第36話 最大級のドジ
「スゲ―遠回りしたな……」
姉サンドイッチから開放され、夕飯を終えてから歩人はやっと麻香麻の部屋の前に立つ。
体はまだサンドイッチの火照りが抜けきっていないが、大会の期日が迫っているという事実を考えれば急ぐべきである。
二度、ノックしてから歩人はドアを開ける。
「麻姉」
オレンジ色のパジャマを着たままキャンバスに向かう麻香麻がくるりと振り返って歩人を見る。
「どうしたんですか? あゆ君」
「あの……」
一度息を詰まらせてから、歩人は口を開いた。
「麻姉、麻姉が描きたいものってアサガオの花じゃないのか?」
「!」
麻香麻の目が僅かに広がり、だがすぐにヘタな作り笑いをして誤魔化した。
「なっ、何言ってるんですかあゆ君、わた、わたしがアサガオって、そのまんますぎるじゃないですか、もう子供じゃないんですからアサガオなんてそんな……今度は薔薇でも描いちゃいましょうかね」
「麻姉……」
歩人が良い言葉が見つからないでいると、麻香麻が、
「そんな事言っている暇があるなら学校の勉強しなきゃダメですよ、あゆ君は将来、南城病院を継ぐために蓮華姉さんと同じ鈴村大学の医学部に進学しなきゃいけないんですからね」
言い終えると、歩人は麻香麻を抱きしめた。
思い上がった考えは無いが、予想通り、麻香麻は抵抗せず、驚いた様子のまま腕の中に収まってくれている。
「あ、あの、あゆ君、急にどうしたんですか?」
やや嬉しそうな麻香麻を抱く腕にもう少しだけ力が入る。
「麻姉、俺は……俺は麻姉に描きたい物を描いて欲しい」
「…………あゆ君」
自ら歩人の肩に顔をうずめて眼を閉じる麻香麻。
歩人のほうは彼女の耳元に口を近づけ、そっと囁いた。
麻香麻の顔が肩から離れる。
歩人も腕を離して麻香麻と距離を取る。
そしてお互いに顔を紅潮させたまま、歩人はグッと親指を立てる。
「ガンバレよ、アサガオお姉ちゃん」
「…………!」
両手で握り拳を作って、麻香麻は綺麗な笑顔を咲かせた。
「ハイ!」
その日から、麻香麻は火が付いたように絵を描き始めた。
部屋のドアには入室禁止の札が下げられ、どんな夜遅くでも、どんなに朝早くでも、麻香麻の部屋の前を通り過ぎる時には必ず中から活動の気配が感じられた。
四日後、土曜日の昼にリビングで歩人と桜は麻香麻の絵ができるのを待っていた。
「締め切り、今日だけど……」
「他の部員はもう郵便で作品を送り終わっている、でも麻姉は間に合わなかったから今日自分で会場に直接持っていかなきゃいけないからな、時間が厳しい」
「麻香麻お姉ちゃん、間に合うかな?」
「間に合うさ、麻姉はやる時はやる、もしも完成しなかったらどんな手え使ってでも締め切り日を伸ばす」
「そ、それは流石に無理じゃ……」
姉の的確な指摘にやや歩人が顔伏せた。
直後、麻香麻の声が南城家を突き抜けた。
「おわりましたー!」
歩人と桜は明るい顔を見合わせて廊下へ出た。
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