第40話 概念魔術の鍵
「眠らせたの?」
「そう。限界ギリギリ、それを繰り返すことで魔術師は魔力の核心へ一歩ずつ近づいていく。けれどそれは師による徹底した管理の下で行うべき。だからあなたの説得は正しい、聞き入れなかったタクミの問題。だから強硬手段」
「そう……感謝するわ」
「ん。……タクミの魔力の扱いは間違いなく上達している。あとは……この先はアリサでも自分が掴めているかすらわからない領域」
「……? 魔神王程の魔術師でも?」
「アリサは魔力の扱いに長けていて、魔力量が多くて、だからできることが多いだけ。魔力の核心はきっともっと遠く、深い……アリサはまだ、世界の法則に手を伸ばしきれていない。概念魔術という梯子に登って指先だけが触れているに過ぎない」
「まさか。いや、でも、いや、まさか魔神王、魔法の領域に至らないと、向こうの世界に帰れないとでも言う気なの?」
「そう。魔術の領域に収まって満足しているようでは、確実な帰還は実現できないかもしれない。魔法の領域……世界の法則に挑む。世界と世界を思い通りに移動するとはそういうこと……あくまで可能性の話。そんな悲観したような顔をしなくても良い。それに……」
「それに?」
「可能性はゼロではないから。挑む」
「っ……」
意識が浮上していく。深く沈められたような、ふわふわとぬるま湯の中を漂っているような心地だったのに。ずっとそこでなんとなく浮いていたかったけど。
目を開けると、黒曜石のような瞳と真っ直ぐにあった。
視界一杯に広がるその顔は見慣れたもので、うわっ、これだけ近くで見ても、男の俺でも羨ましくなる肌だ、毛穴とかちゃんとあるのかこれ……。
「ってちかっ」
「うん。後遺症無し」
「後遺症って……あぁ、魔術で眠らされたのか」
「そう。気分はどう?」
「まぁ、とりあえずは悪くない」
「そう。……ここには、魔術の先達が二人もいる。存分に頼って欲しい」
「うん。ありがとう」
「あなたが何かを掴むこと、アリサは確かに期待している。けれど、命を賭けるべき場面を見誤ってはいけない」
「あ、あー。あぁ」
今の俺はきっと間抜けな顔をしている。アリサもこんな目をできるようになったんだって。こういう言い方もできるようになったんだって。
諭すように。膝をついて目線を合わせて手を引いて導くように。
在り方で示して着いて来させる。アリサの王としての風格で引っ張っていくような、そんな背中しか知らなかったから。
「じゃあ、えっと、創造の概念魔術の考察会、ってことで良いんだよね?」
「そう。アリサとしても研究したいから、一旦ここで。いくら考えたところで、使い手自身が何かを掴まないと意味は無い。けれどそのヒントは出せる可能性はあるから」
リビングのテーブルを三人で囲む。ティナさんは困ったように目元を抑えた。
「概念魔術なんてヒト族にとっては伝説というか、噂話というか、宮廷魔術師の中でも一番のベテラン、マリオン様は確かに存在するって言ってたけど。表立っては絶対に言えないって話だから、あたしが役に立てるとは思えないんだけど」
「存在することすら許されない?」
「そう。存在を認める認めないはともかく、誰も受け継げなくて断絶、失伝したということにしておかないと……魔人族が使えるなんて話が広まったら、戦場に絶望が広がる。少なくとも他の魔術とは隔絶とした強さを誇る魔術であるとマリオン様は言っていた」
七つ? 七つだと? 破壊、創造、時までは知っている。
「『破壊』と『時』はアリサが使ってたけど。『創造』は俺が使えて」
「『空間』と『死』。『生』までは確認されている。使える」
「六つじゃん」
「七つ目は、六つの概念魔術の先にあるとされている。六つの概念魔術が失われない限り、例え伝わっていなくても失われない。それらを扱える魔術師なら自ずとたどり着ける。それが七つ目の概念魔術。それ以外、何もわからない。父上は概念魔術にとても執着していた」
「世界の法則に手を伸ばす魔術、という意味では王家が警戒するのもわかるんだけどね。一個人が所有して良い範疇を超えてるように聞こえるもの」
そうなるとあの五年、俺が生き残れたのは幸運だったのかもしれない。誰かしら宮廷魔術師を差し向けられてもおかしくなかった状況と言える。いや、そのマリオンという魔術師が気づきつつも見逃してくれていた可能性もある。
「どちらにせよ、今はとにかく、創造の概念魔術についての理解を深めよう」
そのアリサの言葉と共に、テーブルの中央に魔術陣が出現、一枚の魔術陣が描かれた紙が出現した。いや、これは魔術陣なのか、物凄い量の線や記号が複雑に絡み合っていて、どれがどういう記号なのか、どの線がどれと繋がっているのか、もはや特定できない
「これは創造の概念魔術の魔術陣、のつもりのもの」
「つもりってのは?」
「タクミの魔力の流れと起きた現象から逆算して作っているだけ、魔術にはキーワードがあるけれど、創造の概念魔術を示すキーワードが導き出せなかった」
「うわ、ごちゃごちゃしてる魔術陣だね。よく成立させたねこの魔術陣。すごい力業で成り立ってる、簡単に破綻してしまうギリギリのバランスだ」
「そう。キーワードが特定できないから削るべき術式もわからない。整理できないままだらだらと長くなってしまった術式を変換したもの」
アリサが手を叩くと、魔術陣が変化して文字列へと変化していく。……これが古代語。意味不明な記号の羅列。意味不明、意味不明なはずだ、はずなのに、どうしてだ、なんとなく、なんとなくわかるぞ。いや、読める。理解できる。どういうことだ、なんとなくなんてものじゃないぞ。
「……ない」
どうしてだ。でも、流れてくる文字列からの情報からわかること、確信できることがある。
「この中に、創造の概念魔術を表す、なんだろう、核? になる言葉は、無い」
「えっ」
「これは、創造の概念魔術を表せていない」
「……やはり。概念魔術の核となる言葉は簡単には特定できないか」
嘆息。アリサは珍しく残念そうにため息を一つ吐いて。
「実を言うと他の概念魔術もそんな状態。父上はとある仮説に基づいてアリサに創造以外の五つの概念魔術を植え付けた」
「植え付けた?」
「概念魔術は魂と結びつくという説。父上が集めて来た概念魔術の使い手の血、それがアリサの材料の一つなのも、この仮説を裏付ける」
「なんだよ、その材料」
あの男、そんなものまで使ってアリサに何をやらせる気なんだ……。
「今はどうでも良い。アリサが魔術陣を自分の血から生成したインクで描いているのも、破壊の概念魔術の魔術陣はそうしないと成立させられないから」
「待て、じゃあこの魔術陣は……」
「こっそり抜いたタクミの血で描いてる」
「いつの間に!」
「創造の概念魔術の可能性が目の前にあれば手を伸ばしもする」
と言ったアリサはまた手を鳴らし、術式を魔術陣に戻す。
「概念魔術は、使い手当人と術式が強く結びついた魔術。これについてある程度の確信を持てたのは大きな進展。タクミには確実に極めてもらう」
「あぁ」
「そして、恐らくアリサも……ふむ」
「アリサ?」
何かを言いかけて言葉を飲み込んでアリサは黙り込む。
「概念魔術とは、よくわからない。最後の魔法使いは何のためにこんな魔術を残したのか」
「最後の魔法使いってのは?」
「最後の魔法使い、ディアンセ。魔法が失われていく時代、その生涯をかけて七つの魔術を作り上げ、さらに現代魔術の礎を築き上げたもっとも偉大な魔法使いとも呼ばれている」
アリサはどこか遠い目、それこそ、魔術の基礎が築かれた時代に思いを馳せるかのような目をして。
「魔法を残そうとした。形は変われど、いや、アリサたちでは魔法がどのようなものなのか、想像する以外にないけれど、それでも……」
アリサの指は魔術陣をなぞる。創造の概念魔術の。
「……仮にアリサとタクミで子を為せば、理論上は六つの概念魔術の因子を持った存在が生まれる」
「おい……あー……いやいやいや、今はその話をしている場合じゃないだろう」
「! そうだ。とにかく、創造の概念魔術についての見識を深めよう」
そう言ったアリサは頭を振ってマグカップに手を伸ばす。ってそれ。
「……にがぁい」
「それ、俺のコーヒー」
すぐに口直しにココアを飲んだアリサは魔術陣に手を置いて魔力を流す。術式が起動して、魔術による事象の書き換え。
「現状、わかっているのはこのように魔力による物質の生成」
出来上がるのはアリサの大剣。
「そしてその武器に、元来備わっている性質として術式を付与できる。概念魔術に関するアリサの仮説。使い手の血が術式に必要という説に対する反証材料として、この術式の付与はどういうわけか使い手の血を必要としない」
というかアリサ、もうここまで使いこなすとは……魔術陣が必要とはいえ。膨大な魔力量に物を言わせる形ではなく、魔陣と戦った時の半ば暴走させていた魔力を無理矢理制御するのではなく、今度は制御しきった上で操っている。
俺だって……。
「作り上げるもの自体は限定されていない。本人の技量による」
「そうなるとさ、ガンガン術式を使っていく方針になるんじゃない?」
そう言ったティナさんは、紙になにやら書いていく。
「けれど術式の解釈が限定されないように、その概念魔術で作るものはあたしと魔神王で決める。それもランダムに」
「それはおもしろい試み」
「あー……いや、確かに、訓練としては良いとは思うが……」
ここにきて及び腰か、俺は。この概念魔術を十全に使いこなせる可能性があるのは俺だけ。そうじゃなければアリサは自分で使いこなせるように研究するはず。
いや、研究自体はするだろう。けれど、成し遂げるべきは俺だ。不思議とそう直感した。
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