第24話 異変、禍々しさ。怒り。
それから、部活に向かった安達を見送って、バスに乗る佐竹を見送って、自分の家に足を向けた。
「ッ!」
何だ、今の、強烈な魔力は……。
アリサのものとは違う、むしろ、真逆。禍々しい。アリサの魔術は、清い。色で言うなら白だ。何でもできる、何にでもなれる。そんな魔力。だが、これは。なんだ。気配を感じた瞬間、視界に黒い靄がかかったような錯覚に陥る。触れた瞬間崩壊しそうな、そんな魔力だ。
『確信した』
唐突に頭の中にアリサの声。
『父上は、攻め込んでくるつもり、この世界に。今、来た』
続いて告げられたのは、なぜ? と言いたくなるものだった。
「どういうことだ? いや、可能なのか」
『アリサの存在を指標に魔獣、魔将軍を送り込んだ二回。あれで、世界の狭間に父上の魔力の残滓が残っている、そして一度、アリサは世界の狭間に、全力で破壊の概念魔術を叩き込んで吹き荒れる魔力を散らしている』
「まさか、それを」
『そう。それが観測されれば、辿れる。後はそこにアリサと同じように、破壊の概念魔術を叩き込めば良い。今、あの世界からこちらの世界を繋ぐ一本の道がある』
なるほど。……どちらにせよ。攻め込んでくるつもりだというのなら。迎え撃つしかない。それに。
「それなら、アリサ、今度こそ向こうに帰れるな、父親が作った道を通れば良い」
『可能性はある。でも』
「わかっている。まずは父親のことだろ」
魔神王の父……魔神と呼ぶべきか。破壊の概念魔術の達人。アリサに魔神に、それ程の奴がなぜ一度もあの戦争で、前線で目撃されていないんだ。
いや、今それはどうでも良い。それよりも。
「何のためにわざわざこの世界に」
『恐らく、アリサとあなたが戦ったあの城攻めは、勝った。ヒト族が……違う、父上が、勝負を投げた。いや、それも違う……そもそも勝つ気が無かった、父上は』
一瞬、アリサの魔力が乱れた。アリサが、動揺している? 魔力の制御が乱れるほど。
「どうして、そんなこと」
『わからない。ただ、戦中、色々頼まれた、父上から。幻獣種から取れる素材集め。関係ある。多分』
「それで、アリサが前線に出てこなかったのか」
『ん。勝利を意識していなかった。父上は。負けないようにしていた。被害を最小限に、戦争を引き延ばしていた。そういう策略だと、思っていた。実際、悪くなった。治安、ヒト族の国』
そうだ、長引く戦争が財政負担を大きくし、国民に不満を貯め込み、強力な存在を召喚しようという話になったんだ。そうか、アリサの父親、魔神の策略か。
実際、有効だっただろう。国を効率よく内部崩壊させるには良い策だと思う。実際、ヒト族は俺というイレギュラーに手を伸ばさざるを得なかったわけだし。
しかしながら、王の座を譲っても、先代の王が発言力を保っている。どこの世界でも似たようなことは起きるものなんだな。
『アリサも、すぐに行く』
「いや、来るな」
『どうして?』
「父親を前にしたら、お前だって、躊躇うだろ。最悪、二対一とか嫌だし」
『……言ってない。そんな甘い覚悟で』
ほら、今、答えに迷った。
どちらにせよ、俺につくとしてもそれは、父親殺しの罪を背負いにくるようなものだ。そんな罪、背負わせてたまるか。
罪を背負うのは、俺一人で十分だ。この世界に帰ってくるまでの大量の人殺しの罪を、贖えるなんて思っていない。でも、せめて。
アリサに罪を背負わせない。この世界を守る。これを果たせれば、果たせれば。
少しは、マシな気分になれる。そんな自己満足だ。
「それに、向こうの世界に帰った時、ここで戦ったら不都合だろうが」
そしてたどり着いた、山の頂上。魔力の乱れが激しい。アリサの声が、聞こえなくなった。
「! くっ」
唐突にアリサちゃんが、顔を強張らせて固まった。アリサちゃんが表情を乱すなんて、初めて見た。それほどのことが起きた、ということだよね。
けれどすぐに、平然とした様子で山盛りポテトに手を伸ばし、ぽりぽりと小動物を思わせる仕草で口にぽりぽりと押し込んでいく。
四人でのお出かけ。ファミレスで明日から夏休みだ! という打ち上げ。と言っても、私はアリサちゃんに同行を頼まれただけ。女の子同士で出かけようと言われたアリサちゃん、匠海君は頼れなくなったから、私にご指名が回って来たのだ。
少し嬉しい。二番目に頼られる対象にはなれているみたいで。
雲井愛華さんと、亀山麻衣さん。あまり関わったこと無かったけど、良い人そうで安心した。
そう、さっきまで結構盛り上がっていた。主に匠海君との関係について、亀山さんと雲井さんは気になったらしい。
「そっかそっかー。羽賀君、結構良い奴なんだー」
「ん。誠実」
「へー、いや、綿貫さんが構うのなんでだろ、とは思ってたけど、いや、顔は良いかなーとかたまに考えてたけど。そっかー。話しかけてみよっかなー」
「うん。匠海君は良い子だよ。ちょっとわかりづらいけどさ」
少し話疲れたのか、オレンジジュースが入ったグラスのストローに口を付けて、アリサちゃんはそのまま、再び少しだけ顔を強張らせて固まった。
「アリサちゃん?」
「……繋がらない。乱れてる」
「何が?」
「……タクミ……危ない、このままじゃ。本気だ」
「えっ? どしたの? 真神さん」
雲井さんがアリサちゃんの背中を摩るけど、アリサちゃんは首を横に振る。カタカタと震えて、けれどグッと手を握りしめ立ち上がる。けれど、すぐに座る。
「えっと、アリサちゃん……?」
アリサちゃんは、迷っている。何を迷っている。
今なら聞き出せる。二人に対して感じている疑問に。そんな直感があった。アリサちゃんが平静じゃないのがわかったから。でも。
「行ってきなよ」
「で、でも……彼が、来るなって」
「匠海君が、でしょ。アリサちゃんは? どうしたいの? らしくないね。アリサちゃんはいつだって、自分のことは自分で決められる人だと思う」
この時私は初めて、アリサちゃんと目をちゃんと合わせられたと思う。
流れる沈黙はさっきまでの空気との落差が酷すぎて凍え死ねそうだけど、でも今この時、絶対に引いてはいけない、譲ってはいけない、根拠なんてない。そんな直感。
「あーよくわかんないけど、とりあえず行ってみてさ、それから決めなよ。駄目なら帰れば良いんじゃね? あたしならそうするけど」
亀山さんはそう言ってアリサちゃんの肩をポンポンと叩く。
「あたしにとっての愛華じゃん。真神ちゃんにとっての羽賀君って。あたしだったらとりあえず行ってみちゃうかなって」
「うん。うちもそうするかな。行かなくて後悔するよりマシかなー」
アリサちゃんは迷うように、俯いて、顔を上げて。それから、目を閉じて。開いて。頷いた。
「……ありがとう。目が覚めた」
怖かった。
そうだ、彼の言う通りだ。
アリサは、父上に刃を向ける勇気が、できていなかった。だから、迷った。
でも、今、冷静になった。まずは、状況を知る。
魔術師にとって、離れたところの出来事を知る。会話を聞く。それらを可能にする手段何て、いくらでもある。
例えば魔術的に作り上げた使い魔を飛ばすとか。使い魔の見えている景色はアリサの頭に浮かぶ、聞いている音も全て聞こえる。
「そう」
「あ、あれ? アリサちゃん」
アリサちゃんの雰囲気が、変わった。何となくだけど、物凄く、怒っている。
「ごめんなさい。できた、行かなきゃいけないところが」
「よくわかんねーけど、行ってこい。真神ちゃん」
「頑張れ、真神さん!」
「ごめんなさい。サラ。誘ったのに」
「ううん。……いってらっしゃい。埋め合わせは、花火大会、私も一緒に、良い?」
「ん。わかった。タクミにも伝えておく」
そのためには、彼は無事に連れ帰らなければ。
店を走り出る。認識阻害魔術起動。そしてすぐに転移魔術。魔力の乱れが酷い。けれど、この程度。
魔神王は強者。強者に余計な感情は不要。怒りは技術を鈍らせ、憐れみは刃を鈍らせ、悲しみは知恵を鈍らせる。
でも、今、アリサは、怒っている。不思議だ。怒っているのに、これ以上ないくらい、頭が、冴えている。
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