第18話 キャンプファイヤーは騒動の香り。
「……火を囲んで踊る……儀式?」
「当たらずとも遠からずだな。ここで思い人と手を繋いで踊るタイミングで気持ちを告げると、結ばれるという話はある」
「……なるほど」
うちの学校、天体観測といい、そういうジンクス多いな。
赤々と燃える火を囲んでマイムマイムする行事、なぜ高校生にもなってこんなものを、とは思うが、こんな催しですら『まぁ、やるか。貴重な時間だし』と思えてしまうあたり、五年の時間ってスゲーとは思う。
「……不完全な儀式、形も歪、これでは魔力も通らない」
「そりゃそうだ」
そんな目的ないからな。だけどどこか不満げなアリサ。魔術に対して一家言どころか百家言はありそうなアリサだ。
「じゃ、女子はそっちだから。行ってこい」
「ん」
アリサと分かれ俺は男子の列に、アリサは女子の列に。一学年が列を為せばそれなりの長さになる。
音楽が流れ始める。男女がすれ違うように円を描くように並んで、手を繋いでなんかクルクル回って、ワンフレーズ終わったら次の人。それをひたすら繰り返す。何かコソコソ話してる人もいるから、ジンクスを信じている人もいるのだろう。
「ん?」
なんかいま、違和感が。景色に、靄がかかったような感じがする。これは。なんだ。なんかふわふわした気分になってきた。
「えっ?」
「や、翔琉君」
「沙良?」
沙良とワンフレーズ分踊る。なんだろう、沙良の目、少しとろんと蕩けているように見える。
いや、それよりも。沙良……可愛いな。本当。
「楽しいね」
「あ、あぁ」
ワンフレーズはそんなに長くない、すぐに次の人。
「っ」
なんだ。これ。明らかに変だ。
あと三人でアリサ。その三人が、遠く感じる。何でだろう、みんな。どこか表情が緩んでいて。そして。
……魔術の気配。アリサから。まさか!
「やったー!」
「えっ」
後ろからそんな声が聞こえて振り返ると、一人の女子生徒が男子に抱き着いていた。それを皮切りにあちこちで。
「いやつほー」
「よっしゃー!」
なんて声が巻き起こる。
なんかあちこちで仲睦まじそうに抱き合ったり身体を寄せあったりしている男女が。
「えっと…………アリサ!」
「なに?」
「これは、一体」
アリサは腕を組んで何やら考えている。
「おっ、公開告白か?」
なんて声がどこからか。どんな状況だ、これ。先生は……先生も先生で女性教員と男性教員がお互いに夢中で。とりあえずアリサの手を引いて茂みの中へ。
「……やはり不完全、魔力操作で補いきれなかった」
「あ?」
「想定していた効果と違った。力不足」
「……やっぱりか。勘弁してくれ」
アリサの魔術か、これ。だが、今は怒る時間じゃない。
「どういう魔術だ?」
「気持ちを開放的にする魔術と、相手が少し魅力的に見える魔術の併用。魔人族のパーティーでも似たようなことはする」
「へ、へぇ」
「同質の魔力が人から人へ伝わることで、気持ちの同調性も高める。これにより魔力の通りが良くなる。さらに火を中心に円を描くことで魔術陣の円環の部分を表し……」
「魔術陣の専門的な部分はまたいずれ聞く。そもそも想定ではどうなるはずだったんだ?」
「もっと穏やかなもの。この世界の住人の魔力耐性が思ったよりも無かった。弱めたつもりだったけど」
「そりゃそうだ」
だから俺は平然としていられるのか。
儀式のようなものを本当に儀式にしようとしたのか……どうしたものかな。
「それで、これって要するにどういう状態なんだ?」
「魔術が効き過ぎている。本来想定していたよりもずっと」
「つまりは?」
「どうなるかわからない」
「おいこら」
「匠海くーんどこー?」
なんか俺を探している声もするし。沙良の声だ。無視するのは心苦しいが今はそんな暇ではない。えっと状況把握、あれは、佐竹か。なんか女子生徒に追いかけられてるな。安達も似たような感じ。
「抵抗できてる奴もいる、のか」
だがそれも時間の問題と考えた方が良いのか。
えっと……気持ちを開放的にして、相手が少し魅力的に見える魔術、だろ。
「いや待て、そもそもアリサ、これ、解けたりするか」
「時間が経てば勝手に解ける」
「それでは駄目だ。取り返しがつかない」
学年全員に黒歴史を作らせるわけにはいかない。
「……ん。方法はある」
「どうすれば良い」
「匠海くーん」
ん。なんか声が近づいてきてないか?
「真神さーん。俺。実は―! どこだ真神さーん!」
「真神さーん!」
「真神さまー!」
なんか、アリサを呼ぶ声が聞こえるし。というかどっちも近づいてきてる。
「アリサ」
「ん」
「なんかヤバい気配しないか?」
「……ん。敵は弱い、けど、逃げた方が良いと判断」
「攻撃は禁止だぞ」
「わかっている」
「いた。匠海君、あのさ……」
「真神さーん」
男子生徒の集団と沙良。気がつけば茂みの向こうからこちらを覗き込んでいて。
「っ!」
「あっ、おい」
指を鳴らす音。反射的に放たれたアリサの黒雷が、俺達とクラスメイト達の間を走る。
「くそっ」
アリサを小脇に抱えて走る。なんで沙良から逃げるために身体能力強化してるんだよ。
「アリサ、落ち着け」
「少し。鳥肌が」
「えっ?」
アリサが、怯えている……?
視線が切れたタイミングで上に飛ぶ。木の枝の上。一旦やり過ごそう。
「ロリっ子―」
「無表情ロリっ子―!」
野太い男の声が夜の山に響く。ドタドタと足音が下を通り過ぎた。
「……なんかわかった。アリサの鳥肌。とりあえず見つかったら逃げ回るから、どうにかする手段、あるんだろ。指示をくれ」
地獄は結構見てきたと思うが、これはまた随分とおかしな、そして悲惨な地獄だ。
「この喜劇を終わらせなければ」
「……あなた、楽しんでる?」
「そんなことはない」
長引けば長引く程取り返しのつかないことになるかもしれないとは考えている。
「この悲劇を終わらせるために、魔術陣の起点を破壊する。それがまず必要。それから解呪の術式を発動する」
「よし……あ、あと、この魔術かかってる間の記憶、消せたりするか?」
「……解呪の術式に組み込む。どちらにせよ、この人数一斉となると、儀式魔術の形式が必要になる」
「わかった」
アリサなら可能。それがわかっただけで十分だ。
「十分だと、思いたい」
まずは既に起動した魔術を破壊する。
「いたー!」
「えっ?」
足元から聞こえたのは沙良の声だ。
「匠海くーん、降りて来てよー、お話ししよー、大事な話!」
「……大事な話、ね」
あぁ、しなければいけない話、あるよ。沙良。だけど。今は。
「アリサ、いけるか?」
「ん。でも、良いの?」
「今は良い。こんな状態で話すものじゃないからな」
「そう。……そうね、愚問だった」
魔術はかけるより解く方が難しい。それはアリサにとっても同じこと。事象を改変することが魔術の目的、その逆を要求される。元の道を戻れば良いという単純な話ではない。術式破壊も変わってしまった事象までどうにかできるわけではないのだ。
だからアリサも、わざわざ面倒な手順を踏んでいる。
「……サラたちを、あのキャンプファイヤーの会場まで、戻さなきゃいけない」
「なるほど。わかった。どうにかしよう」
「それと、あなたの魔術も必要。あなたの魔術なら」
アリサがギュッと手を握ってくる。
「アリサ?」
「あなたも集中して」
「あ、あぁ」
男どもが木をよじ登ろうとしてくる。だけど。
「今から伝える術式を組み込んだ武器を、四本。ここで正確な魔術陣を書くのは難しい」
「わかった」
大丈夫、呼吸のように繰り返してきたことに、一つ工程が加わるだけ。すぐに済む。
被害ゼロでこの状況を抑えるために。
「できた」
「ん……思った通り、正確な魔術陣が組み込めてる。良い魔術」
「お、おう」
そこまで素直に褒められると。
「やはり、あなたの魔術は……後ろ!」
「あっ」
ガシッと何かに足を掴まれる。
「えっ……」
「匠海くーん?」
「さ、沙良」
夜闇に浮かぶ沙良の顔、見開いた目が真っ直ぐにこちらに向いている。
なぜ、運動苦手なのに。そうか、よじ登ろうとしている男たちを足場に登ったのか。なりふり構わずに、ってか。
「あのさ。わ、わー」
「沙良! くそっ」
足を滑らせた沙良。なんで俺の足から手を離した。重力に従って落ちていく。
追いかけて俺も飛び降りる。魔術を起動。そんなに高さは無い、全力で下に飛ぶ。空中で沙良に追いついて、そして。
「っ」
強化の魔術は身体も頑丈になる。沙良を横抱きに抱え。着地。
「大丈夫か?」
「えへへー。ありがとー。凄いねー」
沙良、まだ正気じゃないか。沙良を下ろしてもう一度木の上に。
「行くぞ」
「ん」
こんな、常識を超えた身体能力を見られた以上、忘れてもらわなければ。
アリサと共に夜の空へ。月が近い。
魔力の膨れる気配。俺が作った剣をアリサは地上に向けて投げる。地面に突き立てられる四本の剣。今ので、魔術陣の起点って奴を破壊したのだろう。
「魔術陣を構築する。タクミは、全員を集めて」
「わかった」
さて、どうなってい。そして、どうする……うーん?
「あっ、匠海君いたー!」
「あっ、綿貫さんだ」
「綿貫さん!」
「えっ」
……そりゃ、沙良も人気だよなぁ。
「真神さんはどこだー!」
「真神さーん!」
どこからか聞こえる声。
はぁ……気持ちが開放的になる、という部分が強く出てるんだろうなぁ。んでもって、意中の人の魅力がより強く感じられるようになったと。
「アリサを見つけたぞー!」
戦場で号令をしていた時に鍛えられた大声、聞こえないとは言わせない。
「うおぉおおお」
野太い声が地響きとなってキャンプファイヤーの会場に戻ってくる。
「羽賀」
「羽賀君」
俺の声に気づいたのか、安達と佐竹も戻って来た。
「よし、多分、全員いる」
『わかった。あなたは飛んで。魔術陣を起動する』
「よし」
俺が飛んだ瞬間、キャンプファイヤーの会場が魔力に満たされたのがわかった。そして。
アリサが指を一つ鳴らす。それだけで。全員が糸が切れた操り人形のようにぱたりと倒れた。
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