第5話 転校生は魔神王様。
雷雲が空を覆う。黒い稲光が空を走る。
空気がヒリヒリする。この圧力。ズシリと膝を突きたくなるような。ただそこにいるだけで、存在感が質量を持って襲ってくる。
「真神アリサ。頭を垂れよ」
大剣を掲げて、アリサは教壇の上に立つ。その圧倒的存在感に、教室内の誰もが、教師さえも、ひれ伏すこと以外許さない。
「アリサが王だ。魔神王だ。アリサを讃えよ、アリサに従え」
禍々しい魔力を立ち昇らせ、大剣を一振り。教室の壁を、扉を、窓を吹き飛ばし、そう猛々しく宣言した。
なんて事にはならなかった。
三人で登校して、アリサを職員室に案内して。そして、転校生は転校生らしく担任と一緒に始業の時間に来た。
「真神アリサ……です」
淡々とそう言って、自分の席、俺の後ろに席が一つ追加され、そこに座ることになった。
微かなざわめきの内容を把握するべく意識を向ける。
「かわいくね?」
「ロリコンかよ」
「いやいや。普通にありだと思うけど……それよりも、あの子だろ」
「あぁ、あの噂」
……まぁ。主にざわつくのは男子だよな。俺も直前に命の取り合いなんてしていなかったら、アリサが兜を脱ぎ捨てた瞬間、同じ感想を抱いただろう。
だが、女子の方でも。
「あの子が?」
「可愛い上にあれとか、ズルくね」
「あれ」とか、「あの噂」とか、何なんだ。後で沙良に聞いてみるか。
教室中の視線を引き連れてアリサは窓際の一番後ろ、俺のすぐ後ろに座った。
一限目は担任の教科、そのまま授業が始まる。古文だ。
「じゃあ、宿題の答え合わせだ。……折角だから真神、訳してみるか。読んでみてくれ」
マジかこの担任。えっと前回の宿題? ……どこだっけ。しまった、俺もわからない。ノートを開いて慌てて特定を試みるが……くそっ、懐かしいなぁって感想くらいしか浮かばないぞ。あ、これか。くそっ、やってないよな、知らなかったからな、そんな宿題出てるなんて。
先生が黒板に原文を書き終える。
いや、この文ならすぐに訳せる。シャーペンを手に取る。速攻で書いて後ろに回せば。
「先生、流石に宿題は……」
沙良が手を上げ、フォローを入れようとした瞬間、アリサは立ち上がり。
「流れ過ぎていく河の流れは途絶えることがなく、それでいて、もとの水ではない……」
鈴を転がすような澄んだ声が、朝の教室に朗々と響く。
思わずホッと息を吐いた。知識を頭に入れたとは言っていたが、本当だったようだ。
「よし、ありがとう。流石だな」
担任は満足気に頷き、授業の続きを始める。
ここまではまぁ、転校してすぐなら、あり得るよなぁと勝手なイメージで思っていた。
続く英語の授業でも。
「では、真神さん、三行目から次の段落まで読んでみてください」
アリサは黙って立ち上がり、スラスラと淀みない見事な発音で読み上げた。
「よろしい。流石ですね」
初老の女性教師は、満足気に頷く。
数学でも。
「真神、この問題を解いてみろ」
と、続く。無難にアリサは解いて見せたが。
流石に、違和感を覚える。どの教師もアリサを指名する。なぜ。
次の政治経済でも同様に。用語とその説明を求められる。完璧に答えて見せたが。流石に、心臓に悪くなってきた。
「沙良、どうなってるんだ?」
昼休み、弁当片手に俺は沙良の目の前に座る。
「……いや、わかると思うけど、匠海君なら」
「わからないから聞いている」
「えー……匠海君が私に教えてくれたんじゃん、アリサちゃん、編入試験、満点だったんでしょ、教師にしてみれば、期末試験は近いけど、一旦腕試し、みたいなものなんじゃない?」
編入試験、満点、だと。
この高校は県内でもトップクラスの進学校だ。編入試験も相当の難易度の筈。
アリサは、それに満点で合格したことになっているのか。
「……それは、面倒だな」
「そうだね」
沙良の目はアリサに向く。自分の席で窓の向こうの空を、頬杖ついて眺めている。
教師たちの洗礼と言えるものは、他のクラスメイト達にとっても異様な光景。それを乗り切って見せたアリサ。そして、アリサ自身が人を寄せ付けない圧力を放っているため、どこか遠巻きに眺める図になっている。
「行くか」
「うん。賛成」
そこに沙良と二人で向かって行けば、当然注目を集める。
「アリサ、飯食うぞ」
「ん。食べる」
俺の机を後ろに回して、三人で使うには十分なサイズのテーブルを用意して、沙良は自分の席から持ってきた椅子に座る。
「んじゃ、食うか」
「ん」
そういえば、弁当箱、中身見てないんだよな、俺。
何だろう、少し緊張する。向こうの世界の料理とか出てこないよな。ドラゴンの尻尾焼きとか、魔獣のステーキとか。恐る恐る開けてみるとそこには。
唐揚げ、トマト、ごま塩ご飯。レタス、……タコさんウインナー、だと。
なんか、普通の弁当だぞ。
……そうか、母の趣味本の中に料理の本が結構あった筈だ。
「へぇー美味しそうだね」
沙良が覗き込んできてそう呟く。
料理をする魔術とかあるのか。これを作るのに必要な材料はあったとは思うが、あの短時間でということは、疑う余地もなく魔術だろう。
唐揚げから食べてみる……。えっ、なにこれ、出来立てと遜色ないんだけど。熱くて、サックサクだ。ジュワッと肉汁が溢れる……出来立ての状態で時間でも止めたのか。魔術スゲー。
だが表情に出せない。なんて説明する。この揚げたてほやほやの唐揚げを。なので次々口に放り込んで誤魔化した。
「あっ、匠海君もう全部食べたの。そんなに美味しかったんだ。味見したかったな」
「アリサに頼め」
そのアリサも既に食べ終わっているがな。
「むぅー、明日は味見させてもらうからね」
「構わない」
そう言ったアリサは立ち上がる。
「どこか行くの?」
「学校には、購買なるものがあると聞いた。デザート」
「あ、うん」
「あっ、じゃあ、案内するね」
昼休みの教室。多少行儀の悪い座り方をしている生徒もいる。それは例えば、机から脚を出して座っているとか。それをアリサがうっかり踏んでしまうことも、まぁよくある話だろ。
「ぐっ。何すんだ」
「? アリサはただ道を歩いていただけ。あなたがアリサの前に足を出した。それだけ」
「踏んだのは事実だろうが。まずはそれを謝れよ。うっ」
アリサに引く気配が無い。苛立ち混じりの睨みに及び腰になったのは男子の方だ。
後ろから見ていたら微妙なところだ。気づけば足を止めて避けられたとも思うが、丁度アリサが足を下ろすところに足を出したと言えなくもない。引っ掻けようとした意思は無さそうだ。足を外に出したそこに足が降って来た、と踏まれた側から見ればそんな感じだろう。
「そうね、踏んだのは謝る。でもあなたも、アリサが歩いてきてるのを確認しなかった」
「お、俺が悪いってのかよ」
「そうね。あなたが少し行儀よく座ればこうならなかった」
「ストップ。アリサちゃん、一旦収めて。安達君も落ち着いて。水掛け論にしかならない」
沙良が厳しさも混ぜた声で場を治めようとするが、
「それもそうか……そうだ、次の時間、体育だったな。サッカー、それで決めようぜ。四人で一チームだったか? お前ら、あと一人用意しろよ」
「なっ、安達君、サッカー部でしょ。そんなの……」
「構わない。むしろ良い。受けて立つ」
沙良の言葉を遮ってのアリサの宣言。予想外だったのか、安達も目を見開いた。
「挑戦は断らない。相手が挑んできた分野で勝負する。それが、魔神王のやり方」
「……魔神王?」
聞き耳を立てていた誰もが、怪訝そうに首を傾げる。
「あーあーあー。よーしよし。わかった。やろう。勝負。次の時間だな。あー、あと一人か―」
仕方ない、こうなったらやるしかない。状況が進んでしまった以上、進んだ先で上手く転がすしかない。
独断専行、現場判断でのアドリブによる状況打開、戦場で散々やって来たことだ。違うのは、命懸けか、そうでないか。
「ふん。負けた方が非を認めて謝罪の土下座とジュースな」
「望むところ」
アリサ、サッカーすら知らないだろうに、どこから湧くんだその自信。
「さて、どうしたものか」
思わずぼやきながら周囲を見るが、みんなそっと目を逸らす。関わりたくないと暗に言われている。
誰も止めはしない。誰だって面倒事に関わりたくないし、隙を感じさせない転校生に対して恐れがあるのは間違いない。
進学校で成績が飛びぬけて良い可能性があるのは、推薦受験の席を争う上で警戒対象だ。そんな奴が今、厄介ごとに巻き込まれている。しかも、現在の学年一位沙良、二位の俺、三位安達もおまけ付きだ。
それは周りの生徒としては望むところ。ほっといたら勝手に倒れてくれるかもしれないのだから。むしろ下手に関わって、内申を下げることになるのは避けたいし。だから静観がこの場合、最も正しい選択となる。
とりあえず、沙良の意思を改めて確かめよう。やっぱり嫌だというなら、今からでも交渉でどうにかする選択肢が生まれる。
「沙良、どうする?」
「んー。仕方ないや。やるよ」
やれやれと肩を竦めて、そう答えてくれる。
「必要無いとは思うが、一応確認する。アリサ、良いのか? 転校初日から」
「良い。立ちはだかる者、挑む者、等しく討ち滅ぼす」
「討ち滅ぼすな。まぁ、やるというなら、やるか」
交渉の方が面倒だし。どんな無理難題吹っ掛けられるか、わかったものじゃない。
あれ、そういえば、沙良は運動、駄目だったような。
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