番外編 山の民

第1話 山の民の雲嵐

 新仙境と呼ばれる龍黄山に、山の神に愛された山の民の雲嵐うんらんがいた。


 山の民は燿国の始皇帝の出自でありながら、長い間、秘密裡にされてきた。最近まで国から迫害されていたが、始皇帝の生まれ変わりとされる第八皇子の天籟てんらい殿下が皇帝に即位してからは山の民は市民権を得ることができた。



 ***



「なあ――雲嵐。山の民ってそんなにいるのか?」

 天籟は尋ねた。


 天籟は今でこそ皇帝になったが、いろいろあってお尋ね者で山の民と共に潜伏生活していた時期があった。そんな時に雲嵐に出会った。雲嵐の髪は長いがぼさぼさで野性的で顔は彫が深い男だ。


 雲嵐は腕を組み答える。

「……ああそうだ。龍黄山に連なる山脈に住む〈山の民〉とは、かぞえきれねぇほど存在する少数民族の総称だ。かつては一つの國だったが、今は枝分かれしている。例えば、風の部族、水の部族、火の部族――。苗字をもたないおらたちは部族名が苗字みたいなものだ」


「そうか。では、伝説の、オレの血筋はどこの部族だった?」

「おう! その中でも月の氏族がある。月の氏族は始皇帝の血筋だ。森の奥深く。月の精霊に加護をうけた氏族といわれている。白銀の髪が月の氏族の証だ。この月の氏族の祖が龍使いだったといわれていたな、氏族は絶え、今は龍家から柳家にかわって、伝説だけが残っているぞ」


「もう、部族はバラバラになったのか?」

「いや――。氏族や部族同士の会合はあるが、近場の山に住むおさだけだ。あとは遠くて伝書鳩で連携をとっている」


「ちなみにおらは鳥の部族だ。主に狩猟を生業としていて、おらと捧日さまは狩りや剣術が得意だ。いざとなれば盗賊や戦人いくさびとになる。雲霧じいさんが族長で、おらは族長候補になっているんだぜ!」



 ***



 ――天籟陛下が皇帝に即位して一年がたった。



 朝晩が冷え込み、徐々に空気が乾燥して木々は秋色に色づく頃、元・山の民で、今は柳家に養子になった宦官の捧日ほうじつが雲嵐のもとへやってきた。捧日は現在、皇帝に仕えている。


「雲嵐の腕を見こんで、数日間、陛下の護衛をしてほしい」

 地位の高い捧日の方が、雲嵐に恭しく拱手する。


「御意! 捧日さまの頼みとあれば断れねぇな」

 雲嵐は腕を組みビシッと格好よく決めた。


「やはり信頼のおけるお前に頼めてよかった。皇帝になっても命を狙われているからな。それに雲嵐は勘がするどい。頼んだぞ」


 燿国は五代世家(李黄りおう家・柳家・白家・紅家・柴家)が中心となってまつりごとが行われている。柳家はもともと始皇帝と深く関わりのある貴族だ。それに護衛する皇帝陛下は、勢力争いの最中、かくまって山の民といっしょに生活していたこともあって、雲嵐とは知己の間柄だ。


(天籟陛下は五歳年上だが、なんていうか、そこら辺の女よりキレイな顔で、少々頼りないが、さすが皇家だけあって気品があるんだよな)



 ***



 久しぶりに紫微星城の大門をくぐると、捧日が待っていた。


「数日ですが、陛下をよろしく頼みます」

 拱手して捧日は、後宮をあとにする。


「捧日さんはどこに行ったんだ?」

 体を慣らすため、与えられた立派な武官用の槍を試しに振って、横にいた侍女の娟娟えんえんに尋ねた。

「はい、雲嵐さま。捧日さまは奥様と離縁されたのですが、子どもに会いに行かれたのでございますよ」

 娟娟はお茶を用意しながら話す。


「はぁ~うそだろ⁉ 捧日さまって子どもいたんだ! しかもすでに離縁しているのか。全然、父親っぽい素振りないから、てっきり独身だと思っていたぜ。陛下に負けず劣らず美丈夫だしなぁ」

 驚きを隠せない。


「五大世家の紫家出身の静麗ジンリーさんが奥さまだったのですが、実は息子さんは養子なのでございます。血のつながりはないのですが、可愛がっているようですよ――それに、」


 (今は元妻の静麗さんは地元の幼なじみと恋仲なのだとか……。大人っていろいろあるんだな)



 ***



 雲嵐は天籟のいる執務室に入った。少数精鋭の武官がずらりと並び緊張が走る。


(剣を交わらなくてもわかる――。すげえ強ぇ!)


「主上、此度こたびは拝謁を賜り、恐悦至極にございます」


 娟娟えんえんから教わった言葉を間違えないように言い終えうやうやしく拝礼した。すると天界人のような、透き通った声で話しかけた。


「―—堅苦しい挨拶はよい。ほんの数日だ。心配性の捧日が頼んだことだ。わざわざ遠方からすまないな」

 久しぶりに会った陛下は美しい顔はそのままに皇帝らしい風格になっていた。


「いいや! 光栄です」

も雲嵐に会えてうれしいぞ」

 自分を朕といえるのは燿国でただ一人しかいない。この城のあるじ――皇帝陛下のことだ。


「へへ。久しぶりに剣術の稽古してやってもいいぞ。今度こそ容赦しないからな」

「はは。お手柔らかに」


「ところで、主上はゆえ妃にデレデレらしいな」

「ブーッ。ゲホゲホ……。あーあ」

 天籟は飲んでいた茶をこぼした。娟娟がサッと拭く。

「雲嵐さま、皆の前でそのような発言は気をつけてくださいませ」

 娟娟がにこやかに雲嵐に釘を刺す。


「おい、雲嵐。どこでそれを聞いたんだ?」

 天籟は立ち上がって近づき、照れたように小声で聞く。


「ん? ああ、帝都に着いて休憩していたらよぉ、花陽かようの街の娘どもが噂していた。だからどんなところが好きになったのかと思って」

「なんだ恋愛に興味あるのか? 雲嵐も結婚する年ごろか、山の民族の結婚は早いからな――」


 そうして、二人は広い庭園にでた。


 天籟がなぜ数多いる女人の中で月鈴ユーリンを選んだか、その理由をようやく白状したが、好きになったきっかけは「平手打ちされたから」だった。


(……この国を統べる天子は、マゾかと思ったぜ)


「じゃあ。月鈴を紹介するから竜王殿に行こうか」

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