第41話 それはそれとして夏は暑い
そして始まった創造の概念魔術の訓練。時刻は早朝。魔術的に日の出の光は魔術的に原理は解明されてないけど意味があるらしい。
「じゃあ、これ作って」
結界魔術で作った箱に散りばめられた紙。魔術で起こした風で飛び出て来た紙を掴んだティナさんが差し出して来たのは。
「えっと……腹筋ローラー?」
「そう。構造が複雑なものは作れないとは聞いてるけど、これならいけるでしょ」
「まぁ……これ、何に使うか知ってるんですか?」
「うん。動画で見た」
「あぁ……」
そう言えば、こっちの世界のこと知りたいって言うから、パソコンの使い方を教えて貸したのは昨日の夜のことだったけど。
「使ってみたいから作って欲しいな」
「それはまぁ、良いですけど」
創造の概念魔術を起動する。イメージする。使ったことはないけど、どういうものなのかはわかっている。術式に魔力が流れ、魔術が起動し、事象が書き換えられる。思い描いた構造を、魔力が形作っていく。
確かに不思議だ。魔力というエネルギーが、物質を形作るのは。
手の中に生まれる重み、作ることは成功した、問題はこれが腹筋ローラーとして使えるかだ。
「どうぞ」
「うむ」
ティナさんはおもむろに腹筋ローラーに体重をかけうつ伏せに。腕立て伏せの体勢だ。
身体能力強化の魔術は解除しているようだ。律儀な人だ。
「そいっ」
くいっと少しだけ腰が持ち上がりそしてすぐにローラーがコロコロと音を立てて元の体勢に戻る。手を抜いているのかと思ったが歯を食いしばって真剣な様子だ。
「……意外と難しいね」
「ただ腕を引いて腰がちょっと上がっただけじゃないですか?」
「い、いや、難しいんだよ。やってみなよ」
「良いですよ」
俺がちゃんと作れていないだけの可能性だってある。
「んっ!」
構える。そしてローラーを引く動作と共に腰を上げる。そしてその体勢を少し維持、それあから元の体勢に。これ、意外とお腹にくるな。でも。
「うん。ちゃんと作れてますね」
「……身体能力強化使ってる感じしなかったけど」
「ティナさんが使って無かったので」
「むぅ……ところで、作ったものってどれくらい維持できるの?」
「……えーっと。試したことないです」
大体目的を達成したら消してる。なんとなく。
「んー、普通に考えたら込めた魔力量次第なんだろうけど、構成した魔力が段々散って霧散していくはずだから……ちょっと試してみようか」
「はい」
そのまま腹筋ローラーをティナさんに預ける。どれくらいで消えるか、か。確かにそれも確かめるべき重要なことだ。
維持することに意識を向けたことはない。だから俺が魔力を提供し続けているわけではない筈。かといって、ずっと残っているのは確かに不自然だ。
アリサが言っていた。世界の修正力は概念魔術には特に強く働く。だからこそ魔力の出力が重要なのかもしれない、修正力とやらを押しのけて事象を書き換えるために。
「さて、もう少ししたら沙良が来ると思うので」
「うん、隠れておくね」
ティナさんがリビングを出ていきトントントンと階段を上がって行く音がすぐに聞こえた。
「おはよう」
「あぁ、アリサ。今……」
「問題ない。わかっている。創造の概念魔術によって作り上げた物がどの程度存在を保てるかの実験。アリスも興味はある」
「……アリサも試してないのか?」
「アリサの場合、魔力を常に供給し続けなければすぐに霧散する。けれど、タクミは違う」
アリサの目が微かに鋭くなる。魔眼か。
「タクミの作り上げた物は、タクミとの魔力的繋がりはなく、独立した一つの物質として存在する。それは練度の差では説明しきれない、魔術としてはかなり異質な現象だから。創造の概念魔術が燃費が悪い理由。そしてタクミに適性があり、比較的燃費が良いと言える理由」
手の中に作り上げた直剣をアリサに放る。平然と掴んだアリサはまじまじとその剣を眺め。
「ん。魔術的にはやっぱり異質な現象」
「その心は?」
「魔術による事象改変と術者の間には、魔力を供給し魔術を発現させるための繋がりがある。それを魔人族は感知する技術を発明することで、戦場で魔術が行われたら術者の居場所がわかる魔術を発明した」
そうだ。ヒト族の軍隊が魔人族領に侵攻し始めた頃、潜伏していた魔術師が次々と魔人族の軍隊に襲撃される事態が多発した。
「伝令魔術もまた、魔力の繋がりを応用した魔術。感知魔術に引っかかりやすい」
アリサは俺が作った剣を収納魔術の魔術陣に放り込む。そして。
「ふむ……消えてない」
再び出現した剣。アリサはそれをしげしげと眺め。
「アリサもこれを預かる。同じ実験」
「あ、あぁ」
「アリサの眼なら魔力の変化も観測し記録できる」
そして自分の部屋に戻ったアリサを見送ると、玄関の扉が開いて。
「おはよ~、あれ匠海君がもう起きてる。珍しいね」
「おはよう」
沙良がパタパタとキッチンに入って、いつも通りの朝が始まった。
「あ、そういえばちゃんと水着の準備した?」
「……あ」
プールに行く。そういう予定だったのを忘れていたつもりはない。予定を決めた後に色々なことがあり過ぎて、遠い記憶になっていただけだ。
「プールか……」
着替え終えて夏空の下に繰り出した。目を細める。眩しい。真夏の太陽の光が跳ねる水飛沫に乱反射した。
正直、泳ぎは得意ではない。異世界にいた五年の間も、水に飛び込んで泳ぐような機会は無かった。
そう、基本的なクロールでプールを行ったり来たりすることができる程度で、水中での身のこなしとか素早い移動のノウハウがあるわけではない。いや、夏休みのプールで遊ぶのにそんなことを要求はされてないだろうけど……まぁ、かっこつけたいんだ。
アリサは泳げるのだろうか。魔術を使えばそれこそ水の上を歩いて見せそうだし、水中でも平然と息をするだろうけど。
そもそも詠唱前提が一般的な魔術師が水中での魔術の仕様手段を用意していないのは考えにくいな。そんな自分の疑問に自分なりの答えを出して目を閉じると。
「やっ」
と聞きなれた声。慌てて目を開け顔を上げる。
「待った?」
「あ……いや、別に……」
「そう」
「……髪、結ったんだ」
「サラがしてくれた。アリサの髪を弄ってたからまだ自分の準備してる」
「おう……」
アリサの長い黒髪がなんか華やかになっていた。南国の花を思わせる髪飾りで結われたツーサイドアップ、で良いのだろうか。普段何もせずに、余計な装飾など不要だと言わんばかりに流してるから大分印象が違って見えた。
顔が熱いのは、きっと夏のせいだ。さっさとプールに飛び込みたい。
こんなに水の中が恋しくなるほどプールが好きだっただろうか、俺って。
「お待たせ~」
「あ……」
咄嗟に上を見た。沙良が来た。沙良が来たけど、直視できなかった。
「えっと、匠海君?」
沙良とプールに来たこと自体、初めてではない筈なのに、なぜ俺は……五年、五年だ。五年の時間のせいだ。
「あー……可愛いと思う」
「えー、見てないのに?」
「見たよ、一瞬」
あぁ、見たよ。とても眩しかった。白いビキニが滑らかな肌の白さに映えてて。きれいだなんて月並みの言葉しか出ないくらいに。
俺だけが感じている五年の時間が、沙良の水着姿にくらくらさせていた。
腰に巻いているパレオの隙間から覗くほっそりとした足や、ビキニで露になった二つの峰がとにかく目に毒で。
「い、行こう」
感じている動揺なんて悟られているだろうけど、それでも平静を装うのは単なる意地で。誰も触れなければそれは無いのと同じだから。だから。
暑かった。とにかく、暑かったんだ。
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