第14話 最強の姉
「いやぁあああああああっ!!!!」
最後に桜が搾り出した、内臓が飛び出そうなほどの叫びを斟酌せず、にも関わらず金属バットはその速力を失った。
バットを歩人の頭から三センチの距離で止めたリーダーを含め、全ての不良が一様に歩人が来たのと同じ方向を見た。
そのまま不良達の動きが瞬(まばた)きごと止まった。
動かない、動けない。
不良達の、人間の退化した本能が全力で己に逃亡を命じた。
それを理解していないのは桜だけで、意識を失いかけた歩人もその只ならぬ気配に気付いた。
人工的な光の無い夜において、この鉄橋の奥を見る事など叶わない。
その、無限に思える漆黒の闇の向こう側から、何かが近づいている。
不良達の毛穴が開き、冷や汗が噴き出した。
今までの矮小な人生では感じるべくも無い強大な殺気は彼らの全身を貫き、心を殺した。
大蛇を目の前にしたカエルのように、運悪くライオンに出くわしてしまったガゼルの子供のように、彼らの細胞が泣き叫ぶ。
大気中に得体の知れぬ何かの流動を感じさせながら、闇から近づいてくるソレは今、ようやく彼らの目の前にその姿を現した。
一応は人間だった。
身長は一七〇センチは越えているが、一八〇センチには満たないだろう。
黒い皮製のミニスカートを履き、丈の短い赤いシャツの上に黒い皮製のジャケットを羽織ったヘソだしルック、燃えるような赤毛のショートカットに、荒々しさと品格を備えた凄味を帯びた瞳と、一部の雑誌でしかお目にかかれないような……爆乳……
果たして、そこに凛然と進み出てくるのは、歩人と桜の姉、南条家長女、南城(なんじょう)蓮華(れんげ)だった。
無言のままに距離を詰めてくる蓮華に、だが不良達はドッと安堵の溜息を漏らし、動揺を隠すように次々にまくしたてる。
「はは、なんだよ、女じゃねえか」
「女じゃって、おいおいお前何想像してたんだよ」
「まさか化け物でも来ると思ってたのかよ?」
「まっさかー、そんなわけないだろ?」
「そそ、そうだよなあ」
「おい姉ちゃん、悪いけどこっちは取り込み中だ」
「そうそう、ホラ、回れ右、帰った帰った」
その全てを無視して歩み寄る蓮華に、不良の一人が我を失い、駆けた。
止めてくれる仲間は誰もいない。
そして、蓮華の制空圏に触れた刹那……
『!!ッ???』
蓮華の拳が不良の胸板にめり込み、その後の光景に全員が絶句した。
不良達の序列とは、主に金か強さで決まる。
ケンカに強い者ほど偉く、従える不良の量も多い。
他のグループとのケンカなど慣れ親しんだもの、中には悪ぶっているだけでケンカをしない者もいるが、他人のケンカを観戦したりする。
とにもかくにも、不良という人種はケンカに、人を殴る事には詳しく、殴られた人間がどうなるかを知り尽くしている。
彼らの常識、人は飛ばない。
個人差はあるものの、人間とは六〇キログラムもの肉の塊りである。
投げる事はおろか、持ち上げる事すら難しい質量である。
まして、手足の一本から繰り出す打撃一発で宙に浮かすなど有り得ない。
そんな事があるとすれば、重量級の選手の攻撃を、軽量級の戦士が受け流すために
自ら後ろに飛び下がる。
といったところだろう。
だが今回は、体重は不良のほうが上、かつ前へ進んでいた。
そんな不良のつま先はアスファルトを離れ、後ろへ一メートル、二メートルと飛び、三メートル辺りで地に落ち、それでも殺しきれぬ運動エネルギーで転がり、最終的に不良が仰向けで血を吐いている地点から初期地点までは五メートル以上も離れていた。
ビクン ビクンと痙攣する仲間の姿に不良達は戦慄し、蓮華が一歩進むと不良達は歩人をその場に捨てて後ろに下がる。
支えを失った歩人の体が傾く。
それを、蓮華は一瞬の内に距離を無くし、歩人を優しく抱き止めた。
アザだらけの顔、血のついた口元、かすかな息、そして、今にも消えそうな虚ろな目で自分を見る弟の姿に、一瞬眼を潤ませてから、そっと口を近づける。
蓮華は歩人の唇に優しくキスをすると、
「悪い、ここの情報手に入れるの手間取った」
と謝罪した。
歩人が微笑し「待ってたよ」と言ってくれたのを確認すると、蓮華は歩人をアスファルトの上にゆっくりと寝かし、二、三度頭を撫でる。
そして歩人の口元から血を拭うとその血で目の下をなぞり、自らに血化粧を施した。
蓮華は立ち上がり、スッと細めた目を、今度はカッと見開き、アスファルトを足で踏み鳴らした。
グラリ、と比喩では無く本当に古い鉄橋は揺れた。
全身に超常の殺気を充溢させ、紅い口を広げる。
「ブッ殺スッ!!!!」
ソレは、声と言うにはあまりに程遠い音だった。
ソレは人の言葉に在らず、ソレは開戦を示す鐘であり、劣悪の極みたる凡夫共を駆逐する事を地獄に伝える伝令だった。
数では勝っているという事実を振りかざしてヤケになり突撃してくる男達を蓮華の四肢が襲った。
蓮華の戦い方は歩人のように急所を的確になどというスマートなモノではなかった。
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