第37話 アリサを見て
一瞬の浮遊感。気がつけば俺たちはアリサの部屋に戻っていた。
「今日はここまで」
「そか。じゃああたしは寝るから。流石に疲れたよ。今日はなかなかにハードだった」
部屋を出るティナさんが扉の向こうに本当に疲れた様子で消えていくのを確認して。俺はアリサに向き直った。
「なぁ」
「何」
「創造の概念魔術で結界を一つの世界と仮定したって言ったよな。俺の魔術は、世界を創れるのか。そこまで行くともう魔法の領域じゃないのか」
「合ってる。その認識で。けれど概念魔術はそもそも、最後の魔法使いが残した、最も魔法に近い魔術だから」
「だから、なんだよ。魔術は魔術。魔法じゃないだろ」
「あなたは体験している、可能性を」
「体験って……あっ」
魔神と戦った時、あの時、俺は。創造の概念魔術を広げた。あの時感じた。何かができそうだと。
「あなたなら超えられる。アリサはこんな風に別の魔術に組み込むのが限界だった。真に適性のある者がやれば、きっと結果は変わる」
世界を一つ作れるとでも言うのかよ。いや、アリサは言っていた。魔術において大事なこと、それは。
「心が大事、だったな」
救ってくれた教え。改めて胸に刻む。
「できそうならやってみるよ」
「ん。そのくらいの気持ちで良い。あなたもそろそろ寝ると良い」
「そうする。おやすみ」
それはそうと、水着を買いに行かなければいけない。
「じゃあティナさん。えっと……」
「良いよ。家で大人しくしている。ゆっくり魔術研究したい気分でもあったし。それに、こんなのもらったし」
「? それは?」
「古代語の辞典だってさ。これで勉強しなければ隔絶結界の術式は理解できないって、だからまずはこれで勉強だ。多分これで勉強したら、こっちももっと良いものにできるかもだし」
「そう、ですか。そうですね。わかりました」
そういえば、ずっと研究したいってぼやいていた気がする。
手に持った古びた紙の束は、確かに見覚えがあった。
「とりあえずさっさと隔絶結界を習得しなきゃね。実験場としてかなり便利なのわかったし。それに実物を見て体験した。あとは再現するだけだから」
そう言ってティナさんは自分の部屋に引っ込む。その足取りは軽い。ちょっと不意打ちで休暇を貰えたようなものだと思いなおせたのなら良いのだが。
行軍中も思いついた試したい術式をメモしていた姿を思い出した。
魔人族の領地で魔術実験なんてすれば夜闇で花火を上げて居場所を知らせるようなもの。
元々ただ魔術好きというだけ、そしてその魔術好きの好奇心を叶えるだけの能力があって、その能力から研究に国からお墨付きで支援してもらえるだけの成果を出して、結果的にその魔術によって形作られた戦闘力を求められる時代になってしまった。
そう、彼女もまた、ただの魔術好きだ。
「っと、行かなきゃな」
そう言って向き直ると、アリサは小さく頷く。
「準備はできてる。行こう」
なぜ俺はついてきたのか。
なぜ俺は女の子が水着を選ぶ場についてきてしてしまったのか。
なぜ、俺は、女の子が、水着を選ぶ場に、ついて、きてしまったのか。
「はぁ」
小さくため息。こういう場、変に挙動不審になる方が怪しまれるとはいうが、どこか一点に視線を向けていても、視線を彷徨わせても怪しまれる気がする。
それに、今のアリサを連れてきて良かったのだろうか。約束を違えるのはアリサにとってプライドが許さないことだろうけど。でも……向こうの世界で魔人族がいなくなったと知らされて、平静でいられるわけがないだろうに。
更衣室からアリサも沙良出てこない。俺は別に適当に無難のデザインの水着と上に着る水の中でも着れるパーカー的なのを選んで会計は終わっている。こんなのあるんだな、便利だなぁなんて少し感動した。
スマホ弄っててもなんか言われそうだから目を閉じた。はぁ。なんか戦場にいる時より気を使ってる気がする。疲れた。
「タクミ。こっち」
「ん?」
「眼を閉じてないで見て」
「あ、うん。あぁ」
アリサの声だ。目を閉じているからだろう、声の中にやや呆れが混ざっているのがわかる。
「何してるの?」
「あぁ、いや、えっと」
「……?」
魔力の気配から目の前にアリサがいるのはわかる。けれど。
「はぁ」
グイっと腕を引かれた。カーテンが引かれる音。慌てて目を開けると、更衣室にアリサと二人で入っていた。
「周りの目が気になるのなら、ここでアリサを見て」
「いっ!」
この状況は……良くない。あまりにも。
「私に対して何か気まずそうに目を逸らす。どうして?」
「あ、いや……その……」
「言ってみて」
「えっと、その……アリサはそんな気分じゃないだろ。向こうの世界が、あんなことになってると聞かされて」
「後ろを向いていても仕方がない。未来を生きろと言ったのはあなた」
「それは……」
「アリサは、進む」
だけど、それは……その答えは、辛くない、痛くないとはイコールでは繋がらない。
「それで? とりあえず理由はわかったからアリサの水着、見て」
「え、あ、あぁ」
可愛らしいフリルの付いたビキニタイプの黒の水着。
正直似合ってると思う。思わず凝視してしまいそうになる自分がいて。
「あ、えーっと」
「直視できない?」
「可愛過ぎてさ」
「そう。なら良い」
トンと肩を押され、更衣室から追い出される。
「え、今、更衣室から出て来た? アリサちゃんが入ってた」
「あ、えーっと。沙良、これは……」
どんな言い訳をしたかは覚えていない。必死に言葉を並べ立てたと思う。最終的に沙良が。
「はいはいわかったわかった特にやましいことが無いのはわかったから」
と言ったこと。アリサが何食わぬ顔で出てきて「会計しよう」と言ったことで俺の言い訳タイムは終わった。
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