第43話 世界を裂く
空を覆うような翼を広げるドラゴン。炎のように赤い鱗は一枚一枚がヒト族や魔人族、その他どの種族が作るどんな鎧よりも硬い。そして、魔力障壁と魔術を無効化するドラゴンの魔術が施されている。
「最後まで加工できなかった」
最強の魔剣に続いて、最強の鎧を作ろうと悪戦苦闘した苦い思い出、そしてドワーフ族なら加工できたという情報を知った時の悔しさを噛み締めながら、ドラゴンの前に立ち塞がる。
空を我が物顔で舞う、ドラゴン独自の魔術体系の成せる業。否、魔法の時代から存在したとされる、神の時代の痕跡。現代に残った魔法。アリサの使う飛行魔術は、それを無理矢理再現したもの。複雑過ぎる術式故に習得はかなり難しく魔力効率もかなり悪い。
真神アリサは焦っていた。真神アリサは知っていた。ドラゴンが現れる。その意味。絶対王者とも言うべき生態系の頂点が出現するということを。
「やらせない」
ドラゴンの主食は魔力。だが、この世界の魔力は眠っている。つまり今、このドラゴンは腹を空かせている。今、目の前に飛んでくる大量の魔力を持った存在を見逃すわけがない。
咆哮と共に押し付けられる魔力の圧力を魔剣を振り回し切り裂く。破壊の概念魔術を以てしても、石壁を斬ったような手応え。手がしびれる。両手で持ち直さなきゃ剣を落としていた。これが挨拶代わりのように……アリサは口元に似合わない苦笑いが浮かぶのを感じた。
ドラゴンの口元に収束していく魔力、この量、圧縮率、放たれる熱線は恐らく、全開のアリサの出力に匹敵……いや、超える。
これを放たれたらマズい。そしてこのまま戦闘を続行することも、ドラゴン自身が持つ魔力が戦闘によって活性化すること、それがマズい。
ドラゴンは周囲の休眠している魔力を活性化させることができる。自身の魔力と共鳴させることで。魔力が活性化することでその地域の魔物の活動が活発化し、より多くの魔力を魔物を食らうことで摂取する。
アリサの父、先代の魔神王が研究の末に辿り着いた魔術を、ただそこに存在するだけで実現する。休眠している魔力が活性化する結果は魔力に適応できるか否かの生命の選別。
目の前のドラゴンは、アリサが相手にしてきたどのドラゴンよりも圧倒的な強さを持っている。故に。
「……隔絶結界」
熱戦が放たれる寸前、アリサとドラゴンは、世界から消えた。
大気の壁を藻掻くように押しのける。空において人はどれだけ不自由で、どれだけ自由か。地上が遠くなっていくことへの恐れすら忘れ飛ぶ。魔力の濃い方へ。
アリサが見えてくる。けれどそれよりも目を引く存在、アリサの正面、正直目にいれないようにしていた。けれどどうしても視界の端にちらついた。空を見上げた時どうしても太陽がまぶしい、そんな感覚。絵本やゲームの画面の中でしか見たことのない存在が悠々と羽を広げ飛んでいる。言われなくてもわかる。存在感と共に主張してくる。強いと。
「あっ、が、」
声も上げられない。風が邪魔をする。少しでも近づこうとする速さが口を開くことすら許さない。
魔力が濃くなる。アリサが魔術を起動する。わからないけどわかった。隔絶結界だ。
手を伸ばす。あるかもわからない魔力を掴もうと前へ。俺も、俺も連れて行ってくれ。
「くそっ!」
その手は空を切った。アリサも、ドラゴンも、その気配すら目の前から消えた。間に合わなかった。アリサが展開した魔力に割り込めなかった。自分をまき込めなかった。
どうすれば良い。隔絶結界に外から入る手段なんてあるのか、世界の外側にくっつく形で隔絶結界はあるという話だったか。つまりは世界の外殻……壁を越えなければいけない。どうすれば良い。そんなことできるのか。破壊の概念魔術を発動するとして術の対象をどうすれば良い。そもそも世界の壁を破った場合の影響はどの程度だ。世界の修正力とやらはちゃんと働くのか。でも……。
「やるしかない、だろ」
手を伸ばせ。思い出せ、さっきの感覚を。何かできるかもしれない、そんなぼんやりとした確信と共に感じた魔力の流れを。
何をやりたいのか。何を目指したいのか。
力み過ぎず。できると信じて、そう、信じきれないから余計な力が入る。魔術は心が大事だから。
「来い……」
一人が通れる穴だけで良い。そうだ、隔絶結界に一時的に穴を開けるだけならできるはずなんだ。ティナさんがやっていたことだ。
何をやりたいのか……何を斬らなければいけないのか……そのために何が必要なのか……。感じ取れ、見えないだけで、そこにはあるんだ。目的、手段、結果。
「すぅ……」
どうしてだろう、こうして明確な意思を持って魔術を展開すると、魔力が持っていかれる感覚が苦しくない。きつくない。心が澄んだ湖の水面のように静かだ。凪いでいる。
そして何よりも周囲の魔力の流れが、わかる。見えないものが見えてくるような。不思議だ。見えてないのにわかる。この流れがどこに繋がっているか、どういう流れなのか。
斬るなら、どこなのか。
「タクミ君!」
作り上げるのは剣。断つ対象は世界。
練り上げろ魔力を。思い出せ、アリサが隔絶結界を作った時の流れを。そう、その先にあるのがきっと世界そのもの。そこに斬る対象はある。
「待って! タクミ君! それはマズい!」
あの時とは違う。意味もなく魔力を広げていた、あの時とは違う。目的を持って伸びる魔力は練り込む圧に光を放つ。
「アリサ、待ってろ……」
「待つのはタクミ君だって! それはマズい、隔絶結界使えるようになったからわかるの、それはヤバいんだって!」
「えっ、て、ティナさん」
「色々聞きたいことはあるけど! それはストップ! 魔神王が帰って来れなくなるし、タクミ君も、というかこの街一帯が世界の狭間と混ざり合って魔力災害で滅ぶ!」
「えっ」
慌てて魔力を収める。空中で見えない地面に立って息を切らせているティナさんはほっと息を吐いて。
「まったく、出てきて良かったよ、もう……はぁ、危ないなぁ。というか君はなんで飛んでるの? 飛行魔術は魔術的に不可能って結論が出てるんだけど」
「えっ、アリサ普通に飛びますけど」
「えっ……あぁ、まぁ、そっか。魔神王ならあり得るか」
そう言いながらティナさんは空中に何かを書くように指を動かす。
「飛行魔術の研究はそりゃされたよ、それはもう盛んに、今でも諦めきれない人がいるくらいに。宙に浮くところまではできたんだけど、そこからの移動、風魔術だけで高度を維持しながら加速や減速、安全な着地を行うのは無理だと早々に結論が出て、水魔術と火魔術を同時に使用して上に向かう空気を作ってそれを風魔術で強化することで高度の維持や着地時の最後の減速に活用し、さらに風魔術で進行方向とは逆に風を起こすことで推進力を作ることでほぼほぼ高度が維持されながらも滑空するような形で飛ぶという理論まではできたんだ、魔力効率が非常に悪いんだけどね! あぁ、あたしが浮いてる理由は足元に結界を展開して踏み場にして登ってきただけだよっと!」
指を振りぬいたティナさんの眼前に広がる闇その物が顕現したような穴。穴の先に何があるかは見えない。魔力で補強はされているが、軋むのが聞こえてくるような気がするくらいに不安定で。すぐに大量の魔力の奔流に飲まれてしまいそうな穴だ。
「……これは?」
「この先に魔神王がいる。隔絶結界に繋がる道を構築した。長くはもたないし、多分、結界の内側からは開けない。一方通行。それで、向こうには何がいるの? ……いや、大体わかるけどさ、現実を受け止めたくないから突き付けて欲しいな」
「ドラゴン」
「あぁ、本当にドラゴンなんだ……ドラゴンか……」
「ティナさん、言ってましたもんね。ドラゴンは挑んではいけない存在の一つだと。勝てると思いますか」
「ヒト族の国はね、ドラゴンと二度戦争になって一度は首都をドラゴンの縄張りとして献上することになって、二度目は撤退に追い込んだけど、騎士団は立て直しに五年もかかって宮廷魔術師も半分を失った」
「そうですか……わかりました」
「行くんだ」
「俺に、アリサに全部任せてのうのうと待つなんて選択肢はありません」
アリサが負けるなんて思っていない。意味もなく首を突っ込んでいるだけかもしれない。余計なお世話かもしれない。それでも。
「アリサがもしも助けを求めて手を伸ばした時、そこに俺がいなきゃ、嫌なんです」
そうか……。
自分の言葉に、納得した。国民が全員が魔力に変えられたかもしれないという時でも、すぐに立ち上がる強さを持つアリサにとって、最後の最後に頼れる。そんな存在に、なりたい。
「だから俺には、進む以外無いんです」
迷っている暇も落ち込んでいる暇も無い。そうしている間も、アリサは歩き続けるから。
「では」
「はぁ、わかったよ。あたしも行くよ。あたしが撒いた種かもしれないし」
「えっ」
振り返ると、やれやれと手を上げてティナさんは苦笑いを浮かべて。
「危なっかしいところは変わってないみたいだし。ここでハイさよならってするのも後味が悪い。まぁ、世界の狭間に放り出されて尚、偶然特大の幸運で拾った命、元々もう死んでいるようなものだから行くよ」
そして風の中で聞こえた。顔は見えなかった、見なかった、見れなかった。
「……ドラゴンは絶対に、確実に殺す」
そんな言葉が、確かに聞こえた。
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