第41話 柳家訪問

 海波王を見事に追い払った天籟は燿国の帝になるための膨大な手続きの処理に追われていた。波国出身の宰相や長官を退け、宦官、文官が泊まり込み徹夜するほどの激務をこなした。


 帝選びは五大世家が揃って正式な会議にかけられた。全会一致で天籟は晴れて帝に選ばれた。月鈴は昇格して月妃と名乗ることになったが、あまりの忙しさに、月鈴に会えなかった。


 帝に即位した日、天子の証、伝国璽でんごくじも天籟に継承された。儀式は拝殿で行われ、広場にはたくさんの民衆を招待して、祝福の儀が行われた。

 蒼天の空。その時、上空では鳥が飛んでいたという。月鈴は妃として横にいたので、あの鳥は瑞鳥だろうと噂になった。


 雲帝の生まれ変わりということで、再び雲帝と名乗ることにした。即位したあとも、各国への招待状、式典の準備、儀式などの打ち合わせに時間を要した。毎日巻き物とにらめっこ。数年間は果てしない新帝の公務行脚が待っていた。


 雲雕帝の陵墓は数年かけて造る計画を立て、ようやく落ち着いたころで、来儀殿下と翠蘭賢妃の処遇を三法司で審議して決定した。


「来儀皇子は斬首に処せられる」

「翠蘭賢妃は毒殺に処せられる」


 来儀皇子は、波国の差し金で魔薬を与えられ教祖からの心理的操作マインドコントロールによるものだとしても国の頂を殺したので弁解の余地もない。特に、紅家は、当主が真心華教に心酔しすぎて情報漏洩があった。他にも魔薬に溺れた者が官吏の中にいた。よって紅家当主交代と真心華教の布教活動停止を言い渡した。


 翠蘭賢妃は十七年前の暁華きょうか妃と、最近では自分が皇后になるため、四妃の中でも階級の高い貴妃や皇子を毒殺した。しかも真心華教の関係者を装って、天籟殿下に刺客を送り込んだ殺人未遂。


「はぁ……辛いな。来儀兄上がああなったのも、翠蘭賢妃がああなったのもオレたち親子のせいなんじゃ……」


 天籟は執務室の長几つくえで許可申請の判子を押して大きなため息をついた。顔が隠れるくらい積み上がった巻き物を持ってきた捧日が声をかける。


「陛下、自身を責めないでください。道に外れた者に対する処罰は正当な手続きを踏んで決定したこと。すべてはあの者たちの心が弱かっただけです。来儀皇子は陛下の才能を妬み。翠蘭賢妃は、自分の地位を守りたかったのでしょう。以前、ゆえ妃さまが仰せられていたでしょう。どんな理由があろうとも幼い陛下から母親を奪うなんて許されることではありません」


「捧日……。それ、盗み聞き⁉」

「ええっとですね、とにかく、わたしは忙しいので、失礼します」

 たしか月鈴と二人きりの時の会話だったはず。そそくさと執務室から出ようとしていた。

「捧日っ」

「それと陛下が月妃さまに会えるように時間を組んでおきます」

「おぉう。……ありがとう」



 ***



 捧日は長い回廊を歩く。事務官のいる部屋に向かいながら「それにしても……」と思い出す。天籟陛下に刺客を送ったのは認めたが、鴻洞こうどう皇子を毒殺したのは来儀皇子ではなかった。真心華教のこと、波国のこと、暴かれて紅家の地位は失墜した。一番得をした者……。紅家の翠蘭賢妃は皇后になるはずだった。まさか李黄家か⁉


 月妃さまをいじめたと、詩夏シーシは異動させられ、天籟付き侍女は娟々えんえんに返り咲いた。それまでは雲雕うんちょう帝の相談役をしていたと聞く。紅家や波国の思惑を利用したのか。だとすると〈浮光の雫〉はわたしたちに調べさせるためにわざと置いた……? 侍女長や宮女長は李黄家出身者が多い。あの桂璋でさえもそうだ。


 李黄家当主を明々めいめいに譲り、陛下の侍女となった娟々……。そもそもなのだ。本当に李黄家の者なのか? よく見ると天籟陛下と娟々の眉が似ている気がする――。


 本当の黒幕は――天籟陛下の祖母、暁蕾シャオレイ? 


 捧日は天籟のいる執務室を振り返った。 


 ……後宮において報復は咎められない。たとえ八つ裂きにされても黙認される。わたしの任務は陛下をお守する事のみ。味方ならば調べる必要はない――。


 捧日は踵を返し長い回廊を事務室の方へ向かって歩いていった。



 ***



 天籟が即位すると、月樹宮から皇帝の住まう金宮に移らなければならないので、宦官や侍女、宮女の大移動が始まった。特に警備を強化するため捧日は建築家や職人と協議を重ねていた。


 金宮は天籟の要望で改修工事が始るので、騒音がある。月樹宮は建物が古いので取り壊すことになり、鷹たちのことも考えて、月鈴ユーリン浩宇ハオユー詩夏シーシは柳家の別邸にしばらく滞在することになった。


「いくら国のためとはいえ飛龍フェイロンは二回もわたしに意識乗っ取られて、最近、機嫌悪いわ」

「はぁ、そんなことわかるのかな」

 浩宇は詩夏がきれいに切ったキウイを食べた。

「鳳凰風は金粉がなかなか取れなくて、怒ってわたしに触られるのを嫌がって、しかも疑惑の目を向けてくるのよ……」


「なるべく労わってあげよう。鷹は一年経てば忘れる生き物さ。そういえば即位の日以降、金宮の改修工事や、激務で陛下に会えないな」


「……すっかり、遠い人になっちゃったね」

 寂しそうな顔をするので浩宇はやさしく声をかける。

「陛下なら大丈夫だよ。今ごろ月鈴に会いたくてたまらないんじゃない」

「もう……。気にしてないってば」



 ***



 天籟が忙しく地方の州や省に挨拶回りをしている間に、季節が変わり、風が冷たく肌を突き刺すような空気に木々も枯れ、寒い冬がやって来た。燿国も白い雪が降り地上が純白で埋め尽くす。まるで水墨画のような景色に変わった。



 ――やがて、ゆるやかに雪解けて季節は春。


 少しずつ春の匂いがして、木々が芽吹くと、温かい日差しが森の奥にも届くようになる。柳家領にも山桜が咲き始めた。鷹狩りは二月まで。ほとんど狩りをしなかった鷹はそろそろ訓練を始めます。


「チキッ」

「チキーッ」

 飛龍と小龍シャオロンが鷹小屋から鳴く。


 森の中に馬車の軋む音がした。月鈴が家の扉を開けると、禁軍を従え、今や燿国の頂にいる天籟が乗っていた。

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