第42話 弟の方が大きいの?


 次の日の朝、歩人は目を覚ますとすぐにその異常に気付いた。


 胸の上にのしかかる重量感と冷感、いつもの柔らかさが無い事から蓮華では無い事がわかる。


 この柔らか味ゼロの一方的な冷たさと重みはもしや金縛りかと目線だけで胸元を確認した。


「…………」

「にゃー……」


 小動物、ではなく南城家四女のあずきがヨダレの水たまりを作りながら幸せそうな顔で寝ていた。


「起きんかボケぇ!」


 ガバッと上体を起こし、歩人はあずきごと布団を跳ね上げる。


「うにゃ?」


 ベッドの上にコロリと落ちたあずきは目をこすってから大きなアクビをして歩人を見た。


「あっ、あーちゃんおはよ」

「おはよじゃねえだろ! 俺のパジャマヨダレだらけじゃねえか!」

「興奮した?」

「んな趣味ねえよ! てか、なんであず姉がいるんだよ? 蓮姉はどうした?」

「にぎゃああああ!!」

「ひええええええ!!」


 前にも聞いた事のある悲鳴に歩人はデジャヴする。

 隣の部屋から聞こえてくる声は蓮華と麻香麻のものだ。


「あず姉……まさか……」

「うん、眞由お姉ちゃんのマネして麻お姉ちゃんに犠牲になってもらっちゃった、ハイ拍手ー」


 にこやかに笑いながら手をパチパチと叩くあずきに、歩人は棒読みの声で、


「わーすごい」


 と言って手を叩いた。


「そうだ、ねえねえ、実はあーちゃんに頼みがあるんだー、聞いてくれる?」

「なんだ、予算五千円以内で俺にできる範囲かつ誰の迷惑にもならなくて法律にも母さんルールにも引っかからない事ならなんでもいいぞ」


(あーちゃん以外と細かいな……)


「うん、実は放課後、ボクと一緒に病院に来て欲しいんだ」

「?」




 放課後、父が院長を務める病院で、歩人はあずきに案内されとある病室の前に立っていた。


 入院患者の名を示す電光プレートには岡崎明美(おかざきあけみ)と表示されている。


「ここに用か?」

「うん、明美ちゃーん遊びにきたよー」


 言いながら元気良く戸を開けると中にはあずきよりもさらに小さな女の子がベッドの上で少女漫画を読んでいた。


「あずきおねーちゃん」


 あずきと違い、実年齢に見合った幼い笑顔で少女はベッドを降りるとあずきに駆け寄り抱きついた。


「明美ちゃん元気にしてたー?」

「うん、明美は元気だったよー」


 パッと見れば同年代の幼女同士がじゃれ合っているように見えるが、その片方は紛れもなく一七歳である。


 歩人がその光景に違和感を感じていると明美が歩人の存在に気付いて興味ありげに目を向けた。


「ねーおねーちゃん、あの人だぁれ?」

「あっ、この子は前に話したお姉ちゃんの弟のあーちゃんだよ」

「どうも、南城歩人だよ明美ちゃん」

「こんにちはおにーちゃん、岡崎明美、八才です……って、あれ?」


 明美はあずきと歩人を交互に見比べるとしばらく考え込んでから至極当然な疑問を口にした。


「弟のほうが大っきいの?」

「「うぐっ」」


 同時に顔が硬くなり、あずきが必死に口角を上げる。


「あのね明美ちゃん、大人になると男の子のほうが大きくなるんだよ、明美ちゃんのママよりもパパのほうが大きいでしょ?」

「まあ、それでもここまで身長差ができるのは珍しいけどな……」


 比喩では無く、本当に大人と子供ほども体格差のある姉弟に首を傾げながら、頭から疑問符の取れない明美。


 あずきは慌てて鞄から携帯ゲームを二つ取り出すと一つを歩人に手渡した。


「まあまあ、そんな事はいいから、今日はあーちゃんも入れて三人でモンハン(モンスターハンタ○の略)やろ」

「わーい」

「??」


 それから、歩人は流されるままにあずきと明美の三人でゲームをやり、その間はずっと学校や最近の出来事などについておしゃべりに興じていた。


 やがて日も落ちて、月が太陽に替わる頃に歩人とあずきは帰り支度を始めた。


「じゃあ明美ちゃん、また来るね」

「うん、二人ともまた来てね」

「ああ、また来るよ」


 そう言い残して病室のドアを閉めて、二人は病院を出た。


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