同居人は魔神王様。最終決戦の途中ですが送り帰されました。
神無桂花
魔神王様と平和な世界
第1話 いきなり最終決戦!?
手を掲げた。中空に作り上げた剣が、刀が、槍が、矢が、戦鎚が、棍棒がずらりと並び、手を下ろした瞬間、魔神王に降り注ぐ。無造作に投げつけられる百を超える武器、その一本一本が歴史に名を連ねてもおかしくない逸品。ウェポンズ・ビルドと呼んでいる魔術で作り上げたもの。人一人を殺すのには十分な威力が込められている。
恐らく魔術が施されているマントを羽織っていても、鎧も着ず、頭だけフルフェイスの兜をつけてはいる。魔力による防御に余程自信があるようだが、ローブを着て戦場にいるような奴。
「消し飛べっ!」
「……これほどの多重詠唱を詠唱無しで……見事」
起伏の無い澄んだ声と共に魔神王が指を鳴らす。瞬間、黒い雷が魔神城、王の間に走り、全ての武器が貫かれ落とされる。
だが。そんな展開、見越している。一本たりとも届かないまでも、注意を引くくらいはできる。
既に俺は魔神王の目の前に。走りながら生成した、刀を振りかぶる。
俺は帰る。この戦いに勝って、何が何でも、元の世界に。
「はぁああああ!」
「……悪くない」
呟くような言葉と共に跳ねるように振り上げられるのは、魔神王が床に突き刺していた大剣。幅の広い刀身。長さも、魔神王自身の身長とほぼ同じ。しかし、鋭さにも余念はない。黒い刀身は怪しく煌めく。
「えっ」
鋭い衝撃が両腕を突き抜ける。
振り下ろした日本刀の刀身が真っ二つに、折れた。いや、斬られた。丸太でも切るかのように。
兜の向こうの感情は読めない。大柄ではない、むしろ、背は俺よりもかなり小さい。なら、どこからそんな力が、いや、腕力だけなら強化の魔術で、だが、それだけじゃない。余程の技量が無ければ、俺の武器を斬るなんて。
いや、落ち着け。武器は斬られる。その事実が重要。やりようはある。
同じ刀を生成、間合いを詰める。攻撃は受け流すようにすれば、それから……。
「くっ」
襲い来る必殺の一撃をどうにか躱す。くそっ、小枝でも振り回すように。こっちは避けることしかできないってのに。掠めるだけでも腕の一本でも持ってかれそうな、斬撃の嵐。ヤバい、逃げろ、死ぬぞ、本能が訴えかける。
だが、勝つ以外に俺の明日は無い。そして、俺の武器は一本だけじゃない。
「無駄」
敵の後ろに作り上げ、狙いを定めていた剣が斬り飛ばされる……魔力の気配を捕らえたのか。勢いそのままに振り下ろされた剣。
「くっ」
飛び退いた瞬間、目の前を通り過ぎる切っ先、気がついたら迫っていた床。剣を振り回したその風圧だけで吹っ飛ばされたと気づいたのは一瞬遅れてからで。
咄嗟に鎧の胸当てに手を置いた。……鎧に施した強化魔術が、完全に破壊された。
魔神王は構えなおし、俺が立ち上がるのを待っている。その足元、床が、豆腐でも切るかのように、簡単に……。くそっ……強い。
ここまで戦ってきた四人の幹部達よりも、ずっと。
城の外で兵たちは魔物の大群との応戦に追われ、幹部一人倒すごとに、体力を使い果たし、撤退を余儀なくされた仲間に、護衛を一人付けて見送ることを繰り返すこと三回。王の間にたどり着き、入り口に手をかけたのは俺一人。
……今回は調査に留めて。一回逃げて、仲間を連れて挑み直すべきか……馬鹿言うな。例え一人でも、辿り着いたんだ、勝つんだ。早く、帰るんだ。
ひりつくような気配は重い。膝を突いて頭を垂れたくなるような圧力がある。
だけど屈するな。こいつを倒さなければ、元の世界には帰れない。
「はあぁあああああ!」
もう一度斬りかかる。下段に構えた日本刀を振り上げ、振り下ろされる大剣に合わせる。と同時に魔神王の頭を直接狙う武器を放つ。
「……器用、あなた」
「カハッ」
内臓と空気をまとめて押し出される感覚。何かが砕ける鈍い音。その音を生み出したのは俺の刀じゃない。もっと近くから。俺の一振りは、避けられている。
グルグルと身体の中と景色がかき回され、そして、背中から全身に広がる身体を引きちぎるような衝撃。
……腹を蹴られて、吹っ飛ばされたのか。鎧が完全に砕けた。大剣に気を取られ過ぎたか。戻った視界には出現させた剣が叩き切られ床に落ちているのが見えた。
聞いてたより強い。何が、寿命の長い魔族とはいえ、よぼよぼの爺さんだから勝てるだよ。あの王様。
むしろ若々しい。足腰もしっかりしていて、姿勢も良い。イメージより小柄で、声もなんか女性みたいだけど。でも、一撃の重みは、仲間の剣士よりもある。魔術の威力、精度も、仲間の魔術師よりも遥かに上。魔族の年寄りとはそういうものと言うパターンがあり得るが。いや、だったらあんな言い方しないよな。
だが、これで十分だ。攻撃は見切れる。後はどう倒すか、だ。
「その目……挑む者の目……何をしてくる? 次は」
魔術戦では確実に勝てない、突破口を作るなら、接近戦。魔術を使う暇を与えずに、倒す。
手に持っている剣を捨てて短めの、細い刀身の剣。レイピアを作る。
「しっ」
一気に近づき、突き出した剣は空を切る。間髪入れずにもう一突き。攻めの選択肢を潰せ。
反撃は見えている。全て空振りに。俺の目は一度見た攻撃は全て見切る。集中力を高めれば、視界の外の攻撃の気配も捕えられる。
全身に施している強化の魔術にさらに魔力を。もっと速く。鋭く。
重く大きな剣は当然、小回りが利かない。盾のように構えた大剣とレイピアが衝突する。腕が一瞬痺れる。駄目だ、止まるな。気合いを入れろ。
「くっ」
苦し気な声が聞こえる。いける。まずは一撃通すんだ。
このまま、魔力を練る暇も……いや、だめだ。飛び退いたのと同時。黒い雷撃がさっきまで俺がいた空間を切り裂き、床を貫いた。
「……はぁ、はぁ」
何かが焦げた匂いが、鼻孔をくすぐった。死の気配が確かに喉笛を寸前まで捉えていた。太ももを叩く。震えるな、こんな時に。
「真似。あなたの。剣で戦いながら魔術。良い機会だから試した。よく避けたと思う」
「見えてた」
黒い雷の攻撃の気配を確かに捉えることができた。
しかしながら、真似、か。真似じゃなくてできるだけの技量はあったけど、やる機会が無かったとかそんな感じだろ、どうせ。
走りながらとかならまだしも、接近戦で戦いながら魔力を練り上げ、術式を正確に頭に浮かべて魔力を通す。余程慣れた魔術でもない限りできることではないと、仲間の魔術師から言われた。切り替えながらやるべきことだと。最悪、コントロールミスって自分の魔術に巻き込まれかねないとか。
だからこそ身に着けた。この戦いに勝って、帰るために。
「くっ」
自分の動きが明らかに鈍ってるのがわかる。いつどこから黒い雷が飛んでくるのか。頭にちらつく一瞬先の絶命。攻撃の気配を捕らえられても、避けられるかどうかは別だ。神経が焼き切れそうだ。
魔神王の動きに迷いはない。ただそれが最善の一手だと踏み込む。
強い。この強さ。……この強さがあれば、俺は、もっと……もっと早く、ここに。
麻痺していた恐怖の中に、別の感情が湧いたのを感じた。その感情は身体を巡り、温め、心臓を締め付けていた緊張の糸を、少しずつ解いていく。
「まだだっ」
攻撃を全て捌き切り一振り。魔神王は風を起こして自分の身体を飛ばすことで躱す。
「……良い眼してる。その覚悟に、応える。魔神王として」
そしてもぞもぞと、魔神王は「邪魔」と呟きながら兜を脱ぎ始める。
ふわっと魔人族の特徴である、黒い髪が零れ……長いな、腰まであるのか、閉じた眼が開き、黒い瞳が覗いた。
「……えっ?」
魔神王は、少女だった。
無感情な眼、ピクリとも動く気配がない表情筋はさながら、人形のような印象を感じさせる。その小柄な体格、少女の顔立ちに似合わない、大剣を大上段に構える。
「拘束解放」
瞬間、周囲の魔力が、魔神王に集まっていく。魔力が高まっていく。
「これは……」
次の一撃が、最後か。
周辺の魔力が一気に無くなる。違う、魔神王が全て吸い上げている。これだけでそこら辺の魔術師は何もできなくなる。それは俺もだ。俺の中に残っている魔力、これで決めなければ、後は無い。
「次、行くよ。アリサから……」
向かってくる。その速さは、音すらも置き去りするのではと思わせるもの。放たれる魔力の気配だけでじりじりと焼けるような熱を感じる。
迫りくる絶対の死。最高の一撃で応えなければ、明日は無い。
千の武器を作るための魔力を、全て一つの……使い慣れた武器……剣だな。剣として束ねる。
あの強さ、あの一撃に対抗するには、これしかない。この一撃に、全てを、賭ける。
「ここで勝って、俺は、元の世界に、帰る」
その時だった、王の間が光に包まれた。咄嗟に頭を庇うが、襲ったのは不思議な浮遊感。続いて、全身がかき回されるような……。この感覚は……そうだ、五年前、この世界に召喚された時の……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます