わせると捧日は瞳が潤んでいた。

「捧日こそ、月鈴ユーリンのことありがとう」


「身命を賭してお仕えすると誓います。もう、何があろうとも離れたりしません。どうかお側にいさせてください!」

「本当に一人じゃなにもできない情けない皇子だよ……。心強い臣下をもってオレは幸せ者だな。捧日を誇りに思う――。」

「天籟殿下……」


「ところで、お前はいつから盗賊の仲間になったんだ?」

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