第27話 破滅の炎と無限の一振り。

「言った。恩は必ず返す。沢山お世話になった、この世界で出会った人に。それに、行く約束をした、花火大会に。だから、ここで討つ。父上を」

 魔神が、上を見上げ。釣られて、俺も見た。夕焼けと夜空が同居する空に。それはいた。

 圧倒的な風格。存在そのものの格が違う。天を翔け、この戦場に。絶対強者が現れる。

 大剣を掲げ、黒い雷で天を引き裂き、地を割らんと鳴り響く。


「告げる。魔神王として。敗北のみだと、貴殿にある結末は」


 黒い雷が走り、周囲の木々を一気に薙ぎ払う。


「破壊した。事象改変を封殺、破壊する結界魔術。良い魔術」

「ほう、結界の起点を的確に破壊するとは、魔力の流れ、痕跡を見逃さない良い魔眼だ」


 アリサは黒のローブを身にまとい。天から戦場を悠然と見下ろす。

 周囲の魔力が一気に吸われているのがわかる。アリサと繋いだ契約のおかげで魔力が送られているからいるから平気だが、やはり恐ろしい。戦場に現れるだけで、他の魔術師が何もできなくなる。そんな制圧力。これが、魔神王アリサ。

「拘束解放か……本気なのだな」

 魔神の言葉への答えは、魔力を練り上げ高めること。

 空に向けて魔将軍達は武器を構える、戦うためだけの亡者となった魔将軍。それを一瞥して。


「失せよ。死者を人形にして辱めるとは。趣味の悪い魔術……安らかに眠れ、かつての同胞よ」


 瞬間、極太の黒い雷が夕闇を切り裂いた。それだけ。それだけで、復活した魔将軍が、文字通り消し飛んだ。


「命を、人を、軽く見る。魔術のためならばと。悪癖、父上の。民を見捨てるための手伝いをさせていた。アリサに。万死に値する」


 大剣を真っ直ぐに魔神に向け、それと共に、魔力がさらに膨れ上がる。


「アリサ、なぜここに。来るなと」

「そう。来るなと言った。あなたは。これは恩返しじゃない。アリサの意思で、あなたの忠言を退け、戦う。あなたと共に」

「ここで我を倒せば、アリサ。お前も……」

「命乞い……情けないことを……自分で掴む。自分の未来は」


 アリサに殺意を向けられてなお、魔神は平然とアリサに語りかける。


「世界の穴はいずれ塞がる。そうなれば、この世界での魔術の行使は不可能だ。この世界の魔力を目覚めさせる、霊脈起動術式も、発動できなくなるぞ」

「すぐには塞がらない。こんな規模。いらない。そんなものも。この世界は美しい。壊させない。貴殿は、ここで滅べ」

「このわからずやの娘が」

「うるさい消し飛べ。大人しく」

「ならば来るが良い。我が究極の魔術よ」

「アリサは、魔術ではない。父上の」


 地に降り立ったアリサは大剣を地面に突き刺し、左手を掲げ、何かを唱え始める……魔力を練り上げている。ということは、詠唱。だけど、アリサは、詠唱がいらない筈。

 いや、詠唱は魔力制御の補助を目的としたもの……アリサが詠唱を必要とするほどの難しい魔術なのか。


『抱くは破壊、齎すは破滅。微かな灯は、終焉を告げる導となる。天を裂け、地を穿て』


 言葉一つ一つに力を込めて、アリサの声は凛とした響きとなって、戦場に満ちる。

 アリサの頭上に巨大な火の玉……いや、何だ、この熱量は……。


「我が開発した魔術、破滅の炎か。自身が開発した魔術に焼かれるほど、我も耄碌しとらん」


 魔神が手を振ると、アリサが今練り上げている炎と同質のものが五つ現れる。魔神は無詠唱でできるのか。


「魔力を破壊に特化させ敢えて暴走させる技術。お前でもまだ完璧には扱いきれまい。従わぬというのなら、焼かれよ……なんだとっ」

『その目を開き見よ。その耳を澄まし聞け。我が言葉は魂を焼き、貫く。望むは未来、我が叫びよ、終焉の炎よ、我が敵を貫け』

 アリサが詠唱と共に紙を放ると、火の玉が収束し、魔神を狙う槍となる。そう、槍だ。穂が燃える槍。それを掴み、構える。あれは、俺の……。


「くっ、術式を、改変したのか……一度暴走させた破壊の魔力を、そのまま制御したというのか……この術式……創造の概念魔術……だと」

「そう、この炎はこの槍の持つ性質となった」


 アリサが槍を振るうと破滅の炎は魔神に向かって飛ぶ。魔神は炎を維持したまま手を振るい破壊の概念魔術で迎撃する。破壊と破壊のぶつかり合い。炎は次々霧散するが、アリサは間髪入れずに槍を振るい続ける。


「適性は無い筈だ。使い手の少なさから記録が殆どなく、適性を持たせる術式を作れなかった」


 アリサの投げた紙が魔神の前を舞う。役割を終えた魔術陣は魔力の残滓となりて消えていく。


「……創造の概念魔術の、魔術陣だと……」

「ずっと見て来た。適性の無い魔術の使い方を。父上のように術式を魔術陣に転換、儀式魔術で代用。タクミのように創造の概念魔術で構成する過程で術式を組み込む。アリサにも同じこと、できない道理は無い」

「くっ」


 魔神が膝を突く。魔力切れが近い。


「ここで散れ。父上」


 そしてアリサは槍を投げる。真っ直ぐに飛ぶ槍は一筋の光になって魔神に迫る。


「くっ、だが、只では滅ぼされん」


 迎撃は不可能と判断した魔神は、五つの火の玉全てをアリサに向ける。だが、そんなこと。


「やらせるかっ!」


 許すわけが無い。

 アリサの騎士として。


「俺の繰り出せる全ての刃を、一に束ねる」


 込める、練り上げる。鍛え上げる。鋭く、重く。強靭に。一つの剣に全ての魔力を込める。

 あの時、俺はこれしかない。これでしか、アリサを倒せない。そんな必要に迫られて作り上げようとしていた。

 それ自体は、今この時とは、変わらない。だが。


「俺の、魂の一振り―インフィニット・ワン」


 手の中でただ輝く刃となる。光が伸びる。夕闇を切り裂き向かってくる火の玉よりも眩しく。


「アリサは、傷つけさせない」

「……タクミ……ん。お願い」


 魔神の究極の破壊の魔術に、無限を束ねた一撃を振り抜く。重い、熱い、太陽が目の前にあるかのようだ。存在そのものが蒸発しそうな、凄まじい密度の魔力。だが。


『ん、心が大事。魔術は』


 そうだ。できる。あの時と違うことは、俺が、できると信じていること。

 アリサがここを守りたいというのなら。

 アリサが、この世界で、もう少し過ごしたいというのなら。

 俺が魔神を倒す理由が、ここを守る理由が、一つ増える。そんな、簡単な話。

 それに……もう一つ。


「俺は、アリサと、もっと一緒にいたい!」


 この不器用な女の子と、もう少し楽しい時間を、過ごしたい!

 一緒に、まずは、夏休みを。


「だからっ! あぁあああああ!」


 五つの火球は、一振りの無限の斬撃に斬り刻まれ、細切れになる。熱も、魔力も、魔力に込められた意味、力も、等しく刃に晒され無意味となり散る。

 同時に、アリサの放った火の槍は熱量そのままに魔神の胸を貫いた。


「最後に一つだけ。父上、あなたは、魔法の域に……」

「くっ、魔法だと? 我はまだ、その領域には。ぐっ」

「そう。さようなら、父上」


 アリサが指を一つ鳴らすと、炎がさらに猛る。


「ぐっ」


 槍を引き抜き、魔神は逃げるように世界の穴に飛び込む。それを確認したアリサは剣を一振り。世界の穴を維持していた術式を破壊。これで、世界の修正力が働き、穴は塞がれていく。


「……アリサ」

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