第39話 鳳凰と始皇帝

 再び、紫微星城内にある広場——。民衆がたくさんいる中、天籟が「天子だ」と宣言して海波王や民衆を驚かせた。


 大階段の上に建つ荘厳な拝殿の前で波国の海波王と天籟皇子がにらみ合っていました。


「ワシらは夢でも見ているのか?」

「いや、さっき天子さまって言ってたぞ」

 民衆は神々しい面立ちの天籟に見惚れていた。


 海波王は顔を引きつらせ眉根を寄せる。

「はー……ははは。なんと、誰かと思いましたら第八皇子の天籟殿下ではありませんか。噂では顔が整っているだけで大して目立たない皇子だとか。こんな事をして、いったいどういうつもりか説明していただきましょう」


 すると天籟は民衆の方に向かって叫ぶ。

「海波王よ、口のきき方に気をつけたまえ。わたくしを誰だと思っておるのだ!」

「だから、あなたは天籟皇子殿下であって、天子ではない‼」


「わたくしは始皇帝、雲帝の生まれ変わりである!」


 天籟は堂々と言い切る。広場にいた民衆は、し……ん、と静まり返った。


「え? どういうことだ」

「……なに本当か! あの伝説の始皇帝の生まれ変わり?」

「うわー!」

「なんだ、なんだ。すごいぞ!」

 広場は急に大歓声に包まれた。


「ははは~ご冗談、これは欺瞞だ。いったい誰が信用するというのだ! 始皇帝の生まれ変わりだから自分が天子であるだと⁉ 瀏亮殿下が次期帝であらせられるぞ。そうだろう? 領主のみなさん――」


 海波王は横にいる頼りなさげに見える瀏亮殿下を前面に押し出し、後ろにいる領主をにらみつける。しかし領主たちはうつむき一言も言葉を発しなかった。すると天籟は余裕の笑みで言い返す。


「たしか瀏亮兄上は女性問題で流罪でしたよ。長い間ここにおられなかった。だから存じなかったかもしれませんね。では、わたくしが雲帝の生まれ変わりである証拠をお見せしましょう―—」


 天籟は剣を高らかに持ち、捧日に叩きこまれた得意の剣舞を舞う。背中には燿国の文様の入った金糸の刺繍を衣裳を纏い、ヒラリと軽やかに華麗に舞うといっそう鮮やかに美しく見えた。白刀の光が松明で陽炎のようにゆらめく。そうして民衆からよく見える見晴らしのよい階段の装飾台の上に乗った。


 日も暮れて先刻よりいっそう深い闇に包まれると、ちょうど雲ひとつない夜空に金色の月がくっきりと浮かんでいた。今宵は満月——。大きな月を背に、天籟の髪は黒色から白銀に変わる。


「!」

「なんだ! 髪が白銀だぞ。これは始皇帝の伝説の髪色だ!」

「たしか、ふだんは黒髪で月光で白銀に変わるのが本物の証だぞ!」

 民衆の誰かがていねいに解説をした。

「そうだ! そうだ!」

 民衆がざわざわした。


 月下の白銀の髪は風でゆらめき星の光のように燦然と輝く。この世のものとは思えなかった。今、天から降臨したようだ――。


瑞鳥ずいちょうよ!」

 天籟が叫ぶ。――耳をすましていると羽音が聞こえた。どこからともなく鳥が飛んできた。頭は黄金色の鶏冠で、体全体は孔雀の羽、長い尾羽をつけ鱗粉が舞っていた。


「あれは鳳凰ほうおうじゃないのか? 伝説の始皇帝も祝福を受けたとされる霊鳥だぞ――。これは奇跡だ!」

「うおおおおおお。鳳凰さまだ!」

 民衆は突然のことで景仰と畏怖の念を抱き、ひれ伏した。


 現世うつしよと天上をつなげる霊獣の鳳凰が悠々と天籟のもとへ降りた。満月を味方につけ伝説の始皇帝と瑞鳥のふたつの影が民衆の心をつかんだ。


「あのお方こそ天子だ!」

「始皇帝の生まれ変わりだ!」

 民衆は湧き上がる興奮を抑えることができない。



 天籟は鳳凰に小声でささやく。

「ありがとう。月鈴ユーリン……」


 鷹月鈴、詩夏シーシ浩宇ハオユーに手伝ってもらい、蒼鷹の飛龍フェイロンに鳳凰風の飾りをつけてもらった。頭には金色の鶏冠風髪飾り、背中には孔雀の羽をたくさん指し、金粉を全身にふりかけ、少し重い体で飛びにくかったが、がんばって優雅に飛んでみせた。


(間に合ってよかった……)


 バサッ。鳳凰風の鷹月鈴は伝説の鳥らしく羽を広げ夜空に消えていった。

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