第26話 魔術破壊の結界。
まずは、魔将軍を。話はそれからだ。思い出せ、戦場にいた時の感覚を。
身体強化の魔術を存分に、巨体を十全に使い振り下ろされた斧を掻い潜る。地面に衝突した斧は爆発を起こすが、それも見切っている。斧をメインで使う巨体の魔将軍・オクトー。
その後ろから放たれた、追尾してくる矢を風の術式を付与した片手剣で迎撃。弓使いの魔将軍・ウルス。
「くっ」
突き出された槍を咄嗟に作り上げた盾で受ける。防ぎはしたが、腕に痺れた感覚を残し、盾は一撃で砕けた。槍使いの魔将軍・カーナ。
どれも一度見ている。全て見切れる。だから凌げた。だが、三人同時。キツイな。
「くくっ、励め、若造。我が娘なら五人いても五秒で無力化するぞ」
一人一秒って……。一人一人がその武器の達人の域に達している。それを相手に俺は、使い方を知っているだけ。俺に、強さは無い。
魔神のように、貪欲に全てを捧げて突き詰めた狂気も。アリサのように、それしかないとひたすら磨き続けた純真さも無い。
「……はぁ」
俺にあったのは、私情だ。背負った誇りも責任も無い。
いや、今は違う。ここで負けたら、世界が一度滅ぶ。それだけは、許してはいけない。それだけは。本気になれ。本当の本気に。
「はぁあっ!」
咄嗟に作ったのは、アリサの魔剣。振り上げた刃で振り下ろされた斧を斬り飛ばし。返す刃で槍の先を斬り飛ばす。
「終われぇええええ!」
唐突に武器が破壊され生まれる隙。その一瞬、振るわれた一振りは、魔将軍二人を一気に真っ二つにした。微塵の抵抗もなくただ切り捨てたという結果をもたらし。
そのまま一回転、遠心力を乗せて魔剣を投げる。回転しながら飛んでいく魔剣は、ウルスの持つ弓を破壊し、胴体を貫く。地面に縫い付けられた死体人形は動きを止める。
「次はお前だ」
新たに作った魔剣を真っ直ぐに構える。
「……それは厄介だな。破壊の概念魔術も、その形なら使えるのか。大人げないかもしれない。だが、勝ちにいかせてもらう」
そう言って、魔術陣が書かれた紙を四枚投げる。瞬間。
「なっ」
魔剣が、勝手に霧散した。すぐに構成からやり直すが、
「魔術が……破壊される」
起動して構成した傍から、破壊される。
「今この場で魔術を発動できるのは、我だけだ、聞いていなかったのか? 我は儀式魔術の達人でもあると。中々素晴らしいぞ。儀式魔術を戦闘に持ち込むのは」
魔術を起動した傍から破壊する結界。と考えるべきか。身体に施している強化の魔術も破壊されている。だが、これほどの結界、いつ準備した。
魔神はニヤリと笑いながら足元を指差す。……これは。地面に、魔術陣が。土を抉って。
「魔将軍が、いつの間に」
「手間はかかるが知識と精密さがあれば大抵のことはできる。それが儀式魔術」
俺の作る武器は魔術で構成されたもの。魔術を破壊する結界だというのなら、贋作の魔剣が破壊されるのは道理。
「だが考えてみたまえ、陣地を形成し戦場を自分有利に整えるのは、戦いの基本であろう? つまり戦場に魔術陣を持ち込む。あるいはその場で書くというのは非常に戦争の基本に則った戦い方なのだ。火やら雷やら剣やら槍やらを振り回すばかりが戦いではない」
だが、どうしてだ。どうして魔神は積極的に攻撃してこない。遊ばれてるのか。いや、違う。魔神の手、それに握られている魔晶石。予備魔力か。
そうだ、アリサだって、世界を越えようとした時、自分の魔力量に不安を持っていた。つまり、余裕が無い。なら、思いついた手を、試す。
「はぁあああああ!」
「ふっ、無駄なことを」
術式によって変換された魔力による事象改変を封殺できても、純粋な魔力の放出は封殺できないはずだ。
向こうの世界でティナさんに教わったことを思い出す。
『結界魔術は一定空間に発動の時に込めた魔力を張り巡らせることによって発動する』
術式破壊の魔術の原理は、魔力による事象改変に、純粋な魔力をぶつけることで、妨害するものだ。
なら、自身の魔力を放出して、それを広げていけば。張り巡らされた魔力とやらを、破壊できる。これを維持すれば、結界魔術の中に俺が魔術を使える空間を作る。ながら魔術は得意だ。
「確かにそれなら抵抗できよう。だが、長続きしないぞ。続ければ、お前自身の魂の魔力まで持って行かれるぞ」
わかっている。術式は魔力の効率的運用を補助するものでもある。だから純粋な魔力をぶつけるだけの術式破壊を、わざわざ術式を通して行っているんだ。
今の俺は、桶の底に大穴を開けて、魔力を垂れ流しているようなもの。自殺行為と言われても反論できない。だが。
「良いさ。ここでお前を倒せるか。倒せないか。それだけの違いだ」
「ふっ。はははは。良い覚悟だ」
魔神は豪快な笑いを飛ばしそれから、興味深げに息を漏らす。
まずは武器だ。行くぞ。
「くっ」
上手く、調整できない。術式に、魔力が流れ込み過ぎる。
「ほう、空間を塗り替えるか……これが、創造の概念魔術」
なんだ、これ……もう、少し。もう少しで、何かを、掴める。これは……これを掴めれば、アリサの強さに、近づける。否、越えられるかもしれない。
本能が警報を鳴らす。全身の血が沸騰して血管を突き破ろうと暴れる。筋肉の筋という筋が弾け飛ぶように引きちぎれていく。けれど、今は。ぶっ壊れてでも。
その瞬間だった。力が抜けて、立てない。指先が、冷たい。なんだ、これ。急に。
「ふん。魔力切れだ。しばらくは動けまいよ。つまらん幕切れだ」
勝負は決した。そう判断した魔神は背を向ける。
「くそっ」
立てない。けれど、手を前に出す。魔力を高めろ、練り上げろ。解き放て。勝つんだ。俺は。
「やめておけ。これ以上は本当に死ぬぞ」
「うる、せぇ」
まだだ、まだ、やれる。身体の奥底にあるものまで、全てを。全てを……っ!
本気だ。本気になれ、ここで本気になれなかったら、いつ本気になれるんだ。
本気で、立ち向かうんだ。圧倒的な存在に。そして、勝つんだ。
「やめておけと言っている」
「ぐ、かはっ」
何だ、何をされた。確認する間もなく吹っ飛ばされ、地面を転がる。
「さて。よくもまぁ、破壊してくれたな」
そう言いながら、魔神は魔将軍の身体に術式が書かれた紙を置いて、魔力を込めた。何事も無かったかのように、三人の魔将軍は起き上がる。戦況は逆戻り、いや、より悪くなっている。
だが、それでも。戦わなければならない。
「……はぁ」
ため息を一つ。まさか、一番の最悪の状況が、こっちの世界での戦いになるとはな。
「降伏か? 従属を誓うのであれば、命までは取らぬぞ」
「……馬鹿言うなよ。騎士が主君をホイホイ変えて良いわけ、ないだろ」
……俺はアリサの騎士。魔神王アリサの、騎士だ。
「魔神王の騎士に撤退も降伏も無い」
『馬鹿言わないで。一応ある。大事、命。ほんと、馬鹿』
そんな呆れたような声と共に、心臓に何か管が突き刺さるような感覚。同時に、大量の魔力が送られる。……これは。
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