第43話 家族会議



「それで、あの子とはどういう関係なんだ?」


 街灯の明かりが頼りの夜道を帰りながら、歩人はあずきにそう尋ねた。

 だが、返ってきたのは酷く弱い声だった。


「ただのお友達だよ……ただし、もうそんなに長くはいられないけどね」

「どういうことだ?」

「頭にちょっとした腫瘍があって、このままじゃ半年持たないって、あの子のパパが言ってた」


 少しの間をおいてから、歩人は冷静に聞く。


「ウチの病院の医療は最高なんだろ? 助からないのか?」

「手術すれば助かるけど、あの子が恐がって……」

「そっか……」

「だからね、あーちゃんにも、あの子と今日みたいに、時々でいいから遊び相手になってあげて欲しいんだ……あの子のパパとママ、忙しくてなかなか会いに来てあげられないから」

「あず姉……」


 その時の二人の脳裏には、まったく同じ時の記憶が蘇っていた。


 数年前、歩人がまだ小学一年生の時の事だった。


 まだ明美と同じ八歳だったあずきは、その頃に一度ある病気を患(わずら)っており、同じく手術が恐いと駄々をこねていた。


 だが、入院中のあずきの元へ、歩人は連日学校から脱走して通った。


 学校が終わる時間までは誰かがくる度にベッドの下に隠れ、ほぼ一日中あずきと一緒にいたし、夜は病院に泊まってあずきと一緒に寝た。


 歩人は、姉が病気で泣いている時に学校で勉強をしているのが嫌だった。


 あずきは、歩人が常にいてくれたおかげで、一人の寂しさを感じる事が無かった。



 あの時の記憶は、二人とも未だに忘れる事は無い。

「わかったよ……ただし、時々じゃなくて行けるだけな」


 その答えにあずきは「ありがとう」と言って歩人の袖をキュッと握ってすり寄った。


「えへへ、あーちゃんやさしい」

 幼い笑顔の姉の頭を撫で、歩人も笑った。



「というわけで! 第一回どうしたら明美ちゃんが手術を受けてくれるか会議スタート!」


 数日後の夜、あずきの部屋、そこで歩人と五人の姉はホワイトボードの前のテーブルを囲っていた。


 当然、ホワイトボードとテーブルの間に立つのはあずきである。


「じゃあみんな一人ずつ意見を言ってね」


 蓮華が「ブン殴って気絶してる間に手術する」


「却下!」


 眞由美が「手作りお菓子をあげる」


「もうやったでしょ!」


 麻香麻が「手術を受けないばかりに死んだ子の漫画を読ませる」


「余計恐がるでしょ!」


 桜が「ごめん何も思いつかない」


「ああもう次!」

「俺か?」


 解答提示を求められた歩人はしばし悩んでから、


「じゃあよう、ありがちだけど、あず姉新体操部なんだから演技見せて楽しませるとかは?」


 その意見に皆もしばし考える。


「どうせなら曲もみんなで演奏すればいいんじゃねえの? 確か蓮姉ドラムできたよな?」

「言っとくけどプロ級だぜ」


 それに続けて麻香麻と眞由美も、


「ああ、わたしギタフリ(音楽ゲームギタ○フリクスの略)の延長でギター弾けますよ」

「私も鍵盤(けんばん)使った楽器は一通り」


 そして桜が、


「リコーダーなら……」


 全員がフリーズ、の後にあずきが、


「さ、桜ちゃんは司会者としてがんばろ」


 と言った。


「あうぅ……あっ、でも歩人君も楽器なんて使えないよね?」

「いや、蓮姉がバンドメンバー足りないからってベースやってたぞ」

「そっ、そういえばそうだっけ……」


 桜がさらに肩を落とし、追い討ちをかけるようにあずきが歩人に問い掛ける。


「あーちゃん、空中バック転できる?」

「できるぞ」


 桜が床に伏す。


「前転側転バック転から空中三回転着地後五回連続バック転できる?」

「できるぞ」


 桜が皆に背を向ける。


「ぶっちゃけ体操選手の技できる」

「よほどの大技でなければ一通り」

「じゃあボクと一緒に演技もありだね」


 桜が部屋の隅で体育座りを始める。


「じゃあ、あたしら五人で明日からの土日で合わせ練習すっか」

「そうですね、あっ、桜ちゃんが読む原稿はわたしが書いておきますね」

「曲目何にしたらいいかしら」

「曲決まったらボクに教えて、すぐに演技内容考えるから」

「姉さん達、さく姉が泣き始めたからもう喋らないでくれ」

『あっ』


 歩人に言われて蓮華、眞由美、麻香麻、あずきの四人は部屋の隅で自分達に背中を向けて体育座りをした状態で桜がすすり泣いている事に気付いた。


「どうせあたしは何も……何も……」


 そのままの姿勢で、桜は歩人に運ばれるのだった。

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