第45話 思いつき
「凄まじいわね、魔神王」
隔絶結界に侵入した時、最初に見たのは魔力の衝突による爆発だった。咄嗟に隔絶結界の中に隔絶結界を張らなければ、魔神王が張った隔絶結界は完全に解除されていただろう。それくらいギリギリだった。
それでもなお、四肢を失い意識を失ってもなお、結界が保たれていることには素直に称賛と共に感嘆のため息が漏れるが。
あたしの結界が簡単に割れ、タクミ君が作った盾が融解するほどの熱と爆発力。爆心地から離れていなければ魔力防御すら突破され、ドラゴンの……一匹……一頭……一体……この世界の言葉でドラゴンは何と数えるのだろう、まぁ良い、一竜勝ちだった。
「本当に持ち堪えてるや」
そんな相手に、タクミ君は一人で行くと言った。
「ティナさんは、アリサを助けて」
直感だったのだろう、魔神王が危ないと、タクミ君はそう言ってあたしを置いて一人でドラゴンに向かって行った。
「本当に、凄まじいわね」
ドラゴンの特徴の一つ。魔術師殺しとまで言われる所以。鱗に施された魔力障壁と魔術無効化の魔術。それが全て破壊されていた。
弓矢などの通常兵器は魔力障壁に、仮に魔力障壁を突破するほどの威力の魔術を打ち込んでもドラゴンに届く前に無効化される。そもそもドラゴンの鱗自体が硬い。
「破壊されている」
タクミ君が振り回す斧が、何にも阻まれることなくドラゴンの脳天に叩き込まれる。
あの爆発は、確実にドラゴンにも深手を負わせていた。
魔力障壁も、魔術無効化も、破壊されている、いや、でもおかしい。例え破壊されてもドラゴンの魔力で修復されるはず。それがなぜ……。
「焦げている……?」
そうか、鱗がドラゴンの魔力で焼かれたのか。それによって鱗に通っている魔力回路が焼き切れている。でも確実に再生はするだろう。ドラゴンの血、あらゆる薬の頂点が今の状態を許すはずがないのだから。けれど、今なら。
畳みかけるなら、今。
ドラゴンを殺すために編み出したこの結界魔術の使い方は通用するのか、いや、そうでなくても前と同じ。あたしは後ろからサポートする。
「タクミ君!」
「はい!」
加速する。中空に出現した魔力による壁を踏み台に、タクミ君は矢の如く射出される。恐れなどないと真っ直ぐに、大上段に振り上げた斧に自身の身体にある力の全てを込めて翼に向かって行く。同時に、魔術を起動する。指先に凝縮される魔力を結界としてドラゴンに向ける。
魔術においてイメージは重要だ。それはそのイメージ力が軽んじられやすい結界魔術においても例外ではない。
空に絵を描くように指を振るう。
このままでは翼に大きなダメージを負うこと、そのくらいドラゴンだってわかっている。それを黙って眺めているほど、生態系の王は寛大ではない。
斧の先、どす黒く燃え上がる破壊の意味を込めた魔力を黙って受けてやるような奴は、生物の頂点に君臨できない。
だからこそ。ドラゴンを閉じ込めるように形成される結界。さらに追加で串刺しにすべく伸びる結界。後ろに避けようとしたドラゴンを結界が阻み、胸の核に結界の槍が襲い掛かる。
だがドラゴンはそれを気にも留めない、その口に魔力が収束する。全身から魔力を放てなくとも、竜には鋭い牙に爪、そして火を吹くという武器が残っていることを誇示するかの如く。
「っ、ダメか」
ドラゴンの魔力の核であり心臓を狙った結界はここまで育ったドラゴンの鱗を貫くことはできない。魔力で空間を分断するという結界魔術の前提は、ドラゴンの身体から漏れ出る魔力で阻める。阻まれる。浅い傷をつけて終わり。あたしでは出力が足りない。魔力障壁、魔術無効化が無くとも、ドラゴンは生半可な攻撃では傷つけることすらできない。
もう、彼に賭けるしかない。あの時、魔人族の城への進行が決定された時と同じ。
「タクミ君! そのまま突っ込んで!」
返事はない。けれど止まっていない、全力で振り上げた斧に落下の勢いを乗せて、その目は真っ直ぐに翼の付け根を見ている。
困ったな、信頼が重い。あたしがドラゴンの熱線を防ぐことを微塵も疑っていない。
「一層、二層、三層。まだ足りない」
確実に防ぐために、重ねる。幾重にも結界を。
ドラゴンの象徴たる攻撃。立ち塞がる全てを焼き払ってきた。歴史上いくつもの都市を焼き、一度暴れれば周辺一帯の地図の書き直しを要求する、破滅を告げる一撃。
それに真正面から挑む。防ぐべく。恐らく大半の魔術師が馬鹿なことをと言うだろう。
本気でやり遂げるつもりなら、あたしと同じレベルの魔術師をあと十人は呼んで結界の強化のために魔力を流してもらって……それでもなお足りないだろう。
それでも、やる。魔力回路が熱を持って悲鳴を上げている。血が沸騰しているかの如く暴れまわっている気がする。白飛びし始める景色、意識が飛んでは戻りを繰り返す。
あたしの意識を保つのは、ドラゴンへの憎しみ、それだけだ。
「はぁ、はぁ。っ!」
もっと、もっと、硬く、強い結界を、もう一層、もう一層。幾重に重ねたヒト族最強の魔術師としての意地。
光が増す。結界越しでも目の前に太陽が地上に降りて来たかのような熱を感じる。襲い来る攻撃、その予感に身体が硬くなりそうなのを堪える。結界の維持に全力を注げ、結界さえ途切れさせなければ生き残れるのだから、怖くない。あたしの魔術の腕はこの短期間で上がっている。隔絶結界だって作れるようになったのだから。だから。
「……そうだ」
一瞬、ほんの一瞬、イメージが脳を過ぎる。高速で回る脳が普段のあたしなら無理だと笑い飛ばすひらめきを本気で提案してくる。
思い出せ、魔神王に隔絶結界でやれと言われたこと。結界で魔力を捕まえるということ。
景色が遅くなる。思考が加速する。指が迷いなく動く。成功しても魔力切れ、神級治癒魔術を使った後にこれに挑戦できるなんて自分で自分を褒めたいくらいだ。とにかく、これがあたしが打てるこの場での最後の一手。
「来い、最強生物」
そしてあたしの父の仇かもしれないドラゴンよ。お前とやり合って死ぬならそれは本望だ。
同居人は魔神王様。最終決戦の途中ですが送り帰されました。 神無桂花 @kanna1017
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