第13話 休日はおでかけ。

 それから、朝ご飯を食べ終えていざ出かけようという段になって。私はアリサちゃんをアリサちゃんの部屋に引っ張り込む。


「なに?」

「気のせいなら申し訳ないんだけど、一応聞いておきたくて。体調、大丈夫?」

「問題無い。サラの気のせい」

「そう、なら、良いんだけど……アリサちゃん、制服なの?」

「……だめ?」


 首を右に傾げて上目遣い。正直、くらっと来た。だが私は惑わされず首を横に振る。


「他に服は?」

「……これ?」


 引き出しから引っ張り出されたのは、これまた水色のとてもシンプルなデザイン、身体を動かすのに適した服。


「それは体育着」

「……こっちは」

「パジャマで外出する人がありますか……普段着とか無いの?」


 アリサちゃんは首を横に振る。マジか……休日は基本ジャージです、みたいな人。中学時代に結構いたな、そういうパターンか。

 ここら辺の話は、匠海君に任せるには荷が重いし、私がちゃんとしなければ。


「アリサちゃんを着飾らせる」

「……ドレス?」

「なぜそうなる」


 きょとんとまた首を傾げてしまう。うんうん。よし、今日の目的その二、だな。


「とりあえず……私の服は……だめか」


 華奢で小柄なアリサちゃんには色々余る。


「一旦、ジャージで」

「ん」


 小さく頷いてのそのそと着替え始める。どこを見られても恥ずかしくないと言わんばかりの、堂々とした着替えだ。


「わぷっ」

「えっ、だ、大丈夫?」


 上の服を脱ぎながら何故か尻餅ついて、もぞもぞと芋虫のようになっていた。救出すると頬を少し赤らめて俯いている。


「ふふっ」

「むぅ。いつも通りなら……」


 恨めし気に見上げてくる目から視線を逃がしてそのまま、さりげなく傷一つ無い、どこも荒れていない。触れれば絹のような触り心地がそこにあるだろう肌に目を滑らせる。

 白い肌を強調するように流れる、深い黒色の髪。そして、不思議そうに向けられる黒い瞳。 

 匠海君もそうだけど、純粋に黒い瞳、黒髪というのは珍しいらしい。


「……なに?」

「ううん」


 気がついたら、着替え終わっていて。

 野暮ったい印象のジャージでも、彼女の存在自体が放つ輝きが、眩しい。


「じゃ、じゃあ、行こうか。服買いに」


 敵わない、敵わないのは、わかっているんだ。でも。それでも。


「ん。必要なら。……面倒をかける」

「良いよ。手間じゃないし」 


 アリサちゃんみたいな子なら何着ても似合いそうだから、楽だし。 


「ごめん、匠海君、行こうか」

「あぁ」

「アリサちゃんの服買いに」

「……メインの目的忘れてないか?」

「……そうだった」

 



 「うーん。やっぱりワンピースかな。夏だし。秋物冬物はもう少ししたら見るとして。あと……あっ、これとか良いなぁ」


 沙良の本日のお出かけの目的は、やはりすり替わっているらしい。

 既に必要な物は碌に吟味することなくあっさりと買い終えて、沙良のお母さんに預けてある。今頃車で運ばれていることだろう。沙良のお母さん、アリサ猫可愛がりしてたなぁ。あの人猫好きだからなぁ。アリサが猫っぽいかと言われたら……猫っぽいかと言われたら、猫っぽいな。無自覚にこう……甘えるような仕草してくるところとか。

 近所のショッピングセンターの服屋にて、アリサは先程から着せ替え人形にされ、一人でファッションショーしている。

 まぁ、どれも似合っているのだが。沙良も選ぶというより、アリサを着飾らせて楽しんでいるという感じだし、店の人も、段々注目を集め始めているアリサをマネキンよりも有効なマネキンと見做すことにしたらしく、止める様子が無い。

 白い胸の辺りに文字が入ったTシャツにジーンズ生地の短パン。スラっと伸びたしなやかな手足が惜しげもなく晒される。

 これで売り上げが上がるとは思わないけど、いや、眺めている分には楽しいから良いんだけどさ。


「沙良、そろそろ決めないか?」

「うん。決める。決めるけど……アイタっ」

「更衣室を三十分占領ってどうなんだろう」

「……はーい」

「とりあえず休日用三着となんだ? 校外学習用に山に適した奴、一泊二日だから二着か、それくらいあれば良いから五着だな……おう」


 服って、高いんだな、意外と。

 値札を見て、軽く手が震えた。

 買える。買えなくはない。一式で大体一万。五パターン買おうとほざいてしまったので五倍……だが……いや、後で母親に請求しよう。横目に、白のワンピースを着て、しげしげと姿見を眺めているアリサを見て、そう決意する。

 恐ろしいくらいに、似合っている。

 一度本気で戦っていなければ、夏休みを利用して避暑地を訪れたお嬢様とか考えているところだ。麦わら帽子もおまけで付けたい。

 財布の中身を改めて確認して慄いていると、クイっと袖口を引っ張られる感触に目を向ける。


「この世界での貨幣の価値はまだ理解できてない。けれど、あなたが焦っているのは、わかる」

「気にするな。必要経費だ。俺が稼いだわけじゃない、親が稼いだ金だし」


 それに、アリサが増えたことで仕送りを増やすという話だし。アリサの生活の初期費用も近いうちに振り込まれる。だからここでの出費も数日、金の使い方に気をつければ問題ない。


「それでも、いずれ、返す」


 魔神王は恩を必ず返す、だったか。


「わかった。あまり期待しておかないでおくよ」

「期待していて良い。ちゃんと返す。魔神王は」


 アリサの言葉が本物なのは知っている。わかる。伝わってくる。平坦な声の中に、どうしてこれほどまでに力がこもっているのだろう。

 種族を率いる器。その深さ、大きさを、これでもかと伝えてくる。

 俺を呼び出したのが魔人族側だったら、あの世界の良さ、知れたのかな。

 きっともう、行くことのない世界のことを、ふと考えた。


「だから、これも欲しい」

「……ん?」

「かっこいい」

「んん?」


 白いTシャツだ。とてもシンプルなデザイン。胸元に大きく『最強』と書いてあるくらい。


「最強、か」

「ん、アリサ、最強」

「それはそうかもだが……いや、まぁ、良いか」


 会計を済ませて、買った服。今は白のワンピース。アリサが言うに、着心地が良い、着替えるのが楽。とのことだ。

 例の『最強』Tシャツに着替えようとして、沙良に止められたのは別の話。「部屋着にしようね」と、引きつった笑顔で言っていた。


「なんか食べて帰る?」

「そうだな……」


 アリサは何喜ぶかな……。


「……っ!」


 アリサの目が、突然、明後日の方向に向く。


「? どうしたの?」


 その方向に丁度いたのは沙良ではあるが、アリサが見ているのは、沙良ではない、さらに、その向こう。……魔力の歪み。そして、この前よりも大きな気配。


「……学校の方向」

「ん」


 アリサは頷く。また、あの魔獣みたいなパターンか……いや、気配が強い、そして多い。だがどうする、沙良がいるぞ。それにアリサも本調子じゃない。だけど、急がないとマズいぞ。


「……沙良ッ」

「ど、どうしたの?」


 沙良の目に、一瞬、戸惑いの色が生まれたのが見えて、こめかみを抑える。落ち着け。


「……あー、アリサと一緒に店、選んでてもらって良いか? ちょっと……トイレ」

「あ、うん。いってらっしゃい」


 早足で出入り口へ。ここから学校まで、魔力で全力強化して、三分。だが、昼間、どこで誰が見ているかわからない。くそっ、アリサみたいに転移魔術が使えれば。


「まって。ま、まって!」

「ん?……アリサ、なんで」


 外に出たところで、アリサが追いかけて来たのに気づいた。


「はぁ、はぁ、あなた、足、速い」


 息を切らせ、手を膝について息を整えている。魔力が無いと本当に体力無いな。


「気をつけて」


 その言葉と共に魔術が発動する気配。


「大丈夫なのか、まだ本調子じゃ」

「言った。簡単なのは使えると。認識阻害。魔力を扱えない者には見えなくなった。あなたは」

「あぁ、ありがと。沙良を誤魔化すの任せた」


 アリサは頷き、そして魔術陣から紙を二枚取り出す。


「これ、認識阻害の結界と人払いの結界の術式」

「了解だ。サンキュ」

「忘れないで。本調子じゃない、あなたも」

「あぁ、わかっている」

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