第6話 ハヤブサの使い手
刺客からの襲撃により闘い、天籟が矢を受けそうになっていたが、野生のハヤブサが敵の場所を教えてくれて助かった。そのハヤブサを操る者がいて、川の向こう岸にいたのは
天籟は動揺した。
(……オレは月鈴に怒っていたのに、不覚にもかわいいって思ってしまった。いかん。今は怒っているんだからな。ビシッと怒るぞ! あいつ天子をほったらかして遊びに行って調子に乗りすぎ。しかしさっきは助けてもらったし……)
「あのハヤブサは月鈴が? 俺たちを助けてくれたのか、礼を言う。ありがとう」
天子にもかかわらず低姿勢で月鈴に話しかける。
「……」
なぜか月鈴は無言だった。帝に対して不敬極まりない。
「それにしても、今まで何していたんだよ。連絡もよこさないでさ」
躊躇いがちに文句を言う天籟。すると、向こう岸にいた月鈴は、無言で川に入り歩いて天籟の方に向かってくるではないか。しかもなんか怒っているっぽい。
「オイ。聞いているのか⁉」
不機嫌な理由は知らないが、怒っているのはこっちとばかりに天籟は荒っぽく言ってみる。しかし月鈴は無言のまま、うつむきずんずん歩いてくる。上等だとばかりに迎え撃つつもりで天籟も川の中に入り近づいて、とうとう目の前に立った。しかし月鈴の表情が分からない。
「月鈴……?」
「こんの、浮気者ぉ!」
月鈴は鋭い鷹のような目で睨み、叫んだと思ったら天籟の胸に手をおいて、ドンッと突き飛ばした。月鈴の力は弱いので天籟は倒れるつもりはなかったが気圧され尻もちをつき、ずぶ濡れになって呆然とする。
「……え?」
帝に危険が及ぶと判断して、禁軍兵士がすぐさま剣を構え急いで行こうとするので、捧日があわてて遮る。
「大丈夫だ。下がれ」
「月鈴……。これはどういうことだ?」
(意味が分からない。オレ皇子……。じゃなくて天子)
見上げるとさっきまで怒っていたかと思えば涙をためてポロポロ零す月鈴。
(なぜ泣くんだ。泣きたいのはこっちの方だ)
「月鈴?」
「ううん。天籟さまのせいじゃないのに八つ当たりしてごめんなさい。
「何をだ?」
『これから後宮を解体して紫微星城では正妃一人だけと
「……って言われていたの。でも、そんなのイヤだって思って。わたしのわがまま」
「待て待て。オレ浮気してないけど、どっからそんな発想が⁉」
「いいえ! 諸侯の家の侍女がうわさ話しているのを近所のお姉さまから聞きました。陛下は胸が豊かな方がお好きだって、しかもよりによって村の人から嫌われている諸侯の娘にデレデレするなんて」
「そんなのは、誤解だ!」
「じゃあ知り合いが嘘を言ったっていうの?」
鋭い鷹の目の月鈴、再び。
「待て待て。すると何だ。オレ帝。天子、ね? オレより又聞きの話を信じるのか」
「だって、初めて天籟さまに会った時、わたしの体のこと貧相だって」
「ええ~。オレはそんなこと言ってない……」
「いいえ、言いました‼ わたし傷ついたんだから。どうせ呪いの下級宮女で、見目麗しい娘でもないし、鷹とばかり戯れて友だちいなかったし、普通の女子みたいに物わかり良いかわいい女の子になれませんっ!」
涙を溜めたままキッと睨む月鈴。
「オレはそんなの望んでいないけど、えーと。ひょっとして妬いているのか?」
めずらしく何か思い詰めていると考え、場が和むと天籟が冗談のつもりで言うと月鈴は顔を真っ赤にした。
「もう! 違うし! 違うし!」
月鈴、キッと睨み「違う」を連呼して全否定。
困った天籟は額に手をおき考える。
(違うって言うのも、それもまた違う気がする……)
やがて天籟はひとつの可能性に辿り着く――。
オレ、もしかして愛されている? そう考えたら合点がいった。睨む月鈴に天籟はゆるむ顔を抑えきれない。
「……それ可愛すぎだろ。なあ、久しぶりに会ったんだからギュッとしていいか?」
ゆっくりと立ち上がり余裕の笑みで両手を広げる。
「もう!
強引にギュッとしたけど飛龍に襲われなかった(そもそもいなかった)久しぶりの月鈴の感触は思った以上に離れがたく愛おしかった。甘ったるい匂いでもなく、陽だまりのような、温かくて落ち着く匂い……。
「あのさ、オレは月鈴を手放す気はないんだ」
「……」
天籟にやさしくギュッとされた月鈴は考える。
(あれ? 天籟さまにもっと言いたいことがあったけれど、忘れちゃった……。わたし何で怒っていたんだっけ……。あーでも。天籟さまに見透かされた感じでちょっと悔しいかも)
川岸では二人分の着替えを用意してにこやかに捧日は待っていた。
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