第14話 襲来の魔将軍。

 一気に休日の街を走り抜ける。見えてないのなら全力で走れる。一つの風となり、走り抜ける。そして着地したのは学校の屋上。グランドを見下ろせば。今日はどこの部も使っていないのか、人はいない。向こう側の野球場に野球部が見えるくらい。


「いや、マジか。生きてた、のか」


 生徒の代わりに闊歩するのは魔獣が四体、そして、それを従えているのは魔将軍ヴィルヘイム。水と風の魔術の名手。戦場に冬を齎す者。

 仲間の援護もあり、全ての魔将軍を倒したはずなのだが。そして来てしまったのか。

 鈍く光る鉄の鎧。短めの剣を腰に差している。だがあくまで武器は魔術。もしもの時のための護身用の剣だというのは知っている。油断なく周囲の様子を窺っている。三十代くらいの男。魔人族だから、見た目年齢当てにならないけど。

 首まで伸びた、魔人族らしい黒髪を、後ろで束ねている。


「はぁ……」


 まずは結界だ。武器に込められるか……よし、いけた。

 人払いの結界、認識阻害の結界をそれぞれ付与した剣を二本、魔力を込めて学校の屋上に突き立てる。


「……これでよし」


 右手を上げる。一人でも勝てるか……いや、勝つんだ。まずは先手を取る……そうだ。

 作り上げる武器に術式を付与……ぐっ。

 物凄い勢いで魔力を持ってかれる。そうか、異なる術式を多重詠唱しているのと同じ状態になるのか。くっ……これは、だめだ。流石に調子に乗ってたか。


「かはっ」


 グラっと景色が揺れて、思わず膝を突いた。全身をあべこべな方向に引っ張られているかのようだ。本調子じゃないって、こういうことか。まだ魔力酔いの症状が、残っている。神霊が扱う純度の高い魔力とやらが、残っている。扱おうとしたら、反動で、死ぬ。

 いや、だけど、今は。


「ぐっ、くっ」


 従え、俺に。従え!


「かっ、くっはっ」


 魔力炉が、爆発しそうだ。回路が、焼ききれそうだ。全身から汗と一緒に血も噴き出しているのではないだろうか。だけど。それでも、今、俺は。


『聞こえる?』


 カチ割れそうな頭の中にどうしてか声が響いた。これは、念話魔術か。次の瞬間、心臓にパイプを打ち込まれる感覚。何だ、これ、でも、不思議と嫌な感じはしない。そしてすぐに、魔力を抜き取られ、抜き取られた傍から流し込まれる。


『本当はゆっくり処置したかったけど。仕方ない。簡易的なサーヴァント契約』

「どういう、ことだ」

「あなたの中にある魔力を無理矢理全部抜く。アリサの魔力を送る。アリサも本調子じゃない。でも、できる。これくらいは。だから、戦って。何も気にせず』

「……あぁっ!」


 サーヴァント契約。通常は魔術師と使い魔の間で行うもの。それを魔術師同士で行うには、お互いがお互いを信用していないとできないものと聞いたことがある。

 アリサ。そうか。なら、応えないとな。

 立ち上がり、右手を掲げる。武器への術式付与の再開。この万能感。何でもできる気がする。

 魔力炉と魔力回路が凄まじい勢いで稼働しているのを感じる。今なら大抵のことはできてしまうだろう。アリサ、凄い魔力量だ。本当にスゲーよ。本当。羨ましくなるよ、この強さ。

 百を超える多重詠唱をこなしても尽きる気配の無い魔力。……それなら、魔力の消費を気にしなくて良いのなら、武器の強度をさらに上げられる。より強靭に、より鋭く。

 魔力が膨れる気配に反応した魔将軍、そして、魔獣たちがこちらを見上げた。


『はぁ』


 魔将軍が魔力を練り出す。アリサがため息を吐いたのが聞こえた。

 武器をイメージ、魔力で構成、そしてその後に、術式の付与の過程を組み込み、出力。


『ん、心が大事。魔術は』

「あぁ.……行くぞ、魔将軍」


 魔将軍が防御の術式を展開するが。こっちの武器が届く方が、速い。グランドに吹き荒れるのは、百を超える武器から放たれる炎の、氷の、雷の、暴風の、斬撃の暴威。

 砂煙が晴れて、魔獣は全滅、ヴィルヘルムも原型は保つていても、動く気配はない。


『はぁ、……いや、まだ、か』


 ため息を吐いて、けれど、何かを思い出したように淡々とアリサが呟く。

 多分、アリサが試したかったのは世界の狭間を通ったことで力を得たかどうかだろう。魔将軍のことだ。真っ先に変化があるかどうか、試したはずだ。


『どっちか。あなたが強すぎたか、力を得ていないか……それはこれから確かめられる。ここからが本番、魔将軍ヴィルヘルムは』


 そう。覚えてる。一度倒したと思った。だが、ヴィルヘルムは。復活した。


『蘇生魔術。自身への。条件設定で自動起動する。さらに、術式改変で蘇生術式に組み込んだ凶暴化の術式も同時に発動』


 魔術陣が現れ、ヴィルヘルムは起き上がる。


『痛みを、疲れを感じなくなり。恐れが無くなり。普段、自分が設定している以上の魔力を。発揮する。死ぬことで限界を超える自爆技。ただ一度しか許されない。……悪趣味な魔術」


 アリサがため息を零す。余程ヴィルヘルムの扱う魔術が嫌いらしい。

 だが、こいつには一度、痛い目を見せられている。

 損害なく勝てたと思って油断していたら……結果的に幹部達との戦いの中で、一番損害を出すことになった。

 あれが蘇生魔術だったのか……。あったんだな。


『ある。ただ、完全な蘇生魔術は未だに完成していない。一時的なもの。本来は遺言や最後の別れを行うために開発された。ヴィルヘルムの使用方法は想定されていない。でも』


 頭の中のアリサは残念そうに呟く。


『だからこそ、わからない。ヴィルヘルムは、確かに負けた。殺された。あなた達に。だからわからない、そのヴィルヘルムがなぜここにいる。どうやって完全な蘇生魔術にしか見えない現象を起こしたか。けれど、これだけは言える。強い。あなたの方が』


 俺の手の中には、使い慣れた日本刀。風の斬撃を発生させる術式を付与。

 正直、過大評価だと思う。

 この世界に帰って来てから今までを過ごしてきて。アリサの強さを嫌と言うほど感じた。あの時あのまま戦い続けて、正直、勝てたと思えない。


『それはわからない。可能性がある。あなたの術式は、まだ』


 この状態、考えてること筒抜けなのか。ったく。

 さて、目の前の敵だ。アリサの方が間違いなく強い。そして、こいつには一対一ではないが、一度倒している。

 咆哮を一つ。ヴィルヘイムが地面に手を着く。


「来るか……」


 一度見た光景。結果も同じ。周囲の温度が一気に低下し。視界が白く染まる。吹雪が……いや、そんな生易しいものでもない。大粒の氷の嵐がヴィルヘルムを中心に巻き起こり、グランドを埋め尽くす。


『早く決めて。認識阻害で誤魔化せるギリギリ』

「わかっている」

『くっ』


 アリサの悔し気な声と共に、送り込まれていた魔力が止まる。


『かなり危ない。認識阻害と結界の維持に集中する』

「あぁ。頼む。こっちはどうにかする」


 ここからは補助なしの戦いだ。残っている魔力は心許ない。派手な戦い方はもう望めない。

 氷の嵐と刀を振って起こした風が衝突する、衝突して拡散した風はさらに砂埃を巻き上げ、視界は砂と氷に埋め尽くされる。吹雪は収まる気配が無い。

 吹き荒れる風を突破してヴィルヘルムは向かってくる。ヴィルヘルムの剣術自体は脅威じゃない。既に見切った。だが、この氷の風が確実に着実にダメージを与えてくる。


「っ」


 無視しようとしても掠めた、ぶつかってきた氷が、切り傷と打撲として冷たい痛みになって主張する。

 あの時は、ティナさんが極大の火の玉をぶつけて、吹雪を無効化して、その間に俺が仕留めたんだったな。今回はどうする。

 ヴィルヘルムの剣自体は速くない、重くも無い。だが。

 どうにか受け流して距離を取るが。くそっ。

 体温がどんどん奪われる。手足の感覚が、錆び付いたかのように覚束ない。

 保護魔術とか使えないから。あの時はそうだ。それもティナさんがいたから、楽だったんだ。


「くっ」


 どうにかするって、言ったんだ。一人だと何もできないとか、言ってる場合じゃないんだ。

 おぼろげな視界。剣を捨て持ち替えた槍を音と直感を頼りに振り回す。

 考えろ。この状況をどうにかする方法。

 槍ではなく氷を直接握っているような感覚。いや、その感覚すら奪われていく。だというのに、痛みをきっちりと少しずつ熱を伴って主張してくる。鋭い痛み、鈍い痛み。もう少しすれば、これも麻痺していくのだろうか。

 何度目かの衝突。大丈夫、押し負けない。力負けしてない。それでも不利なのは俺。確実にタイムリミットが迫っている。


「くっ」


 踏ん張る力すら、上手く入らなくなってきた。武器はこちらの方が有利の筈なのに、弾かれたのは俺。


「一か八か」


 槍を捨て、剣を二本。炎の術式と風の術式を付与。そこに、魔力を流し込み。


「はぁああああ!」


 燃え盛る炎を氷の嵐に向かって振るった。一瞬視界が赤く染まりそして、爆発的な蒸気に白く塗りつぶされる。肌を焼く熱波を堪えて二本目の剣を振るう。風の斬撃をぶつけて、無理矢理道と視界を切り開く。

 後は、走るだけ。死の懐にある明日を掴みに。奪われた体温はすぐには戻らない。身体が思うように、文字通り少し凍ったかのように、足を前に出す感覚すら覚束ない。そして、向こうの反応速度は上がっている。俺の接近に既に気づいている。

 振り下ろした剣はあっさりと防がれた。自分でもわかる、軽い一撃だと。

 だが、剣は一本じゃない。足りない力は数で補う。

 奴の背後、中空に作り上げていた剣が三本、一斉に放たれ、そして、同時に俺のもう片手に握られていた、炎の術式を付与していた剣を突き刺し。魔力を流し込む。術式起動。貫かれ、焼かれ。ヴィルヘルムの身体は焦げた匂いと共にすぐに灰となり崩れ落ちていく。


「はぁ……終わりだろ。流石に」

「ん。終わり。確認した。アリサの魔眼で」

「さらっと魔眼持ちなのね」

「魔力の流れと痕跡。術式を見抜く目」


 あれ? 今、声、頭の中にじゃなくて。

 振り返ると、白いワンピースのスカートをたなびかせ、アリサがそこに立っていた。魔術の残滓、まだ吹雪は完全に治まってはいない。その中で、平然と立っていた。


「もう、良いのか? 反動」

「ん。良いリハビリだった。機能停止していた魔力回路を起こせた」

「そっか」


 アリサは魔将軍だった白い灰に目を向ける。


「殺すの、躊躇わない。こんな平和な世界で育った割に。あなたは」

「そんな躊躇い、どっかに捨てたよ。躊躇ったら死ぬのはこっちだ」


 あぁ、でも、そうか。そうだな。俺、一応、人殺し、何だよな。

 麻痺していた感覚が蘇ってくる。こっちの世界で、俺は、人を剣で貫いたんだ、こっちの世界でも、人を殺したんだ。背中が重くなる。景色が暗くなる。何の重みだ……罪の、重みだ。


「? どうかした?」

「ん? あっ、いや。何でもない。帰るか」

「ん。心配してる。沙良」

「あぁ。悪い」


 アリサが指を鳴らすと、周囲に転がっていた魔獣の死体も燃え上がり、一瞬の後に灰になる。それと同時に、俺の身体が優しく温められ、傷が塞がり、服の破れた部分も直っていく。何だろう、戦う前より身体が楽になった気がする。


「器用なもんだ」

「ん。世話をかけた」


 少し嬉しそうに、アリサはそう言った。やっぱり好きなのだろう、魔術。


「流石に灰にまでされたら、父上の蘇生魔術がどんなものか、読み取れない」

「……悪い」

「良い。気にしなくて。碌な魔術で無いのは確か」

「そうか……なぁ、アリサ」

「ん?」

「帰りたいとは、思うか?」

「ん。帰ろうとは、思っている」

「そっか」


 意図的に向こうの世界から魔獣たちを送り込むこと、二回も成功しているんだ、向こうは世界の狭間に道を構築できてても、おかしくない。アリサがそれを見つけるのも、時間の問題だ。


「でも、あなたへの恩は、忘れていない」


 会話を打ち切るように、アリサは指を鳴らした。

 どうして、こんなわかりきったこと聞いたのだろう。

 どうして今、寂しさを感じている。

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