第34話 死にかけの邂逅

 ここは、どこ……あたしはどうなった。魔族の王城にいたはずなのに。周りに見えるのは図鑑でも見たことが無い植物たち。見たことのない塔と搭、その間を黒い頑丈そうな糸が繋いでいる景色。知識に無い光景。くっ。


「が、かはっ」


 激痛。クシャっと身体が潰されたと錯覚するような。

全身の血管が逆流しているような、口の中が酸っぱい。吐いても、吐いても、止まらない。酸っぱさが血の味に変わって、それから全身から吹き出る汗が、涙が、涎が、何かを追い出そうとしている。身体が重い、目が乾いた傍から涙が溢れてくる。

 出せるものを全部出そうとしても、身体の中で暴れるの何かはそのまま全身を捩じり、あべこべな方向に曲げ、そして突き破ろうとしてくる。

 吐く息の代わりに何かを吐こうとしても、もう何もでてこない。


「はぁ、はぁ」


 とんでもない量の、純度の高過ぎる魔力が押し込まれた。そのことに気づいたのは次の一秒のこと。だとするのならばあたしはこのままだと、体内の魔力の暴走で、死ぬ。


「っ、はぁ……」


 聞いたことがある。世界の外には無数の別の世界があって、世界の狭間には無限とも言える量の純度の高い魔力があると。その純度の高い魔力が世界に流れ込み、あたしたちでも使える魔力に変換されると。魔人族の魔術師が発表していた説だ。

 ということは、それが本当ならあたしは一度世界の狭間に出た。じゃあここはどこか別の世界。世界に穴をあけて放り出されるなんて、いや、今は幸運だったと思おう。無の世界を永遠と彷徨う可能性があったのだから。どこか都合よく、穴の空いていた世界に入れたということだ。おかげで死ぬか生きるかを選択できる状況になれたのだから。

 誰かが、あたしを見下ろしている。黒い髪、黒い目の少女? 


「……ヒト族最強、天才魔術師、ティナ・ミスティア。なぜこんなところに」


 あたしを、知っている人……? 違う、黒髪黒目。魔族。つまり……敵か。敵の罠にはまって世界の穴に放り出されて……いや、別の世界ならこの人は魔族、なのか? 

 ダメだ、頭が回らない。なぜこの少女はあたしのことを知っている。


「……世界の狭間に、何の備えもなしに……」


 手が伸びてくる。ダメだ、殺される。


「じっとして」


 彼女の手が触れた瞬間、意識が遠くなっていく。あぁ……本当に死ぬんだ、あたし。

 タクミ君と魔神王が行方不明になった。その手がかりすら見つけられないまま。





 ティナさんがこの世界に来た。

 俺が沙良を待ち、転移魔術でアリサが魔力の反応があった場所を見に行った。そして。


『そう。ティナ・ミスティア。間違いない? アリサが見た光景を共有する』


 頭の中に響くアリサの声。そしてすぐに頭の中に浮かぶ映像。これがアリサの視界だとすぐにわかった。

 映っている金髪のショートヘアの女性。年は今の俺と同じ。十七になると言っていた。俺と出会った頃は十二歳だったんだな、そういえば。

 若すぎる天才魔術師。若くして宮廷魔術師の一人に選ばれたことから嫉妬と羨望のまなざしを一心に受けて、嫌がらせも多かった。それら全て、一つ一つにしっかり復讐して黙らせるタイプの人だった。

 そう、ティナさんだ。どう見てもティナさんだ。


「……あぁ。間違いない」

『回収する。家に置いてから学校に戻る』

「頼む」

「ごめーん。遅くなって」


 足音に振り返ると、沙良が立っていた。


「あれ、アリサちゃんは?」

「忘れ物したってよ」

「え、大丈夫かな、鍵閉めちゃったけど」

「問題ない。回収できた」


 沙良の後ろから聞こえた淡々とした声は、平然と転移魔術で戻ってきたアリサの声。

 アリサからの視線に首肯する。早く帰りたい。ティナさんがこの世界にいる。その状況を自分の目で確かめたい。

 ありえない。なぜ、ヒト族の最強の魔術師だとしても、世界間移動なんて実現できるはずがない。わからない。

 それに、アリサから聞いた状態。ティナさんほどの人が、無の世界に吹き荒れる純度の高い魔力の対策をしていないわけがない。……不意打ちで放り出されでもしない限り。

 俺とアリサは恐らく、こっちの世界に送り込むのが狙いだから、術者、アリサの父親、魔神の手で保護されたのだろう。だが、ティナさんは恐らく、追い出された、死なせる気で。

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