第10話 宴の後の鷹狩り

「今日はよろしくお願いします」


 月鈴ユーリンは鷹狩りの正装で天籟と娟々えんえんもとへやってきて拱手きょうしゅをした。

 燿国の正装と違って、鮫小紋の野袢天のばんてんを着て、袢取ばんどりをはおって、腰には角帯を締め、足には脚絆きゃはん足袋たびといういんノ領民スタイルだ。 


「ちょうどあなたに会えてよかったわ。わたくしは侍女長の娟々えんえんと申します。月鈴さま。あなたは階級が上がって、もう鷹使いしなくていいのよ。本日より一人部屋はこちらで用意させていただきました」

「娟々さま、一人部屋は大変ありがたいです。ですが鷹に関して申し上げますと、わたしがお世話しないと死んでしまいます。このままお世話させてください」


「あらまあ、変わった妻候補ですこと、こんな女子で仕事が務まるのかしら」

「わたしは女官を目指しております。お気に召さなければ妻候補を外してもらってもかまいません」

「ふ……ふふ。こんな娘、後宮じゃめずらしいタイプね。ほとんどが一族繁栄のために妻や妃になりたがっているというのに」

「でも詩夏シーシは本当に天籟さまをお慕いしていました。やり方はまちがっていただけです。もう一度、機会を与えてもいいと思います」

「ふぅ。それはどうでしょう。皇子に見初められ、子を持てば皇族と親戚になれるでしょうから、きっと実家から圧力あったのでしょう。皆、一族の悲願なのです。ざんねんだけど詩夏は出世街道エリートコースから外れてしまったのよ。他にもいい娘は数多いるわ。なにもお坊ちゃんを狙っているのは詩夏シーシだけじゃないの」


 

〈初夏の饗宴〉開宴する。


 この宴ために上級侍女たちは練習を重ね、踊っても落ちないような髪飾りをつけ、衣裳は豪華に美しく着飾り、天女のように艶やかに華麗に舞う。


 儀式は宮殿で行われ、見目麗しい侍女に扇子を仰いでもらいながら王族同士の華やかな酒宴のあと、各国の皇子がさわぎだした。お待ちかね鷹狩りの時間だ。

 天子である雲雕帝は鷹狩りが大好きだ。お抱えの鷹匠を伴い現れた。他国の王族も、自慢の鷹や鷹匠を引き連れ競う一代イベントだ。

 今日はあいにく晴天ではなく、風が吹く雲が多めの空だった。


「ではこれより開始する! 日没までにキジをより多く仕留めた者はちんから金子を授けよう。ただしちんも負けるつもりないが、今日は無礼講である」

 自分をちんといえるのは燿国でただ一人しかいない。この城の主――雲雕うんちょう帝のことだ。

「おおー‼ 主上!」

「いざ参らん」

 燿国の皇子たち、各国の王子など続々と紫微星城近くの〈太陽ノ森〉にこぞって入っていった。


「オレたちは人気ひとけのない〈夕陽ノ森〉に入ろうか……ああ、鷹狩りなんて憂鬱だ」

 天籟てんらいの狩り場所〈夕陽の森〉は〈太陽の森〉に比べ小規模の森だ。

「では急ぎましょう、天籟さま。行くよ、飛龍フェイロン

「キィ」


 月鈴は皮手袋を装着して、蒼鷹の飛龍フェイロンを乗せ、今日は、鷹狩りの補佐として隠ノ領から、鷹見習いの浩宇ハオユーが来ていた。鷹狩りが嫌いな天籟は捧日に文句を言いながら森に入った。

小龍シャオロン、久しぶりだね~。今日は僕が付き添うよ」

「チキッ」

 ハヤブサの小龍シャオロンが鳴き、陽気な感じの浩宇ハオユーに対して足をタンッとさせる。


「おおう。なんてこったい小龍シャオロン~。お前はあっち行けだって⁉ 不満でも、僕に乗ってもらうからな」

浩宇ハオユー小龍シャオロンをお願いね」

「承知した! 僕はちょっと先に行って様子みてくる」

 浩宇は機嫌の悪い小龍シャオロンをなだめながら足早に去っていった。


「捧日、あの浩宇ハオユーって奴は何者なんだ?」

 森に入り、歩きながら天籟は眉根を寄せ小声で聞く。

「月鈴さまの昔からのお知り合いだとか、ええ単なる幼なじみでしょうね。ふふ」

 宦官の捧日ほうじつは余裕の笑みを見せるので天籟は面白くない。


「この辺はキジもいなさそう。誰も探しにこの森に入らないだろうから、秘術を説明したいと思います」

「ほう」

 ここには天籟と捧日、あと隠ノ領民の鷹見習いの浩宇しかいない。


「わたしたちの鷹狩りは、通常であれば犬を同行させます。犬がキジを見つけるので。でも今回はいんノ家の秘術を披露するので、近くにいるスズメなどの小さい鳥に意識を飛ばして体を乗っ取ります。それで、キジを発見したら、その近くまで行き、キジを上空に飛ばせるのです。そのとき飛龍フェイロンに狩りをしてもらいます」


「――乗っ取られたスズメはその後どうなるのだ? 混乱しないのか」

 なぜか天籟はスズメが気になるごようす。

「ええっと……はい。大丈夫です。スズメが安全な場所に降ります。乗っ取られている間は記憶ないかと……」

「そうか、役に立ったのだから、ちゃんとスズメに褒美を取らせるように」

 いたって真顔で述べたので、なにも突っ込めなくなった月鈴。

「あ、はい。……善処します」


(どうやって? ミミズでも置いておけばいいのかしら……)


「もうひとつ聞きたい。なぜ小鳥なのだ、最初から蒼鷹の飛龍フェイロンの意識を乗っ取れば、手っとり早く狩りができるではないか?」

「そうですね、できるならその方がいいのかもしれませんが、空を飛ぶ鷹の姿を見ただけで、キジは身を隠すでしょう。鷹だって余計な体力を使わず狩りをしたいので、わたしはまず偵察のつもりでスズメの意識を乗っ取るのです」

「なるほど。分かった」


 浩宇ハオユーが戻ってきたので、動物に意識を飛ばす秘術を披露することになった。

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