第38話 アクション映画かよ
数秒もしないうちにその速度は車の域に踏み込み、背景が後ろへと流れていく。
そのまま二人を乗せた自転車は道路へと……
「って何で道路入ってるんですか!?」
「歩道で歩行者避けるよりも道路で車の流れに乗ったほうがスピード出せるんだよ」
「でも、わたし達が乗ってるのって自転車」
「知らないのか麻姉? 道路交通法で、自転車や牛、馬、ソリは小型車両(●●●●)に入るから道路走らなきゃ逆に捕まるんだよ」
「ウソォオオ!!?」
「オウラッ!!」
車輪はさらにその狂気ぶりを荒げ、アスファルトを捻じ伏せる。
スピードメーターは時速四〇キロを越えても止まらず、さらに針が回転する。
歩人はその常軌を逸した速力を以って遅く走る車を横から追い越していく。
これが一人乗りならば方向転換はハンドルだけで済んだだろう。
しかし今は二人乗り、歩人と麻香麻の体重を合わせれば一〇〇キロを越える。
故に曲がるには体を大きく傾ける必要があり、当然にそれは周囲の車との接触をまねく原因となるが、歩人はもはや人間の枠には納まらぬ脅威の身体能力と動体視力で周囲の車全ての位置関係と進行方向、スピード、数秒先までの予想位置を完全に把握。
今、歩人の目には普通人には見えぬ光の道が見えた。
自分が進むべき道が何本もの光となって示される。
本能で、感覚で解る。
その中からこれが自分の走る道だと、麻香麻がもっとも安全に、そして素早く移動できるベストロードを爆進する。
それでも、車の動きは一定ではない、突然の加速、減速、方向転換などがある。
その事態は来た。
このまま進めば前を通り過ぎる車の後部に自転車の前輪がぶつかる。
それを回避するには自分が減速するかカーブするしかないが、どちらも会場への到着が僅かに遅れる要因になる。
「麻姉、もっと強く掴まれ」
「ほえ?」
最短距離を直進、それを可能にするために、歩人は前輪を浮かせた。
そのまま自転車は傾き、麻香麻の視界が空に支配される。
「これって……」
ウィリーだ、前輪を浮かせて後輪だけで走る、常人にはできない芸当である。
前輪を浮かせた事でできた空間を車の後部が通り過ぎる。
前方には高い塀、このままでは激突するが歩人は背後の麻香麻に言った。
「飛ぶぞ」
「えっ?」
間髪いれず別の車の前部が自転車の後輪に接触しようとする。
今度は後輪を浮かせて前輪だけで走行、立て続けてウィリーに戻ると道路に落ちていた小石を申し訳程度のジャンプ台に、足りない力は自らジャンプ、カーブする最中の車のボンネットに後輪を乗せ、その車すらジャンプ台にして、二人は浮遊感に包まれた。
時間が止まったように思えた。
視界にはどこまでも続く街並みと青い空と白い雲、そして全てを照らす太陽。
わずか数秒の間に起こった出来事に麻香麻の脳内で母なずなの言葉が呼び起こされる。
『何があっても、どんな場所でも歩いていける人になれますようにって願いを込めたんだよ』
歩人の名をつけた理由、それを麻香麻は心で感じた。
(今あゆ君……空を歩いた?)
高い塀に後輪を擦りながらスレスレのところで塀を飛び越えウィリーの状態で着地。
そしてすぐに別の壁が接近、歩人はそれを強引に自転車を真横に向け、さらに体を倒してブレーキをかける。
殺しきれない運動エネルギーに二人の体が壁に接触しそうになる。
でもそんな事を許すほど南城歩人は甘く無い。
「憤(フン)ッ!!」
歩人の右拳が壁に叩き込まれる。
その衝撃で自転車は持ち直し、再び爆走した。
広い公園へ入り、その中を直進、出口には長いくだり階段、そんなところを走れば結果はおのずと見えてくる。
勿論歩人はそんな愚か者では無い、歩人の操る自転車は階段の手すりに飛び乗ると一気に下まで滑り降りた。
歩人は下に着くと足の筋肉が悲鳴を上げるのも構わずあとはただひたすらにペダルを踏みしめた。
桜を守るために不良達と戦い、眞由美を守るためにストーカーと戦った体は元から健康とは言い難かった。
そろそろ彼の体も限界だったのだ。
だが、体の痛み如きが歩人の進行を止められるはずも無い。
車と遜色ない速さを維持したまま、歩人の自転車は走り続けた。
麻香麻は歩人の肩に顔をうずめて、その体温を感じた。
身長はそれほど変わらないのに自分よりも広い背中、逞しい肩、自分のために必死になってくれる人。
自分の絵が大会に間に合うかどうかの瀬戸際にも関わらず、麻香麻の心はとても落ち着いていた。
電撃オンラインにインタビューを載せてもらいました。
https://dengekionline.com/articles/127533/
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