第44話 事故
この辺は流石というべきで、周囲からすればウザイくらいに仲の良い南城家六人姉弟(してい)の合わせ練習はたったの数回で完全に息が合っていた。
弟の歩人が中心ではあるが、他の兄弟姉妹達とは比べ物にもならないほどに寝食を共にし、特別な理由が無いかぎりは、おはようからおやすみまでできる限り姉弟の誰かと一緒にいた歩人達である。
特に、姉達同士は当然繋がっているが、その全員と深い結びつきを持つ歩人を経由して姉達同士はさらに強い結びつきを持つ。
歩人が一人いるだけで姉妹達の連携を促す潤滑油は激しく増大するのだ。
そして二日後の日曜日には、病院の休憩所に明美を呼んで演技を始めた。
勿論他の患者さんも数多くいる。
「それでは、これより南城あずきちゃんと、弟の歩人君による演舞を始めます」
桜の司会の下、ドラムの蓮華と伴奏の眞由美、ギターの麻香麻が楽器に手を添える。
最後に、あえて高校の制服姿でフラフープを持ったあずきとベースを持った歩人が登場する。
最前列の席には当然、期待に胸を膨らませた明美が座っている。
「じゃ、始めるよ」
蓮華の声を合図に曲が始まれば、後はなんとも見事なものだった。
六人姉弟の息が完全に合っているのもだが、実の所言うと、あずきは新体操部のエースである。
フラフープを使い、途中であらかじめ床に置いておいた別の道具に持ち替え、最高レベルの演技を見せる。
歩人もベース引きながら見事なステップを踏み、ベースの必要ない時にはベースを回転させたり一度床に置いてバック転や側転の連続技で客を沸かせ、またすぐに拾い上げて演奏をした。
その演技を観る明美の眼は輝き、全身から感動がにじみ出ていた。
だが、恐ろしい金属音が周囲を飲み込んだのは、演技の盛り上がり所が終わる直前だった。
全員が演技をやめて窓を見た。
客だった患者達も一人残らず窓に集まり外の様子に注目する。
その中で、歩人も窓の外の光景に目を奪われた。
それは、大惨事といって差し支えない情景だった。
病院の前の大きな道路で、大量のパイプを積んだトラックと鉄骨を積んだトラックが激突し転倒、それによって他の車を巻き込み玉突き事故が発生していた。
勢いよくバラ撒かれた鉄パイプと鉄骨、そして他の車達は周囲の人々に襲い掛かり、辺りは地獄絵図と化していた。
紅い血と悲痛な叫びが支配する中、蓮華と歩人は動いた。
歩人はパイプを、蓮華は鉄骨を片っ端から持ち上げて人々を救った。
普段は穏やかな眞由美と麻香麻も意外に芯が強く、冷静に、そして確実に歩人と蓮華の働きで助かった人々を背負い、病院のスタッフが運んできた担架に乗せていき、車の中の人達は病院のスタッフが救出する。
怪我人の血で彼女達の服や体は汚れていくがそんな事を気にするような人間に育てるほど、なずなは無能ではない。
「蓮華ちゃん眞由美ちゃん麻香麻ちゃん、人手足りないからすぐ治療室に来て!」
いつのまにか白衣を着たなずなが病院の入り口に立っていた。
「歩人、残り任せていいか?」
「安心しろ、後は俺だけでも助けられるよ」
「じゃあ頼んだよ」
眞由美と麻香麻の背を追って蓮華もその場を離れると、残りの救出作業は小さなあずきの微力を借りつつ順調に行われた。
数分後、歩人達の迅速な働きで全ての人々は資材から救われ、病院内に搬送された。
「やれやれ、とりあえず、これで全部だな」
と、歩人が息を吐き出して周囲を見渡すと、後ろからあずきが飛びついてきた。
「あず姉?」
「えへへ、人助けするあーちゃんカッコいいよー」
歩人の腰元に顔をうずめてくるあずきに歩人は笑いながら、
「まったく、子供かよ」
と言って、一瞬だけ瞳孔が開いた。
「? どうしたのあーちゃん?」
あずきから離れ、歩人は鉄骨を積んでいたトラックに近づいた。
当然だが、その荷台の側には一際大きな鉄骨の山がある。
鉄骨と鉄骨の隙間を覗き込み、歩人は愕然とした。
「どうしたのあーちゃん?」
駆け寄ってきたあずきも、同じ隙間を見て言葉を失った。
中には小さな子供いた。
幾重にも折り重なった鉄骨の山の中、小さな命は今にも費(つい)えそうになっている。
ハッキリと見分できないが、目で見て直感で悟ったのだ。
命はまだあり、だが数分以内に治療しないと死ぬと。
「あーちゃん、早くこの鉄骨どけて!」
「ダメだ、こんな複雑に重なってるやつどけたら重量の変化で山が崩れる可能性がある」
「そんな……」
「どうするよ一体……この事故で道路は交通渋滞、レスキュー隊来るの待ってたらこの子死ぬし、そうでなくてもこんな不安定な山、いつ崩れるか解らねえぞ!」
歩人はアゴに手を当ててヘリコプターで来て貰って上から鉄骨を吊り上げるべきかと自問、だがそのような手間のかかる作業が終わるまでに子供が生きている保証が無いと自答した。
その時。
「ボクが入って助ける」
「!?」
あずきの言葉に歩人は絶句して視線を向けた。
「なんかうまいこと組み合ってるみたいだし、ボクの体なら多分中に入れるから、合図したら引っ張って」
「んなこと言って、もし途中で崩れたらあず姉も死ぬぞ!」
だが歩人の必死の訴えも虚しく、あずきは二カッと笑うと鉄骨に手をかけた。
「何言ってるの? ボクは将来女医さんになるんだよ、それも、ママや蓮お姉ちゃんに負けないくらい美人のね……医者の仕事は、人を助けることでしょ?」
「でも……」
と、歩人が言葉を詰まらせると、病院内から返り血だらけの麻香麻が走ってくる。
「あゆくーん、そっちの状況はって……どうかしまし…………」
麻香麻も鉄骨の山の中を覗き「うわっ!」と声を上げて驚いた。
「わかった、でも引っ張るのは麻姉の仕事だ、俺は鉄骨が崩れないよう支える、それでいいか?」
「うん」
と、あずきは強い意思の込もった目で頷いた。
「えっと、どういう状況ですか……?」
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