第39話 自慢の弟です
何事もなく、穏やかに時間の流れる土曜日の昼。
会場外に設置された受付所内に座る係員の女性はボーっと空を眺めながら定時を待った。
締め切り直前に持ち込んでくる参加者などそう何人もおらず、この日はとても退屈だがのんびりとした日を過ごせた。
やがてデジタル時計が一時を表示し、女性はゆっくりと立ち上がると午後はどう過ごそうかと思案しながら受付のシャッターに手をかける。
「?」
彼女の耳が何かを捉える。
若い男の子の声、それも悲鳴に近い。
一体何事かと、前方一〇メートル先の下り階段へと目をやり……
「待ってくれぇえええええ!!!」
「ぎゃあああああああああ!!!」
下から飛び出した物体に係りの女性も悲鳴を上げた。
二人乗りした自転車が宙を舞い、乗っていた二人が自転車から投げ出される。
乗っていた少年が梱包された絵を抱える少女を守るように抱えた。
そのまま二人は少年を下にしてタイルの上に叩き付けられると何度も転がり、少年だけが見事にボロボロになって回転が止まるとこちらをギロッと睨んでくる。
「まだ締めるな!」
「ひえっ!」
そのあまりの気迫に、係員の女性は竜にでも睨まれたように後ずさり、シャッターを下ろす手を止めた。
少しの間、メガネをかけた少女が少年に安否を尋ねてからトボトボと歩いてきて、やや赤い顔で絵を差し出した。
「あの、これ……ちょっと遅れちゃいましたけど……」
少女の様子に、女性も我を取り戻し、いつものように登録の手続きをする。
少女が用紙に必要事項を記入している時、女性の目にはタイルの上に倒れ伏したまま肩で大きく息をする少年が映り続ける。
「ねえ、あなた……」
「はい?」
「あの子、彼氏?」
すると少女は首元まで顔を赤らめて、
「い、いえ……弟です」
と答えた。
その言葉に、係りの女性はやや笑って返答した。
「いい弟さんね」
少女の顔がみるみる笑顔になり、元気な声で言った。
「ハイ、自慢の弟です!」
何事もなく、穏やかに時間の流れる土曜日の昼。
会場外に設置された受付所内に座る係員の女性はボーっと空を眺めながら定時を待った。
締め切り直前に持ち込んでくる参加者などそう何人もおらず、この日はとても退屈だがのんびりとした日を過ごせた。
やがてデジタル時計が一時を表示し、女性はゆっくりと立ち上がると午後はどう過ごそうかと思案しながら受付のシャッターに手をかける。
「?」
彼女の耳が何かを捉える。
若い男の子の声、それも悲鳴に近い。
一体何事かと、前方一〇メートル先の下り階段へと目をやり……
「待ってくれぇえええええ!!!」
「ぎゃあああああああああ!!!」
下から飛び出した物体に係りの女性も悲鳴を上げた。
二人乗りした自転車が宙を舞い、乗っていた二人が自転車から投げ出される。
乗っていた少年が梱包された絵を抱える少女を守るように抱えた。
そのまま二人は少年を下にしてタイルの上に叩き付けられると何度も転がり、少年だけが見事にボロボロになって回転が止まるとこちらをギロッと睨んでくる。
「まだ締(し)めるな!」
「ひえっ!」
そのあまりの気迫に、係員の女性は竜にでも睨まれたように後ずさり、シャッターを下ろす手を止めた。
少しの間、メガネをかけた少女が少年に安否を尋ねてからトボトボと歩いてきて、やや赤い顔で絵を差し出した。
「あの、これ……ちょっと遅れちゃいましたけど……」
少女の様子に、女性も我を取り戻し、いつものように登録の手続きをする。
少女が用紙に必要事項を記入している時、女性の目にはタイルの上に倒れ伏したまま肩で大きく息をする少年が映り続ける。
「ねえ、あなた……」
「はい?」
「あの子、彼氏?」
すると少女は首元まで顔を赤らめて、
「い、いえ……弟です」
と答えた。
その言葉に、係りの女性はやや笑って返答した。
「いい弟さんね」
少女の顔がみるみる笑顔になり、元気な声で言った。
「ハイ、自慢の弟です!」
大会当日、麻香麻は歩人を引っ張り朝一番に会場に入った。
「そういや麻姉、結局どんな絵描いたんだ?」
「ふふ、見てからのお楽しみですよ」
麻香麻に案内されて、他の絵には目もくれず、休まず走る足が止まった時に、歩人は金賞の札が貼られた絵の前にいた。
だが、金賞の事実よりも、歩人はその絵に目を奪われた。
「これ……は……」
歩人が目を見開き、魅入った絵、それはアサガオにジョウロで水をやる少女とその横で楽しそうに笑う少年の絵だった。
絵の中の少年と少女は、どう見ても幼い頃の自分達である。
「あゆ君」
言って、麻香麻が手を握ってくる。
「あの時、部屋でわたしを抱きながら、あゆ君はわたしに『いつもの麻姉は好きだけど、好きな絵を描いている時の麻姉が一番大好きだ』って、言ってくれましたよね」
その言葉に歩人が麻香麻の方を向くと、不意に近づいてきた麻香麻と唇が重なり、口の中で舌が絡む。
歩人は頭の中が真っ白になり、お互いの口が離れた時、麻香麻は蕩(とろ)けきった顔をして、
「わたしは、二四時間、いつでもあゆ君が大好きですよ……だけど……」
麻香麻は満面の笑みを浮かべた。
「わたしを会場へ連れて行ってくれた、あの時のあゆ君が、人生の中で一番わたしをドキドキさせてくれました!」
「あっ、麻姉……」
麻香麻の顔がまた近づいてきて、今度はよりいっそう強く舌が絡んだ。
唇を離した後はすぐに肩口に顔をうずめてきて、麻香麻は歩人を強く、強く抱きしめる。
「あゆ君、大好きです!」
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