第6話 サッカー対決。

 グランドの中央、俺とアリサと沙良。向かい側、安達と三人。

 この学校は体育をあまり重視していない。最後の授業に希望した競技でテストをするくらいだ。夏休みまでサッカーで、本来男女は別だが、先生も最低限、抜け出している奴がいないか、トラブルが無いか監視する程度。

 だから、俺達男女混合チームも許されるし。

 向こうが明らかに過剰戦力なメンツを用意しても、誰も何も言わない。


「うわ、本当に全員サッカー部で来たよ……」


 沙良がぼやく。ボーっと空を眺めていたアリサは、それを聞いてどこか満足気に頷いた。購買で買ったプリンが美味しかったようで機嫌も良い。


「まぁ、それなりに頑張ろうぜ」

「……本当、匠海君、何があったの?」

「何が」

「ビビって適当に謝って済ませると思ってたのに」

「急にひでーな」

「ずっと冷静だし」

「取り乱して事態が好転するなら、俺は今から奇声を発しながら服を脱ぎ捨て踊り狂う」

「普通にやめて」


 泣いても誰も助けはしない。

 落ち込んでも誰も手を差し伸べたりしない。

 絶望して跪いても救いは訪れない。

 祈っても奇跡は起きない。

 なら、俺のやることは、冷静に、視野を広くして。呼吸を整えて。考えるのをやめないこと。

 大げさかもしれないけど。


「おい、あと一人はどうした?」


 センターマークにボールを置きながら、安達はごもっともなことを言う。

 沙良を見るが、黙って首を横に振る。

 俺と違って友人が多い沙良だが、こんな争いに参加してくれと強くは頼み辛いだろう。俺にはそもそも頼めるような奴がいない。当然、アリサも同様だ。

 既に俺は三人で戦う覚悟は決めている。アリサは、どんな状況でも戦うだろう。それに付き合うつもりだ。

 だが、戦況としては厳しい。

 負けるのは別に良い。土下座は話しの持っていき方次第ではしなくて済むだろう。謝罪するのも別に構わない。ジュースなんて精々百円程度の損失だ。痛くはない。

 俺が恐れていることは、不利になり過ぎた時、アリサが勝つために何をするかわからないことだ。

 一度剣を交えた者として、そして、さっきの教室での出来事から見るに、アリサは、挑んできた相手を叩き潰すことに躊躇が無い。特に、強敵と認めた相手には。むしろそれを誇りにしている。

 だからアリサに、相手は大したことは無いとまずは思わせなければならない。それにはまず、点を取られてはならない。できることなら先制点をあっという間に決めてしまいたい。


「とりあえず、沙良。君はゴール前で何もしなくても良いから立ってろ」

「えっ……」

「俺とアリサで点を取りに行く」

「……そう」


 一点取ったらキーパー交代すれば良い。それが今取れる最善手。ルールは説明したが、アリサがどの程度できるかはわからない。けれど、アリサ自身の強さは信頼している。


「そっちが三人で良いってなら、始めるぞ。ボールはそっちからで良いぜ」


 安達が審判に目配せして、俺も頷く。


「おーい、僕、出て良いー?」


 ホイッスルが鳴ろうとしたその時、そんな予想外の声がグランドに響く。

 小柄な男子が駆け足で軽快にピッチに入ってくる。アリサよりは高い。沙良と同じくらいだ。

 男子だとわかったのは、教室で学ランを着ているのを見たことがあるからで、言われなければわからない気がする。


「良いでしょ? 良いよねっ!」


 彼はそう言ってニコニコとした笑みを安達と俺に向けて同意を求めた。名前が出てこない。昼休みは教室にいなかったと思うが。


「人数足りないなら、是非とも出たいなー」


 ちらりと沙良を見る。


「さ、佐竹君か……私たちとしてはありがたいけど」


 なんか気まずそうな視線が返ってくる。沙良が良いと言うなら。


「……良いか?」

「あ、あぁ」


 安達の頬が少し引きつっている。他の奴らの顔も強張っている。


「ちょ、丁度良いハンデだ、やるぞ! そっちからで良いぜ」


 ホイッスルの音が響いた。


「攻撃は任せてよ」


 と言うので、キーパーは俺が務める。四対四だからポジションなんてキーパー以外何かあるわけではないが、沙良がボールを佐竹にパスして試合開始。


「行くよ」

「同じ高校生だ! ビビるな!」


 そう言って向かっていくが。一人、また一人と、佐竹はボールに触れさせることなく躱していく。一筋の風が相手陣地を吹き抜けるが如く、そのまま一人駆けていく。ドリブルしながらでも、足の速さは相当、相手は満足にボールを奪いに行けない。

 足に、いや、手以外の全身に吸い付くようにボールが離れない。文字通り、意のままに操っている。

 どうやら、佐竹はサッカーで結構有名な人と判断すべきか。相手側の様子を見るに、部に入っているわけでは無いらしいが。

 気がつけばゴール前、キーパーの逆を突くシュートが、ゴールネットを揺らした。

 あっという間に一点。試合時間は十分。この一点は重い。理想の展開だ。


「流石、ユースだね。プロの方でも試合出てるって聞いてたけど、ここまではっきりわかる程のレベル差があるとは……」


 しみじみとゴールの横に立つ沙良が頷く。


「……沙良、前に出て、ボールを相手側に蹴り返すくらいはできる……か?」

「そ、それくらいはできるよ」


 首を横に振りながら言われてもなぁ。言葉と動作が一致してないぞ。


「まぁ、頼む」


 この一点を何としても死守する。これでアリサが暴れることは無くなる。

 だが、事はそう上手く運ばない。相手チームの攻撃から再開、あいつがいるのなら、それで……。となるほど、サッカーという競技は甘くなかった。

 佐竹にボールが渡らなければ良い。とても単純な話だ。


「一対一は避けろ!」 


 向こうのチームではそんな指示が飛ぶ。佐竹が近寄って来たら別の奴にボールを回して着実に攻め込んでくる。

 アリサも、ワンツーで抜かれる、沙良は敵のパスボールをカットしようとして盛大に空振りして転んで。そうこうしている間にゴール前。

 どうにかボールを手に当てて弾くが。零れた先、そこにいたのは安達。佐竹が走り込もうとうしているのが見えるが。それよりも早く、ボールが蹴り込まれる。しっかりと丁寧に、ゴールに放り込まれたボールはネットを揺らし、すぐに同点になる。

 だが、この展開なら。佐竹がすぐに一点を奪えば。

 しかし、ワンマンプレイとチームプレイの差は、時にレベル差を埋める。二体一で奪いに行かず、場所を守るような動きで、佐竹を動かさない。


「真神さんっ!」


 正確なコントロールで、アリサの足元に向かってボールが飛ぶ、だが、アリサが初心者であることが考慮された緩いボールは、サッカー部にしてみれば、カットしてくださいと言っているようなもので、すぐにカウンター。


「おらっ!」


 ……こっちだって、手段、場所が違えど、五年本気で戦ってきたんだ。これよりも速い攻撃なんて、いくらでも見てきたんだ。

 意識を切り替える。少し……いや、かなりズルいが、魔力を身体に巡らせて強化の魔術を発動させる。俺の目的は、アリサを暴走させないで平和に試合を終わらせること。

 向かってくるボール、はっきり見える……が、小さな影に遮られる。


「えっ……」


 アリサが、強烈なシュートを柔らかく受け止めて、自分の足元に転がした。


「……これを、あそこに叩き込めば良い。……なら、簡単」

「お、おい、アリサ、やめろ」


 魔力が膨れ上がるのを感じる。微かに空気が震え、重いものに変わる。


「アリサの前に、等しくひれ伏す。全ての者は。お前たちの挑む勇気を称えよう。魔神王として」


 身体能力を魔力で強化すれば、扱う魔力量次第では幼子でも大人を片手で捻り上げられる。俺だってもう少し魔力を込めれば、ボールの代わりにゴールを蹴り飛ばして相手のゴールに叩き込める。

 そしてアリサは、魔神王として君臨する程の強大な魔力を扱える。そんな奴が全力を込めてボールを蹴れば。


「強者どもよ、返礼。これは」


 魔術で強化された蹴りが、ボールに叩き込まれ、そして。

 破裂音が響く。叩き割られたサッカーボールは弾むことなく地面を滑る。

 支配したのは沈黙。それを破ったのは、当然の疑問。


「……この場合ってどうなるの?」


 沙良が聞くと、佐竹は。


「ボールが割れた場所からドロップボールで再開だね。あはは、空気詰め過ぎたのかな。そんな感じはしなかったけど。審判、ボールをここに落として」


 新しいボールを持って男子生徒が駆け寄って来る。

 アリサは、じっと割れたボールを見ていた。


「落ち着け、アリサ」

「……ん。次は、ボールも強化……あうっ」


 予想してなかった事なのか、デコピンされた額を軽く押さえて、驚いたように目を見開き見上げてくる。


「手の抜き方も覚えろ。相手のレベルに合わせろ。相手はお前や俺と違って、魔力なんて扱えない」


 と、言ってみるが『手を抜け』という言葉に一瞬、不満げな色を見せる。


「……あー、よしわかった。アリサ、俺の魔力の使い方、真似して見せろ。俺からの挑戦だ」


 そう言うと、アリサははっきりと頷いた。


「……わかった。受けて立つ。後悔させる。魔術で挑んだこと、アリサに」


 常に冷静で冷徹で、感情に流されることは無いと思っていたが……なんだろう。魔神王としての誇りを大切にしているのか、単に負けず嫌いなのか。……どっちもか。熱くなってるな。

 突然飛ばされた先の世界で、学校という組織に突然放り込まれて、アリサは手探りでどうにかしなきゃいけない事態にされた。

 なら、俺のやるべきことは異世界転移の先輩として、そして、現地人としてサポートすることだろう。


「沙良、キーパー代わっててくれるか?」

「どこにいても役に立てそうにないから、そうするよ」

「あぁ、頼む。佐竹、俺も攻撃に参加する」

「うん。楽しんで行こうっ!」

「……! ああ」


 そうだな。そっちも大切か。


「アリサ、楽しもう」

「? ん」


 きょとんと首を傾げたアリサにしっかりと笑みを見せて。

 そうだ。折角だ、楽しんで帰ってもらおう。向こうと違って、こっちは平和なんだから。

 ドロップボールで試合再開。


「真神さん、直接シュートは駄目だからね。まずは僕に回して」

「ん。わかった」


 佐竹からの軽いルール説明に頷き、ボールが地面に着いた瞬間、アリサはボールを蹴る。味方に向けたボールだからか、先程よりも魔力をかなり絞っているのがわかる。確かに、佐竹の足元に向かってボールが飛んでいくが、速すぎる。


「おっと」


 受け止めきれず、上に弾いてどうにかトラップしようとするが。マークしていた側としては十分に隙で、佐竹は小柄だ。競り合いでは不利。しかも相手は二人だ。佐竹を抑えれば、勝てるという判断だろう。ヘディングでのパスが安達に通った。

 ……魔力を絞る、か。

 なんとなく、わかった気がする。アリサは、魔力を絞るはわかっても、魔力をオフにする感覚がわからないのか。魔力を身体に巡らせるのは基本で、当たり前で。常のことで。

 だが、魔神王としての戦いの日々の中で、同年代の中でも十二分に身体は鍛えられてるはずだ。なら。

 そして、それは俺も同様。五年、ひたすら、魔獣やら魔物やら魔人族やらと戦うために、身体は鍛えて来た。だから、そこらの運動部より、魔力をオフにしても動ける筈。 

 そして、魔力での身体能力の強化は、俺の魔術における数少ない得意分野。

 俺がこの世界に帰るために費やした時間は、今も活きている。

 ドリブルで迫ってくる安達に正面から向かって行く。 

 そして俺の目は、一度見た攻撃は全て見切る。

 安達の目が左を見た。足はボールを右に動かそうとする。だが、身体は微かに左に向いている。フェイントをかけていても、正直な部分はある。一旦、わざと騙されるべく、右を防ぐ。

 その反応を見て、ボールを左に持って行く。身体に染みついたスムーズな動きだ。だが。

 方向転換のための足を開く一瞬、その隙、見逃さない。ボールを、足と足の間を通るように蹴り、安達の横を駆け抜ける。股抜きだ。そして。

 アリサ、よく見ていてくれ。見ていればわかってくれるだろ。魔神王様なら、魔力のオンオフくらい、見ればすぐに身に着けてくれる。

 魔力で強化した身体能力でグランドの真ん中まで走る。安達は追いつけない。佐竹をマークしていた二人のうちの一人が向かってくる。

 佐竹は既に、敵陣の半ばにいる。俺を見て、少し前を指差した。


「佐竹!」


 そこに向かって蹴る瞬間、魔力をオフにする。ちょっと速めのパスが飛んでいく。


「ナイスパスっ!」


 それを佐竹はダイレクトで、ゴールの右上隅に蹴り込む。……ダイレクトキックでどんなコントロールしてるんだよ。しかしこれはキーパーがギリギリパンチングで弾く。正直ナイスセーブだ。防ぐ方も相当だな……。だが、コーナーキックだ。

 試合時間は……審判を担当してくれた生徒が時計を見ている。もう少しか。


「……器用、あなた」

「できるだろ?」


 アリサはしっかりと頷いた。


「ん。今ので、わかった。アリサの勝ち……ありがとう」

「ん? おう……よしよし」

「ん?」

「……あっ」


 アリサが小首を傾げている。その頭の上には、自分の手があって。


「……すまん」


 手を下ろした。……すげー、触り心地、さらっさらだった。


「し、試合再開だ。行くぞ。頼んだぞ。アリサ」

「ん。任せて」


 これでアリサが暴走するとしても、誰かを怪我させる展開は避けられるはずだ。

 コーナーキックを担当するのは佐竹。俺に向かって飛んでくるボールをヘディングでアリサにパス。と同時に左サイドへ走る。さらに佐竹もペナルティエリアへ走り込んでくる。


「……んっ!」


 魔力をちゃんとオフにしている。ダイレクトでの蹴り。しなやかに伸びた足は、盛大に空を蹴った。……ボールが通り過ぎた後の空間を蹴った。

 誰もが呆然とアリサを見た。だからだろう。


「……えいっ」


 そんな気の抜けた声と共に、サッカー部チームのゴールに、ボールがころころと入っていった。そんな呆気ない追加点に、審判ですら気づくのが一瞬だけ遅れた。

 ホイッスルが鳴る。ゴールのホイッスルだ。さらにそれに続いて、試合終了のホイッスルも鳴り響く。


「どう? ちゃんとボールは蹴れたでしょ」


 決勝点を決めたのは沙良。ふふんと鼻を鳴らす。


「いや、本当。いつの間に上がってたんだな」

「よくあるじゃん。最後の攻撃にキーパーも参加するって」

「まぁ、そうだけど」


 得意げに上機嫌に沙良は胸を張る。いい加減、胸を張る癖を直せと言いたいが言えない。

 何となく向いた俺達の視線の先にいるのはアリサ。疑問は当然、最後の場面だ。


「良い勝負だった」


 当の本人は満足そうに、そう言って、ゴールの中のボールを拾い上げ、安達を見上げる。


「ありがとう」


 そう言われた安達は、毒気を抜かれたような顔をして、それから。


「う、うっせーよ。嫌味か……いや……悪かった。突っかかって。最後の場面、ナイススルーだった。完全に裏をかかれた」


 安達は頭を下げた。アリサは首を横に振る。


「良い。サッカー、楽しかった」

「あ、あぁ」


 魔神王様はサッカーがお気に召したらしい。俺としても土下座とかジュースとかどうでも良い。険悪にならないのなら何よりだ。

 さて、気になることは直接聞くべきだ。


「アリサ、最後のあれって……」

「ん」


 スッとアリサは指を鳴らすための手の形をする。


「慣れてないだけ。魔力がオフになった時の身体の感覚に」


 質問の内容、まだ、言っていないのだが。と言えるわけもなく。あぁ、やっぱり空振りだったんだ、あれ。と心の中で納得して。


「お、おう」


 と頷いたのだが、俺のその反応が納得のいくものではなかったようで、ジトっと、少しだけ恨めし気な目になった。……アリサもこんな顔するんだなぁ。やはり負けず嫌いか。

 とりあえず。これ以上追求すると、文字通り雷が落ちそうだ。

 その時だった。


「あっ、ごめんっ!」


 クリアしたボールがアリサの方に飛んできた。蹴り返そうと、アリサは足を振りかぶる。そして。

 スカッと音が鳴りそうな、とても見事な空振り。ボールは転がり俺の手に納まる。


「あれっ」


 そしてアリサはそのままバランスを崩した。


「大丈夫か?」


 どうにか受け止めて、転ぶということにはならなかったけど。


「うぅ……うー」


 すげー。耳まで真っ赤だ。真っ赤になって変な唸り声を上げている。そんな様子に、微笑ましいものを見る目があちこちから注がれた。


「その、あれだ。アリサならすぐに、強化の加減、見つけられるさ」

「……少し、当たってくる。風に」


 それからアリサは授業終わりまで、グランドの隅で空を見上げていた。

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