第9話 星空の下の横顔。

 「……はぁ」


 小さくため息を吐いた。匠海君とアリサちゃんが並んで星空を眺めている。

 少しだけ後悔した。二人を誘ったことに。

 アリサちゃんが来なかったら匠海君一人だけを誘って、そして、あわよくば私から、なんて。


「はぁ」

「綿貫先輩、打ち上げ、一緒にどうですか?」

「えっ? 良いの?」

「はい、是非。先輩も」


 また、二人のいる方、二人の背中、細身で、でも、締まった印象のある背中と、華奢で小柄な背中が並んでいる。私のことなんか忘れてしまったかのように、二人で夜空を楽しんでいる。

 ……今の匠海君は越してきたばかりで、不安が残るアリサちゃんに掛かり切りだから。そう心の中で言い訳する。

 でも、匠海君だって、ジンクス、知っている筈なのに。

 ため息を吐きかけて、飲み込んだ。

 あの二人の間に、私が入り込む隙間なんて見つからない。不思議な繋がりのようなものを感じる。どうしてだろう。ううん。私が知らないだけで、二人は以前から交流があったかもしれない。あっても、おかしくはない。

 そうやって自分を納得させて。


「じゃあ、混ざらせてもらおうかな」

「はいっ!」


 私は後輩たちの後に続いた。


 

 

 魔人族を倒せと言われ、魔神王を討ち滅ぼせと言われ、金と仲間を与えられ、俺は魔人族の本拠地に向けて進軍することになった。

 身体能力は互角でも、魔力に、そして魔術の技量に勝るが、そもそもの人口が少ない魔人族。魔人族から教えてもらったことで、魔人族程多彩な魔術は使えないが、人的資源の量に優れるヒト族。

 一般兵士でも身体能力の強化の魔術は最低限訓練の中で習得するおかげで、魔人族の兵士とも、直接戦闘でも多対一の状況に持ち込めば、どうにか渡り合える。それが魔人族とヒト族の戦争だ。

 ただ、髪と目の色が違うだけ。魔族に対する最初の俺の感想はそれくらいだ。日本人らしく黒髪の俺は、よく誤解されていた。ついでに黒目だったから、王家の徽章無しでは街も歩けなかった。

 一度の魔術で十人を屠られても、二十人で囲んでいく。人間の魔術師が十人屠って生まれた隙に大量の軍勢が雪崩込む。魔術、魔力の扱いに優れる魔人族がそれを押し戻す。そんな繰り返しで。戦線は膠着状態。だが、長引く戦争は、民衆の不満を募らせるばかり。ヒト族は数が多い故に無関係な人や不利益を被る人の量が多い。不満の声の量も大きくなるばかりなのだ。

 そうなれば、ヒト族は決着を急がざるを得ない。そこでわざわざ凄腕の魔術師を十人、前線から呼び戻し、二十人の宮廷魔術師も全員動員し、召喚の儀式を行う決定に至ったのだ。

 俺は戦争の理由は知らないし、知ろうともしなかった。でも、今になって後悔する。どうして戦っていたのか、知っておくだけでも、何か、違ったのではないかと。

 だが、俺はそれをアリサに聞こうと思えなかった。綺麗な言い訳をすれば、アリサに今は、戦争のことを忘れていてもらおうと考えた。 

 汚い本音を言えば、勇気が無かった。戦争の理由も知らずに、魔人族。アリサの同胞を大量に殺したと、知られたくなかった。


「……ゼロの世界。虚無が支配する空間……世界の意思の集合体……ん、それは、魔人族でも観測まではされていた」


 生徒会から解散の宣言をされ、あと一時間以内に校舎から出るようにと。沙良はそのまま、生徒会の打ち上げに引っ張られていった。屋上には俺達二人だけ。大体の人はこの、解散後の時間にそれぞれどこか二人きりになれる場所で告白する。

 今日ここで、カップルは何組誕生するのだろうか。いや、考えるに、この誘いに乗っている時点でほぼOKだろう。

 ある意味、これは指標だ。こんな、夜の学校に来るという誘いに乗ってくれるくらいまで、関係を深められたかどうか。って奴。七夕の天体観測での告白のジンクスは有名だ。つまり、異性に誘われた時点で、告白されるかどうかは、意識するだろう。告白されるのが嫌なら、最初から来ない。


「聞いてる? 聞いたの、あなた」

「あぁ。聞いてるよ」


 俺は気になった。何で俺が、二種類とはいえ、強力な魔術を使えるに至ったのか。俺の目に、魔眼なんてものが入っているのか。

 そこで思い出したのは、俺を召喚した魔術師たちの話だ。正直、よくわからなかったが。


「そこを通り抜けることができた存在は、何かしら、強力な力を付与される。だったかな」

「ん。それを実験した魔人族はいた。過去の魔神王にも世界の狭間に興味を持つ者はいて、侵入を試みた代もあった。けれど、帰って来ないから。誰も。だからわからない」

「なるほど。そうか、証言する奴がいないなら当然か」

「ん。だから驚いてる。ヒト族はあなたを呼び出した。片手をかけたと言える。魔法の領域に。成功させたと言える。一つの世界から出て、別の世界に降り立つ魔術を」


 とりあえず、とにかく難しいということはわかった。だが。


「……俺、実は魔法と魔術の違いがわかってない」

「……魔術は事象の改変。燃やすとか、凍らせるとか。壊すとか。創り出すとか。魔法は、世界の因果、理そのものに改変を加えるもの。何故かこの世界に昔からいたことになってるアリサみたいに。それはある種の奇跡。と魔人族は定義している」

「なるほどなぁ。確かに、その定義に当てはめると、世界と世界を転移するのは、魔術とも魔法とも取れるかもな」

「そう……あなたは唯一の証人、検証例。ゼロの世界を潜り抜け、只人が、アリサと渡り合うほどの力を手に入れた」

「アリサだって、今ここにいる。ゼロの世界って奴、通ったんだろ。なら……」

「今のところ、変化を感じられていない。アリサは。ここに来た日から、毎日、確かめている。あなたは?」

「俺もいつも通りだよ」

「そう」

「……っ! この気配……魔獣」


 アリサの声と同時に、ぶわっと、濃い魔力の気配。この世界で感じてはいけない筈の気配。ドロッとした、身体が重くなるような気配だ。


「魔獣なのか……この魔力で」


 俺の知ってる魔獣より、ずっと強い気配だ。目の前で対峙し、倒したことがあるからこそ、言えることだ。

 街外れの山の方から、咆哮が響いた。自分より格下の生き物全てに、逃げるか命を捨てるか、そんな選択肢を迫る警告の咆哮。大地まで震わせるような声が、街中に響き渡る。


「どの程度戦える? この世界の住人」


 ……戦闘機とか戦車とか持ち出せば倒せる可能性はあるだろう。だが、それを使用する判断が下るまで何人が無謀な戦いを強いられて死ぬ? 何人が不運にも巻き込まれて死ぬ? 何人が住む家を、職場を失う?

 そんなもの、待っていられるか。沙良が巻き込まれる可能性だってある。


「俺が行く……街はやらせない」


 強化の魔術をフルに使って、全速力で五分くらいか。くそっ。


「待って……思い浮かべて、目的地のこと」


 走り出そうとしたら、アリサが腕を掴んでいた。凄い力だ。動けない。


「何を……」

「早くっ」


 アリサにしては強い声。それは、人を従わせる声。思わず、頷かされる。


「わ、わかった」


 思い浮かべる。魔力の気配を辿るに、小学生の頃、校外学習で登ったことのある山の筈だ。記憶の箱をひっくり返してなるべく詳細に思い出す。ここら辺のイメージ構築は、ウェポンズ・ビルドで散々やったことだ。


「よし、良いぞ」

「ん」


 アリサがパチンと指を鳴らした次の瞬間。一瞬身体が上に持って行かれるような感覚。


「うおっと」


 気がつけば、山の中にいた。気配が近い。これって。


「て、転移魔術」


 全速力で走って五分程度かかるところを、一瞬で。……凄いな……アリサがいなかったら、被害が出始めていたかもしれない。

 当たり前のように高等魔術に分類される魔術を行使したアリサは、平然と気配の濃い方を見ている。その風格。余裕。それを裏付ける確かな強さ。思わずグッと手を握りしめる。味方ならばこれ程までに頼もしいのかと。そう、本当に味方なら。この先にいるであろう魔獣側につく可能性を、俺はまだ考えている。

 少し歩いた先、木々が開けた場所に、魔獣がいた。太い前足、バネのありそうな後ろ脚。真っ黒な体毛、筋骨隆々。前足を一振りすれば、軽自動車くらいは余裕で叩き潰せそうだ。巨大な鋭い角が二本生え、さらに長い牙が二本生えている。

 やっぱり。俺が倒した魔獣は、間違いなくこれよりも弱い。気配が強すぎる。

 自然発生する魔物を、魔人族が兵数の差を埋めるべく、魔術で人為的に改造、強化した生物兵器。ただ暴れるだけで魔術師が魔術を扱うのと同等の被害を出した。剣や槍を突き立てようにもその硬さに折られ、魔術で倒そうにも生半可な威力は通じない。だからどうした。


「なんでこんなところにまで、来るんだよ……殺す」


 問答無用先手必勝。右手を掲げ、いくつか武器を思い浮かべて、それを一気に作り上げる。

 必殺の刃が五十程度、夜空に並ぶ。そして。

 右手を下ろす。作り上げた武器は、魔獣にむかって降り注ぐ。無造作に投げつけられた殺意の雨。血の染みと物言わぬ肉塊しか残すことを許さない鉄の嵐。その先。


「……硬いな」


 深く突き刺さった武器は無い。軽く浅く切り裂けた程度か。弾かれた武器もある。


「……ん。そういうこと」


 アリサが何かに気づいたようだが、今はどうでも良い。これが効かないのなら。

 魔獣が咆哮を上げ、その巨体を十全に活かし、飛び掛かってくる。意思を持って迫ってくる山のようだ。振り下ろされる右前足を掻い潜る。巻き起こる暴風に視界を覆われながら、左手の中に作り上げた槍。狙う先を見据える。

 大柄な割に動きは速い。だが。大振りの攻撃だ、それに魔獣とは何度も戦っている。見切れる。当たるわけが無い。

 全身を強化する。踏み切る足、左腕の力、身体のバネ。さらに、槍も強化して。


「だぁああああ!」


 まずは右目。確かに肉を貫いた手応え。トマトを潰したような音が聞こえた。なるべく深く。押し込む。簡単に抜けないように。そして。


「おら、もう一本!」


 追撃は左目に。暴れる足場は頭。右目に刺した槍に捕まって凌ぐ。右手の中に作った槍。

 一旦距離を取る。唐突に視界を奪われた魔獣は、咆哮を上げて、見境なく腕を振り回す。

 木々をなぎ倒し、地面を抉り、突き刺さった槍をどうにかしようとしている。


「いきなり目潰し。物騒な戦い方」

「はっ、物騒じゃない戦い方って何だよ」


 こちとら、生き残るのに必死だったんだ。手段なんか選んでられるか。


「感情的になったのかと思ったけど、意外と冷静」

「怒っていないわけじゃないさ。ただ。感情に飲まれるわけにはいかないだろ」


 怒りで判断が鈍るようなら、切り捨てるべきだ。そんな感情。


「合理的。それに、戦い方も、武器を刺しっぱなしなのは、治癒魔術対策に、グッド」


 刺された武器を抜かなければ治癒魔術でも、刺さりっぱなしの武器が邪魔して傷口が塞がらない。だが、俺が突き刺した槍には返しが突いている。簡単には抜けない。

 後は距離を取って止めを刺すも良し。振るわれる腕を掻い潜って斬りつけるもよし。 

 ふと、試したいことを思いついた。できるだろうか……否。イメージだ。できると、信じることだ。

 向こうで俺は、色々試した結果、武器を作ることしかできないと思っていた。でも今は、魔術には心が大事だと理解している。だから、試す。


「それは?」

「銃……でも駄目みたいだ」


 ハンドガン。六発装填のリボルバータイプ。あの世界には無い物だから無理だと思っていた。

 銃には弾が必要だな。作り上げて込めてみるがやはり不発だ。


「構成しているパーツがイメージするには複雑で、ちゃんと作れてないな。使い物にならない」


 ちゃんと構造を勉強して、練度と精度を上げれば可能かもしれない。けれどまぁ、銃作って弾丸をちまちま撃つくらいなら。


「いつも通り大量に武器を作って投げつけた方が良い」


 右手を掲げて、もう一回、今度はもっと集中してちゃんと作ろうと魔力を練り上げた瞬間。ふと、あることを思い付いた。

 魔力を魔力炉に取り込み、魔力回路を通してそれを利用するのが魔術。個人が一度に取り込める量、一度に放てる量には大小ある。足りなければ、自分由来の魔力を使うことになるが、魂を削る行為で危険だと言われた。

 そして、俺は結構、その魔力を取り込む量も放てる量も高いらしい。

 複雑なこと、難しいことを実現しようとすれば、それだけ必要な魔力が増える。だが、逆に言えば、それが足りれば、後は気持ちの問題だ。アリサの言葉に従うのなら。


「アリサ、ちょっとあの大剣、見せもらっても良い?」

「ん」


 魔術陣から黒光りする巨大な剣が出てくる。収納魔術だろうか、便利そうだなぁ。


「これってさ、なんか特殊な機能とか、ある?」

「斬る対象が硬ければ硬いほど、簡単に斬れるようになる。あなたはアリサに剣での攻撃を許さなかった。正しい」

「マジか……」


 実質防御無効ってか。それじゃ……。


「できる、はず。いや、できる」


 大丈夫。戦場に出たてのあの時とは違う。魔術を行使しながらでも、攻撃の気配は逃さない。ちゃんと対応できる。だから。試す。

 頭の中にイメージを組み立てる。イメージを術式に結び付けて、魔力を流し込んで。


「手伝う。興味、ある。これ、この魔剣に込められた術式。正確な方が良い」


 アリサに聞いた情報をイメージとして武器に転換するつもりだったが。

 そうか、構成した武器に、術式を埋め込んだ方が確実か。なんて納得をしていたら、アリサが背伸びしてこちらの頭に手を伸ばしてくる。


「ん? おう」


 少し頭を下げると、トンとアリサの手が、頭の上に乗った。瞬間、頭の中に流れ込んでくる情報。なんて複雑な術式。俺が覚えている様々な術式のどれよりも長く、見たことも無い文字もある。当然、古代語がわからない俺に理解なんてできない。だけど。

 これを作成途中の剣に込める。いけるか……? いや、いける。いけると信じろ。


「理論上は可能。古代語はこの世のあらゆる存在の本質を表す言語。物はそれを自然に理解できる。だから、使える。魔力を通すだけで」

「な、なるほど?」

「魔力との親和性が特に高い魔晶石に簡単な術式を付与して、野営の時火を起こすのに使っていると聞く。ヒト族は」


 あぁ、そういえば、使ったな。魔力を込めるだけで繰り返し使えて便利だった。

 右手を前に。ごっそりと魔力を持って行かれる感覚。そして、手の中に、ズシリとした重み、身体能力強化してても、結構重いな、やっぱり。

 簡素な装飾、黒光りする幅の広い刀身。アリサの背丈ほどある長さ。しかし、鋭さもしっかりとある。うん。見た目は再現できてる。


「……なるほど。これは、正直、驚いた。そういうこと」


 アリサが何か、納得したように頷いた。

 剣に込められた術式に魔力を……うわ、物凄い勢いで持ってかれる。


「物に魔力を通す分、普通に魔術を使うより増える。さらに適正にない魔術を使うから、また余計に必要。あなたの場合」

「燃費に難あり、ね」


 だが、これなら、目の前のデカブツを、斬れる。そんな確信。重い剣だ。でも、しっかりと身体能力を強化すれば。それこそアリサのように木の枝を振り回すが如く簡単に。


「よし」


 飛び上がり、上から、一気に振り下ろした。それだけ。

 魔獣は見事に真っ二つ。抵抗すら感じることなく、豆腐でも斬るかのように両断した。


「すげー威力」

「ん。すごい」


 アリサは少し大きく頷く。


「本来、物には簡単な術式しか付与出来ない。物として魔術で構成するための事象改変の過程で組み込むことで、複雑な術式も、物の機能、性質とすることができる。良い実験だった。八割。魔剣の再現度としては」

「十割は、無理か」

「無理。竜王の牙を、魔人族の名工が鍛え上げ、その竜の鱗で研いで、その過程で、アリサの手で一つの術式を、機能が落ちるけど、分解して付与した」

「事象改変の段階ごとに分けた感じか。解析、無効、分解。って感じか」

「そう。それぞれの工程に移るその僅かな隙間、そこで魔力のロスが発生する……八割再現できてるのが、驚き。自信、失くす。正直」


 顔を伏せて、いつもより若干沈んだ声でそう言われる。


「あー、えっと……と、とりあえず。用は済んだし、戻ろうぜ」


 そんな反応が予想外で、当たり障りのないことを、たどたどしく言うことしかできない。


「ん」


 でも、アリサが近い存在……魔神王と言う強力で得体の知れない存在から、様々な魔術を手足の如く扱う身近な同居人と、少しずつ近づいてきてるような気がして。

 帰る前に魔獣の死体の検分をして処理しておくことを思い出した。見つかったら大騒ぎだ。   

 アリサが調べても、世界の狭間を通ったことによる影響は見られなかった。

 実験として、火を起こす術式を込めた刀を作り上げる。使えないだけで、術式だけ覚えてる魔術がいくつかあった。魔術への興味が、無かったわけではないのだ。

 結果として、アリサの魔剣を再現するよりも、簡単にできた。感覚は摑めてる。

 少し魔力を流すと、刀身が赤く燃え上がる。


「全力で振って、結界張ったから、山は燃えない」

「おう」


 視線で穴が空くんじゃないかと思わせるくらいにじーっと見られながら振ってみる。


「……まじか」


 襲い来る熱波に思わず後退る。視界が一瞬で灼熱と共に赤に染まった。こうして目に見える威力として自分の扱える魔力量が見えるとなんというか、凄いな。燃えるというより熱で消し飛ばしているという感じだ。アリサがいなかったら、派手な山火事になっていただろう。


「ん。十分……覚えるべき、加減。使って行くなら」


 アリサがパンと手を鳴らすと、炎は消え、灰の山がそこに出来上がった。すぐに風が吹いて、灰が飛ばされていく。

 続いて指を鳴らすと、昇降口の中に移動した。どうしてここかと一瞬思ったが、すぐに、階段の方から賑やかな声。沙良と生徒会の一年生の姿が見えた。

 何と無しに視線を移した昇降口の出口。正門の方に、安達と女子生徒が、並んで歩いているのが見えた。向こうは上手くいったらしい。

 一年生たちに軽く挨拶して、沙良がこちらに歩いてくる。


「二人とも。待っててくれたんだ、ありがと」


 それから三人で家路に着く。もう、夜の九時を回る頃。街灯に照らされて歩く。世界が三人だけのものになった錯覚は、住宅街に入って、微かな賑わいと共に消えた。


「どうだった? アリサちゃん」

「ん。悪くなかった。見れた、見つけた。見たいもの」


 そう言ってアリサは頷く。どうして天体観測に参加したのだろうか。何となく湧いた、なんてことの無い、場合によってはどうでも良い疑問。

 でも、アリサはずっと、空を見ていた。ずっと、暇な時は、ずっと。 

 ふとした時、空を眺めていた。何かを探すように眺めているそんな横顔が、気になったんだ。

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