第39話 ぼんやりとした目標

 そうは言っても、あの時とは違う。あの時は魔神王を討伐するという明確な目標があった。でも今回は帰る手段の開発だ。

 俺にできることは創造の概念魔術。そしてこれにアリサが何らかの期待をしている気がする。そしてアリサは試みて自分では扱い切れないと判断した。

 だから適性が創造の概念魔術に特化されている俺に、何かを期待している。そうでなければ、俺を隔絶結界に入れない、しかも創造の概念魔術の術式を組み込んだものに、と考えるべきか。

 とにかく、俺は俺の魔術をより使いこなす必要がある。

 手の中に作り上げた剣。破壊の概念魔術を組み込んだ剣。

 これで満足していたら、ダメだ。創造の概念魔術。その術式の可能性を全て引き出す。そこに何か答えがあるかもしれない。いや、あるだろう。あらゆる可能性を試すんだ。

 創造の概念魔術。俺は多分、鞘から抜きかけの刀、そこから漏れる光程度の性能しか出せていない。思い出せ、あの時、俺は……。




 ティナさんが自分の部屋に戻ってからも、俺は魔力を巡らせ続けた。

 何かを掴めるかもしれない。そんな漠然とした感覚の中で俺はただ、ぼんやりと魔力を巡らせ続ける。期待も何もしていない。頑張るという気概すらない。ただ、ぼんやりと。ぼんやりと……。


「タクミ」

「? あぁ、アリサ。どうした?」

「気になっただけ。魔力を巡らせている。何かを模索している気がしたから」

「そうだな……何かを掴みたいと思ってる」

「どんなこと?」


 首を傾げるアリサ。魔力の巡りを見ただけで俺の感情が読み取られたこと、そんなことに今更驚いたりしない。アリサの魔眼ならと。


「どんなこと……どんなことだろう。漠然とはわかるんだけど」

「それを言葉にできることを目指すと良い」

「え……おう」

「なんで呆けるの?」

「いや、アドバイスくれるとは思ってなかったから」


 こういうのは、自分で悟らなきゃいけないものかと。


「教えようとも、道を示そうとも、それでも理解できない者はいる。結局は自分で掴むしかないことには変わらない」


 そう言ってアリサは扉に向き直る。


「それでも、あなたは何かを掴んでくると、アリサは信じている」

 背中越しに投げかけられた言葉。いつも通り、平坦で、鈴を転がすような心地の良い声。

「アリサは」

「ん?」

「アリサは……本当に俺が強いと思うか? ……アリサ、お前を倒しうる存在だと、本気で思ったのか?」

「嘘を言ったことはない。あの時、あなたと殺しあった時、アリサは本気を出すことを選ばされた、負ける可能性を一瞬でも考えたから」

「だけど……」


 どう考えても、あの時の俺に目の前の小さな魔神王の命に迫る刃を振るえていたとは思わない。思えない。


「人は自身を守るために、自身の実力を抑え込む。故に自分ですら自分の本当の実力を把握しきれていないもの。己の全てを十全に発揮するには、相当の覚悟がいる。自分の可能性を否定するものではない」

 そう言ってアリサは扉を開ける。

「あの時のあなたは、真に己の全てを賭けてアリサに挑んできた。常人なら踏み込めない一歩をあなたは躊躇いなく進んできた。それができたあなたを、アリサは信じている」


 呼吸が浅くなるのを感じた。それは言葉に確かな重みを感じたから。

 今の俺では、受け止めるには色々と足りないことを痛感させられる。 

 でも、選択肢なんて無いから。それは、異世界での五年間と変わらない。


「やるよ」

「ん」


 小さく頷いたアリサは今度こそ部屋から出て行った。

 できるできないなんて言っていられる状況はとっくに超えている。言ってる暇は無いんだ。無いから……。


「さて、やるか」


 八月入る前には……。


 

 

 「ずっとやってるね。まさか寝てないの?」

「まぁ、そうですね」


 気がついたら朝になっていた。不思議と集中できた。俺の頭は平和ボケしていても、戦場で培った精神まで失っていなかった。

 やると決めたら、できた。


「ダメだよ、そんな、朦朧とした意識で魔力を扱おうだなんて」

「戦場ではよくあったことじゃないですか」

「それでも、だよ。戦場ならそういう状況も確かにあった。けれど今は……扱い切れなくなった魔力が暴走したり、魔力が枯渇して生命力まで使いきったらどうするのさ」

「そこまで追い込むんです」

「馬鹿言わないで。向こうの世界に行く方法を見つけるためかもしれないから言うけど、そこまでして欲しいわけじゃない。むしろ……」

「ティナさん」

「何」

「俺は向こうの世界で、ティナさんにはお世話になりました。恩人だと思っています」

「急に、何よ」


「ティナさんがいなければ、アリサの元まで辿り着くことすらできませんでした。だから俺も、やり切ります」


 ティナさんは命がけで一緒に来た。なら俺も、命の一つや二つ、賭ける。


「馬鹿、タクミは」


 その声はティナさんの後ろから響いた。

 次の瞬間。アリサが目の前にいて、その指が真っ直ぐに俺の顔に伸びていた。動きは見えていた、けれど魔力を操る集中力を朦朧とした意識で保っていた俺では、反応できなかった。指の鳴る音、魔力が動き、魔術が発動する気配。意識が、景色が、遠くなっていくような……。


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