第9話 初夏の饗宴

 詩夏シーシは金目に変わった月鈴ユーリンの瞳にゾクリとした。謎に包まれた亡国の末裔。凛とした佇まい。どうしたって敵わないと悟った。だけど……。


「……―本当にごめんなさい。だって、好きなのに殿下が振り向いてくれないから……どうして月鈴なの? いくら出自はよくたって、しょせん下級宮女じゃない。納得できないよ。それになんで、あなたのデェトのお世話しなくちゃいけないの? わたくしだって、わたくしだって……」

 しくしくと詩夏は泣き崩れてしまった。


(泣かれると困るなぁ。詩夏は本当に天籟てんらいさまが好きだったんだね。皇子付きの侍女長になるためにどれくらい努力したんだろう……)


 ようやく落ち着いた蒼鷹の飛龍フェイロンを木の枝に乗せる。

「ふぅ、もういいよ。飛龍たちを寝かせなくちゃいけないから、帰って」

「キィキィ」

「……ヒック……月鈴の服を濡らしちゃってごめんなさい。それから鳥さんもおどろかせてごめんね……」

「……」



 ***



 朝露がまだ葉っぱを湿らせて、夜が明けきらぬころ、鷹使いは起きる。眠い目をこすりながら餌やりの準備をする。つぎは小屋の掃除など、それが終われば鷹の体調をチェックをして訓練にとりかかる。

 月鈴ユーリンは顔に冷水をバシャっとかけ、その辺の布で顔をぬぐった。朝は食堂に行く時間はないので、今日は冷めた包子パオツーを口に放り込む。急いで鷹小屋の外を掃除していた。


「月鈴」


 宮廷内のお世話係の宮女長リーダー圭璋けいしょうが話しかけてきた。

「月鈴、昨夜は大変だったわね」

「へ? 何がですか」

「へ じゃないわよ。とぼけないで、第八皇子付きの侍女にひどい目にあったんでしょう?」

「なんで知って……」

「食堂で噂になっていたわよぅ。長年、下級宮女や下女に対するいじめは黙殺されてきたのよね。でも今回はじめて明るみに出てわたしはうれしいの。ああ、侍女のアホ詩夏シーシたちは異動になったよ。ざまぁないね」


「……!」

「そりゃそうよ。なんてったって天籟殿下の妻候補に手を出すんですからっ!」

 圭璋は言葉に力がこもる。


 後宮において妻候補であっても、この程度のいじめは日常茶飯事さはんじであって、大した騒動にならないはずだが、翌日、詩夏たちは、上級侍女から格下げとなったのだ。


(さすがにこうなると、名門貴族出身の詩夏は家に戻され、代わりの親戚の誰かが代わりに来るのかな……。しかし、誰が見ていたんだろう……?)



 ***



 今上帝である雲雕うんちょう帝は御年五十歳だ。公主も含むと子供は三十人。そのうち皇子は十二人。それぞれの妃に一人ずつ、おのこが生まれていた。男が生まれたから妃になったともいう。よって子どもの数はもっと多い。


 第一皇子は生まれてすぐ亡くなる。

 第二皇子は問題を起こし廃太子となった。

 第三、第四、第五も最近、原因不明で亡くなった。


 そのため、帝のお気に入りだった第六、来儀皇子が次期皇帝に選ばれた。顔立ちも整っていて、白銀の髪。燿国を築いた始皇帝も精霊の加護を受け白銀の髪だった。現帝は黒髪だったので、帝位に就いた時、民から不満の声が漏れた。長い時間をかけて、ようやく認めるられるようになった経緯もあり、現帝は次期帝を始皇帝の生まれ変わりだと称賛した。



 ***



 毎年、夏になると、周辺諸国との友好関係を築くため各国の王族を招き、〈初夏の饗宴〉を開催する。


 燿国ようこく一の楽団や雑技団などを呼び、酒を酌み交わし、楽しむのだ。帝都、花陽かようの街も祝日になるので、この日は民にとってもありがたい一日だ。


 年に一度の開催に、上級侍女たちが一番張り切っている。宴に舞を披露して帝や皇子、あるいは他国にアピールできるからだ。

 下級宮女や下女は裏方なので皇族に会うことはない。月鈴ユーリンは鷹使いなので、皇族や貴族の鷹狩りに同行することになっていた。


「あら~珍しいですこと。宴は出席しても動物嫌いなお坊ちゃんが鷹狩りに同行するなんて。どういう風の吹きまわしですか?」

 侍女長だった詩夏シーシたちの代わりに急遽、天籟の乳母だった娟々えんえんが侍女として戻ってきた。娟々は柳家を含む五大世家せいかの中では一番の大領主である李黄りおう家の者。前帝の侍女だった。現帝(雲雕帝)も娟々のことを姉のように慕っていたので、信頼のおける人物だ。


娟々えんえんか……。頼むからお坊ちゃんはやめてくれ。ああ、ちょっといろいろあってだな――」

 毒見したのち、娟々から受け取ったお茶を口につける。

「それにしても、わたくしは反対だった月鈴ユーリンさまと一夜を過ごされたとか?」

「ぶっーっつ……ゲホゲホッ……っ 娟々えんえん‼ ちょっとその話は~ああ、服が濡れてしまった」


「まあまあ。ほほほ、これは失礼いたしました」

 幼いころから世話になっていた。その娟々から聞きなれない質問をするので天籟は動揺して茶をこぼした。

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