第37話 カーチェイスの予感



「麻姉!」

「あゆ君!」


 部屋に入ると麻香麻はすぐに跳んで抱きついてきた。


「完成したんだな麻姉」

「ハイ、あゆ君のおかげで、あとは午後三時までに届けるだけです」


 イーゼルの足元には薄い木箱に入れ、それをさらに布で包んだ梱包済みの絵が立て掛けられていた。


「よかったねお姉ちゃん、それで会場まではどれくらいかかるの?」

「近くに駅が無いから自転車が一番早くて三〇分くらいですね」

「えーと、今は十二時四五分だから余裕だね」

「ハイ」


 時計を見ながら嬉しそうに抱き合う姉達を見ながら、歩人は麻香麻の机の下に落ちている一枚の用紙を見つける。


 何気なく拾ったそれは今大会の募集要項で、とある一文を目にして歩人の顔が凍りついた。


「麻姉……締め切り、午後三時じゃねえ」

「「えっ?」」


 麻香麻と桜が同時に聞き返し、歩人は募集要項の紙を見せて声を張り上げる。


「午後三時じゃねえ! 午後十三時、つまり午後一時だ!」

「「ええええええええッッ!!!??」」


 二人が同時に石化した。

 ドジだ、それも痛恨の、人生最大のドジである。


「い、今って……」


 時計は見間違えるはずもなく、十二時四五分を過ぎたところだった。


「ぎゃわー!! どどど、どうすればいいんですかぁ! これじゃ大会に間に合いませんよー!」


 ぼろぼろと涙を流しながら泣き喚いて座り込む麻香麻、桜もどうしたらいいかわからずオロオロするばかりだ。


 だが、歩人の体は何の迷いも無く、脈拍を上げて脳内でアドレナリンを分泌させた。


「じゃあ十五分で行けばいいだけだ」

「「?」」




「ああ、あのあゆ君?」

「しっかり捕まってろよ、俺を掴んでる腕一秒でも緩めたらお寺行きだからな」

「ででで、でも……」


 現在の状況、歩人が乗る自転車の後部席にが座り、歩人と麻香麻の体の間には梱包した絵を挟み、そして麻香麻が両腕で歩人の胴体にしがみついている。


「本当にこの状態で行くんですか!? 間に合うんですか!?」

「安心してくれたら嬉しいよ、じゃあさく姉、行ってくる」


 桜がうなずき、歩人の脚が猛る。


「破嗚嗚嗚嗚嗚アアアアッッ!!」


 歩人の自転車が加速した。


 だがそれは常人の想像から遥かに逸脱した勢いで、麻香麻は体に飛行機に乗った時のようなGを体に受けて家から離れていった。


 その様子を、残された桜は寂しげに見送った。


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