第31話 日々を過ごすために必要なもの
夜。魔術の気配に気づいて目が覚めた。
何だろ、アリサの部屋からだ。身体を起こして部屋を出る。向かい側の部屋。
「アリサ?」
声をかけると、扉の向こうから足音。すぐに扉が開いて、隙間からアリサの顔が覗いた。
「なに? ……起こしちゃった?」
「あ、いや。たまたま目が覚めただけ」
「そう」
「何やってんだ?」
「まずは観測ができるように。向こうの世界を。知りたい、状況」
「あぁ」
そっか。まだ、帰るための研究はしているのか。
向こうの世界の魔人族は、ヒト族に淘汰されているかもしれない。それでもアリサはまだ、向こうの世界に。
「安心して。しない、無謀な突撃は」
「うん。そうしてくれ」
アリサと一緒にいられる。でも、その時間だって、いつか終わる。
俺はアリサに、何ができるだろう。この世界にいる間、アリサをサポートすると決めたけど。俺にできることは、あまり無いから。せめて過ごしやすさだけでも。
「そんなわけで沙良。頼みます」
「まっかせてー」
ドラッグストアに三人で来た。他にも色々回る予定だ。
とりあえず、女性ものの色々を揃えることにした、むしろ今までよくやって来れたなと思うが。沙良も、うちのお風呂を見て。
「……アリサちゃんの痕跡が無い」
とか言っていたし。
「……何買うの?」
きょとんとアリサは首を傾げる。
「えーっとね。とりあえず化粧水と乳液と洗顔フォームとボディソープとシャンプーとリンスかな。まずは」
「? いるの?」
「……むしろそれなしでその肌維持してるのが凄い。えっ、すごい。魔法?」
「魔術」
「違うの?」
「全然違う」
「ほらアリサ、どれが良い?」
白熱しそうなアリサの頭を掴んでシャンプーの並んだ棚に向かせる。こんなところで魔術講座を始められて堪るか。
「……違いがわからない」
「あー。沙良、どれにすれば良いんだ」
「私が使ってるのはこれ」
そう言って沙良は一つ手に取る。
「ならそれで良い」
「即決!? ほら、髪質とか肌質とか、そこら辺考えないと。私はほら、ちょっとこう、癖っ毛なところあるから植物オイル入ってるとありがたいからさ。アリサちゃんは綺麗なストレートだしうーん」
「必要だというのなら、洗えればどれでも良い」
「そ、そうなんだ」
それから洗顔フォームも化粧水も乳液もボディソープも、沙良と同じものを即決で購入。
「次はなに?」
「下着類」
現状、我が家の洗濯はアリサが指を鳴らして済ませているのだが。おかげでベランダが仕事していないわけで。だがまぁそれでも気づく。アリサの下着は少ないと。だが。
「じゃあ、俺は適当なところで待ってる」
「? どうして?」
「いや、女性ものの下着屋に俺が行けるわけ無いだろ」
「? どうして?」
「どうしてって……」
いや、知っている。普通にカップルで入ったりする人もいると知っている。が。俺は沙良ともアリサとも付き合っているわけでもなく。女性ものの下着について詳しいわけでもなく。アリサの下着に関して何か意見を言えるわけがない。
「というわけで、行ってこい」
「あなたが良いと思うものも教えて欲しい」
何この子、何凄い事言ってるの。意味わかって言ってるの。
「あ、アリサちゃん、その……あー」
沙良も何と言えば良いかわからないらしい。その間にアリサは。
「あの店?」
と、真っ直ぐな圧のある視線を沙良に向け。
「う、うん」
沙良はコクコクと頷くことしかできない。
「行こう、悩むのは店の中で良い」
……流石アリサ。ずんずんと躊躇うことなく俺と沙良の手を引いて下着売り場に踏み込んだ。女性の下着なんてそんなじっくり見たこと無いのだが。
へー、色々あるんだなぁ、服の下に着るものなのに色々デザインもあるんだ。
「その前にアリサちゃん、サイズ」
「ん。一番小さいの」
「あ、うん。一応、測ってもらえるから、ね。折角なら」
「そう」
振り返った沙良が口パクで、『いまのうちに』と言ったのが見えたので、俺は逃走を……ん。魔術の気配。足が、動かない。
「そこで待ってて」
「お、おう」
待つも何も物理的というか魔術的に拘束されたのだが。この位なら軽く魔力を込めれば簡単に逃れられるが、そこまでして引き止めたいのなら。待つか。というか沙良はどこに行った。俺を見捨てたのか……くそっ。そんなわけで目を閉じて待つ。しばらくして。
「あのー。誰かをお待ちですか?」
突っ立っていたら女性店員が訝し気な様子を滲ませながら声をかけてくる。
「あぁ、はい。付き添いで。今、サイズ測ってもらってるところです」
「あぁ。もう少々お待ちください」
ペコリと頭を下げて店員さんはバックヤードに入っていく。まぁ、怪しいよな、今の俺。
「あれ羽賀君じゃん」
「羽賀っちじゃん」
……誰だ。
俺の知り合いにこんな、派手なメイクをばっちり決めて、茶髪な奴は二人どころか一人もいない。いや、沙良の髪は若干茶色だけど。
「あー。あたしは亀山麻衣。こっちは、雲井愛華。クラスメイトだよ」
「へ、へぇ」
女子の中でも恐らく高い身長だろう、百七十八ある俺の身長に対して、ほぼ同じ目線で話しかけてくる二人。何だろう、グイグイ来るな。距離が近い。
「真神ちゃん?」
「あ、あぁ」
「一緒に下着選ぶ仲なんだ」
「いや、沙良もいる」
「へぇ」
亀山さんの視線、探るような視線がねっとりと絡みつくようだ。怖いかと言われたら居心地が悪いと答える。
「ふーん……羽賀君、君、童貞でしょ」
「急に何を言うのさ、そうだけどさ」
ビビったぞ。
「うわ、認めるんだ」
「事実だし」
なんだろ、疲れるな。俺の知らないノリと雰囲気だ。
「こら麻衣。羽賀君引いてるよ」
「んあ、こんくらいで?」
「いや、うちらのノリ、普通の男子には刺激強すぎるでしょ。ごめんねー、それじゃあ、また学校でねー」
雲居さん、だっただろうか、亀山さんの襟首掴んで引きずるように歩いていく。その姿を見送って。
「……アリサ、まだかな」
なんて、ぼんやりと呟いた。
「待たせた。サイズを把握した。とりあえずAカップの下着を選べば良い」
「あぁ、そう」
「どれが良い?」
「俺が選ぶのか?」
「あなたが良いと思う物を教えて欲しいと言った」
「あぁ、そう」
良いと思う物、ねぇ。いや、だって、女性の下着を見る機会とか……。いやいやいや。
「まぁ、なんだ。これとか、これとか」
水色とピンクと白と、まぁ、そこら辺を指差して置く。
「わかった。それにする」
「即断過ぎないか?」
「アリサにはわからない。そこら辺の良し悪し」
「そ、そっか。そういえば、沙良は?」
「沙良も測ってる。最近きつくなってきたって」
「あぁ……そう」
そんなわけで、アリサの分の会計だけ先に済ませて、外で待つことにした。
それから十分ほどして。
「ごめん。お待たせ―」
「いや。問題無い」
買い物袋片手に沙良が出てきた。
「じゃあ、行こうか。お昼は何が良いかなぁ」
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