第14話 夜嵐

 前回に引き続き、天籟てんらい殿下の閨に呼ばれた月鈴ユーリン


 大きな池に船を浮かべ密談ができるほどの広い中庭の回廊を渡り、鳳凰宮に着いた。おそるおそる扉を開けたら、天籟の他にも、宦官の捧日ほうじつに、浩宇ハオユーもちゃっかりいた。


「あれ? みなさんお揃いですね……あ、そっか! なーんだ。よかった~、てっきりアレなのかと思った~」

 月鈴はへらへらと薄ら笑いになる。

「なんだアレって?」

 天籟が訝しげに見る。


「いえ、もしかして天籟さまの夜のお相手をしないといけないのかと思ったわ」

「莫迦。そんなことするわけないだろ。捧日にもこの前の夜のことは伝えてある。だから一緒に作戦会議しようと思っていたんだ。それからホレ上着を着ろ」

「ありがとうございます。助かります」

 月鈴は満面の笑みで受け取った。それを見て何となく天籟は面白くない。


「だいたいなー。他の女子ならオレの閨に呼ばれて喜び勇んで来るだろうに、何だ、そのホッとした顔は! オレに失礼だろう。皇子に向かって」

「あーはいはい。すみませんでした~夜伽じゃなくて残念です」

 棒読みで言い、耳をかく月鈴。


(こいつ……)


「まあまあ……」

 捧日がなだめ、目を細めふふと笑った。



 ***



「会議の前に言っておく、捧日と相談して、月鈴を正式に妻にすることにした。よって冊封する手配をしておいた」

「は? なんで」

 月鈴は敵を鋭く睨む鷹のような目で天籟てんらいを見た。


「……おい、どうしてそんな目で見る。不敬だぞ。まあ聞け、月鈴はいんノ領の自然を守りたい。それには調査と味方の人員が必要だ。月鈴は領主の娘なので、地方に散らばった隠ノ領出身の地方官に調査してもらい、後宮に呼び寄せれば、議題にあがることができる。お前に発言の機会を与えてやる。どうだ」


「……」


 月鈴は突然、天籟の袖を掴むと涙がポロポロと零れた。

「うわーなんだよ!」

「だって……。嬉しくて。どうしてそこまでしていただけるのですか! 感激です。本当は女官になったとしても、どうやっていけば分からなかったので……。道しるべになります。ここまでして頂くので、必ずやり遂げてみせます」

 こそばゆい言葉に頭をかく天籟。

「まあ……。その代わり月鈴には今後、勉学に励み、秘術で協力してもらわないといけないからな――。ただ……」

「ただ?」

「妻になると真っ先に命が狙われやすいので、鳳凰宮に住んでもらう。正式に福晋ふじんになると帝から離宮を賜与されるだろう。あと、わーわー言われる前についでに言っておく。多分、ねやはオレと一緒になる」


「……」

「……」


「えええええええーイヤ!」

 月鈴、涙が即引っ込む。

「我慢しろって、月鈴。さっきから文句や悲鳴あげて……だからオレ皇子! 失礼だろ‼」

「だって、だって、妻や側室って数多いるよね? 皇子が妻の寝所に御渡りっていうのがフツーお決まりじゃないの? なんで毎日一緒の寝る部屋⁉ 鳳凰宮もしかして狭いの?」

「そんなわけないだろ。それは主上や皇太子の一夫多妻の話。帝位候補じゃないその他皇子の場合、妻はふつう一人だよ」

「そうなんだ」

「側室がいる皇子もたまにいるけど、オレは女嫌いだから一人で充分さ」

「あれ? 女嫌いだったの」


(しまった……)

 天籟は話を逸らそうと、元乳母で侍女の娟々えんえんを呼ぶ。隣の部屋にお茶を頼んだ。


「お坊ちゃん、お茶の用意ができましたよ」

「ああ……娟々、お坊ちゃんはやめてくれ」

 小声で娟々に詰め寄った。

「ほほ……そうでしたね。月鈴さまと仲良くお茶にしてください」

「なんだよ。それ」

 天籟はムスッとする。


「本日は軟落甘なんらっかんでございます。」

「わー娟々さま、美味しそうです」

 月鈴はキラキラと目を輝かせ娟々を見る。

「娟々でよろしいわ。こんなに喜んでもらえると、次はどんなお菓子にしようかと、ばあやは張り切ってしまいますよ」

 口に入れるとほろっとくずれた。上品な甘さで何個でも食べたくなる。

「うーん。幸せ」



「さて、作戦会議だ。宮廷は常に変なことが起っているから、どこから話していいか分からないが――。

 まず、第一皇子が生まれてすぐ亡くなり、まもなく皇后も亡くなった。今は皇后の席は空席だ。

 ……第二皇子、瀏亮りゅうりょう兄上が廃太子になったところから話そうか」


「どうして廃太子になったか理由はわかりますか?」

「帝の妃――翠蘭賢妃すいらんけんぴに手を出したとか。だから、今は追放されて異国に住んでいるよ」

「じゃあ、皇子連続死には関係ない、かな」

「いま、後宮にいる皇子って何人なの?」


「第六来儀らいぎ兄上、

 第七鴻洞こうどう兄上、

 第八―オレな、

 あと弟の第九汀洲ていしゅう

 第十高衢こうく

 第十一丕承ひしょうの六名だ。


 それぞれ母は違う。全員、名門貴族の領主の出身だ」


「三、四、五皇子殿下はいつ位に亡くなったの?」

「ここ五年くらいの間に。しかし、後宮内で処理して、公に発表されていないはずだ」

「え……。そういうもんなの?」


 月鈴は絶句した。宮女ならともかく、あまりにもあっけない最期だからだ。


「ああ、オレだって、来儀兄上が帝位に就けば間違いなく消され……」

「え?」

 月鈴は思わず天籟を見る。

「あー……いや、何でもない」

「……」


 コンコン

「天籟殿下、とり急ぎご報告したいことがございます」

 重厚な扉の外から武官の声がした。

「第七皇子、鴻洞こうどう殿下が横死を遂げました」

「!」

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