第3話 次々登場する姉たち
歩人が視界を九〇度左に旋回させた先にいたのは部屋の反対側のベッドで寝ていた南条家の五女、桜であった。
泣き黒子が特徴的な愁いを含んだ桜の顔は歩人同様、赤く染まっており、モジモジと体を動かしながら、チラチラとこちらを覗ってくる。
第三者の介入により歩人の脳内の均衡はなんとか保たれる。
桜の言葉があと三秒遅かったら遅かったら一五歳青少年による近親者強姦事件が発生、そしてモザイクと変声処理の施された知人達が『いつかはやると思ってました』これを回避するために歩人は一生涯姉の肉奴隷になった事だろう。
というのはひとまず置いてといて……
ようするに南条家は部屋数の関係上、姉弟(してい)達の誰かが相部屋になる必要性があり、年齢の順で五女の桜と弟の歩人が同じ部屋で寝起きしていて、その桜が歩人と蓮華のやりとりで目を覚ましたのが現状である。
南城歩人にとっては日常的な事だが今の姿を他の姉に、それも五人姉妹中もっとも清楚な桜にはあまり見られたくなかった。
「いっ、いや、それが蓮姉がまたベッド間違ったみたいで……」
「何言ってんだよ歩人ー」
蓮華が慌てて桜に説明する歩人に飛び掛かった。
歩人はその勢いを受け止めきれず姉弟仲良くベッドから落下。
ドサッ、と音がし終えると、蓮華は手も足も使っていないにも関わらず歩人の口と鼻は塞がれ、足をバタつかせながら両手で必至に蓮華にタップをして開放を要求。
その様子に桜の脳内でもダイナマイトが爆発、両手で顔を覆って視界を遮断しようとしているようだが……
「あうぅ……」
指の隙間からしっかり見ていた。
「みんな朝ですよー、あゆ君も早く起き……て……」
勢いよくドアを開けて入室してきたのはメガネをかけ、すでに高校の制服に着替えた歩人の三つ年上、三女の麻香麻である。
登場早々部屋の状態にやや驚いているようだ。
口を止めて現状を理解しようとしているらしい。
窒息間際の歩人は麻香麻の出現に塞がれずに済んだ目を希望に輝かせ、両手を伸ばし、モガモガと声にならない音で助けを求める……が……
「失礼します!」
と言って何を思ったのか内ポケットから小さなメモ帳とペンを取り出し、あろうことか歩人と蓮華の今の体勢のデッサンを始めた。
鼻息を荒くしてフムフムと《姉に襲われる弟の図》作成に鋭意を燃やす姉に歩人は半泣きで神を呪った。
やむ終えず歩人は両手で蓮華の肩を掴み、無理矢理どかせようとして、当然姉に抵抗される。
しかし数秒の格闘ののちになんとか呼吸を取り戻した歩人が「ぶはッ!」と蓮華の胸元で息をついた。
「もう、動いちゃダメじゃないですかぁ」
うなだれる麻香麻に呆れながら歩人が蓮華と共に上体を起こす。
今度は蓮華が抵抗しなかったから楽だ。
そこへ開いたドアからピョコンと顔を出した別の姉がまた部屋に入ってきて第一声は、
「あーちゃん楽しそう、ボクもまぜてー」
だった。
小学生と見間違う姿形の二歳上の姉は可愛い八重歯を見せて笑うと「にゃー」と言ってネコのように飛び掛り、歩人のバックを取るとすぐさま超高速の頬擦りタイムを始めた。
「ああもう離れろニャンコ!」
歩人が必至にもがきながら振りほどこうとすると南条家の四女、あずきはこともあろうに歩人の頬に噛み付いた。
「あででででっ、ちょっ、ストップストップ!」
「ハムハム……あーちゃんのほっぺやわらかーい」
「蓮姉もあず姉も離れろっての」
その様子を恥ずかしそうに見守る五女桜。
その様子を興奮してスケッチする三女麻香麻(あさがお)。
歩人に抱き付き頬にかじりつく四女あずき。
そして歩人に抱き付き胸部を押し当てる長女蓮華、が不意にうつむき一言。
「吐く……」
世界の時間が止まってから三秒後、ネコとメガネはかつてない俊敏さで退室、桜はベランダを伝って隣の部屋へと逃亡、哀れ姉たちに見捨てられた歩人に残されたのは青ざめた顔で自分をガッシリ抱きしめた蓮華(れんげ)だけだった。
「ちょっ、誰かっ! 誰か洗面器を! 救いの手を! 蓮姉限界突破しちゃうから! イオナズ●がベギラゴ●で俺マホカ●タ使えな……」
「歩人……」
廊下へ必至にSOSを送る歩人が首を正面に戻すと口が蓮華の口(●●●●)で塞がれた。
「●●●●●~~~~ッッ!!??」
甘さの無い甘酸っぱさに歩人は昇天した。
被害報告
死傷者一名 南城(なんじょう)歩人(あゆと)
被害少量
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