第28話 月鈴の森
今日は使用人に手伝ってもらいながら鷹小屋を建てた。森は静かで月鈴の故郷である隠ノ領の雰囲気と似ているのか、
「やっぱり、形勢が悪いわね。このままでは天子は来儀皇太子に決まっちゃうよ。ねぇ、皇子ってやっぱり粛清されちゃうのかな……」
月鈴は不安を隠しきれない。
「大丈夫だよ。捧日さまが動いているってさ~。僕たちは見守るしかないよ」
長布で汗を拭い、立ったまま
「もー浩宇はのんきだな~」
「ところで月鈴、天籟殿下となんかあったの?」
(浩宇は何気に鋭いな……)
「う? うーん。実はね。天籟さまに告白されたの」
「へえ、それで」
「それでって……驚かないのね?
「簡単だよ。月鈴はどう思っているの? 好きなんだろ?」
「あうっ……その……いや、ちが……」
しどろもどろになり耳まで真っ赤になる月鈴。
「好きなら応えてあげなよ」
「はーそんな簡単に言わないで! わたしにはやるべきことがたくさんあって、一日も早く隠ノ領の自然を取り戻さないと……。だから今は好きとか嫌いとか――」
浩宇は林檎の食べかすを畑にぽーいと捨て、つかつかと月鈴に近づき、ギュッと抱きしめる。
「浩宇⁉ ちょっとなんなの?」
びっくりして手で押し返した。
「僕も月鈴が好きだよ」
「はぁ? 今、冗談をいうタイミングだっけ」
浩宇は月鈴の反応にがっくりする。顔を手で覆いしばらくため息交じりにいった。
「知っている? 僕がなぜここに来たか」
「へ? 鷹狩りの助手でしょう」
「違うよ。僕は月鈴より二つ年下だけど隠村の村長の息子だから、領主の娘である月鈴の結婚相手として、ここに送られたんだ」
「……まさか」
「でもさ、来たときには皇子の妻候補だったし、かりそめ夫婦だったからそばで見守って、いずれ隠ノ領に一緒に帰るだろうと高を括っていた」
「……」
「だけど、天籟殿下は違うんだよ。月鈴への想いがさ。それに二人ともケンカしているようで、いちゃついてるよね? バレバレなんだけど」
「そんな、ことはないよ……たぶん。ゴニョニョ」
月鈴なぜか顔を赤らめ否定する。
「素直じゃないなぁー。月鈴は素直になれない呪いでもかけられているの? 素直になったら死んじゃうわけでもあるまいし……。くっくっく」
浩宇はたまらず笑い出す。
「もう! なによそれ。本当に違うったら!」
「天邪鬼なのか……。殿下は苦労するね。僕はね男として惚れたっていうか、自分の身が危ういのに僕たちの脱出を指示してくれた。殿下だったら月鈴を任せられる」
「浩宇……。でもわたしは――」
月鈴は言葉に詰まり黙る。
「月鈴は責任を感じているんだろ? 隠ノ領は精霊が訪れる森だったのに地方官や諸侯が隠ノ領の資源に目を付けて金儲けのために森林伐採された。それに精霊の住む異界の常世の川から流れてくる翡翠も搾取され、それで生計立てていた村人は困窮してしまった。さらに疫病で村人が大勢亡くなって、月鈴の両親も――。でもあれは月鈴のせいじゃない、仕方ないさ」
「仕方ない、ことなのかな。領主なのに簡単に土地を奪われて平和ボケしてしまったわたしの親の責任は大きいわ。異能もちのわたしに、できることがあるなら、精一杯、村のためにしてあげたいの! 精霊の森を取り戻したいのよ」
……必要な分だけ狩りをして、魚を釣り、果物を育て、森と共に慎ましく暮らしていた。やさしい光の木漏れ日、苔でおおわれた岩や石、澄んだ川の水の音。草花が風に揺れ。蛍が舞う月夜に精霊が訪れる森——。
「当り前にあった風景がぜんぶ消えた……。土砂で木々は枯れ、清流しか生きられない魚は水が濁って住処を失った。失ってから気がついた、大切だったの……」
月鈴は堪えていた気持ちが溢れ、涙が零れる。
「莫迦だよね、わたし。もう遅いかもしれない……でも諦めきれないよ」
浩宇は泣いている月鈴の涙を拭こうとしたが、かわりに背中を軽くベシッと叩くので月鈴は驚いて見上げた。
「それは領民みんな同じ気持ちだよ。月鈴一人に責任を背負わせない。隠ノ領のことは、村のみんなで考えよう。まずは、天籟殿下を絶対に救出させようぜ!」
浩宇はニカっと笑った。
「わかった! ……浩宇ありがとう」
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