第15話 姉の背中
「ブッ殺スッ!!!!」
ソレは、声と言うにはあまりに程遠い音だった。
ソレは人の言葉に在らず、ソレは開戦を示す鐘であり、劣悪の極みたる凡夫共を駆逐する事を地獄に伝える伝令だった。
数では勝っているという事実を振りかざしてヤケになり突撃してくる男達を蓮華の四肢が襲った。
蓮華の戦い方は歩人のように急所を的確になどというスマートなモノではなかった。
狂戦士(バーサーカー)と化した鬼神はただ殴り易い場所を殴りたいように。
蹴り易い場所を蹴りたいようにするだけ。
それだけで男達は宙を舞い、意識を刈り取られる。
向かい来る全ての存在を砕き、潰し、千切り、蹂躙し尽くし暴虐の限りを尽くす蓮華は男達の返り血を浴びながらさらにその狂気ぶりを荒げ、敵を粉砕していく。
男達の何割かは既に歩人が倒していたが、歩人の存在と怪我人を運ぶのを理由に呼んでいた増援で不良達の数は当初の三〇人よりも増えていた。
とある空手の達人が言った。
「同じ人間である以上、どんなに鍛えても体力の問題で三〇人ぐらいまでしか相手にはできませんね」と。
だが蓮華はそんな理論も世界の法則も無視して、たった一人で不良の集団を切り崩していく。
武器も使わず、たった一人の、一個人による肉体的暴力から生まれる破壊に、数が押し負ける。
そんな、武の、闘争の歴史を塗り替える事件が起きていようとは誰も予想できるはずも無く。
そして、不良達がここを選んだ理由を逆手に取られて、人気(ひとけ)の無い使用禁止の鉄橋に警察を呼んでくれる者など望むべくも無かった。
そんな中、鉄パイプを持った二人の不良が蓮華に殴りかかった。
鉄パイプの長さの分、蓮華の制空圏外から攻撃できる彼らだったが、蓮華が右腕を一振りすると二人の鉄パイプは手から消え、両手首はあらぬ方向へと折れ曲がっていた。
空高く飛んでいった鉄パイプが鉄橋の柱に当たって落下する。
鉄パイプは当たり前のようにくの字に折れ曲がり、わずかな熱を帯びている。
続いて、八方から同時に不良が襲い掛かった。
蓮華はそれを後ろ回し蹴りの一閃で蹴散らすが、ケンカ屋の中でもかなり強い部類に入る二人がなんとか蓮華のジャケットの左右の袖を掴むのに成功した。
こうやって動きを封じている間に誰かがスタンガンで攻撃すれば蓮華を仕留められるという算段だ。
だが、この程度で蓮華を拘束できる訳も無い。
彼女を拘束したければ最低でも大型猛獣用の特殊金属ネットが必要である。
二人の不良が蓮華の袖を掴んだ瞬間、二人の足は遠心力(●●●)でアスファルトから離れた。
「「!?」」
男一人を両腕に一人ずつブラ下げたまま嵐のように回転する蓮華に、二人はもう半泣き状態だった。
安全ベルト無しのジェットコースターに乗るハメになった二人は悲鳴を上げる。
しかし、二人の事などおかまいなしに、人間絶叫マシンと化した蓮華は橋を支える鉄骨に接近。
「「ッ!」」
鉄骨に全身を激突させた二人はその場に気絶、蓮華は残りの雑魚を駆除しに足を運ぶが、二人が気を失ったまま袖を掴む手を離さなかったため、前を開けたジャケットはスルリと脱げ落ちた。
ジャケットを失い、ノースリーブの紅いシャツ一枚では隠せない蓮華の腕は筋肉に血が流れ込みパンプアップされ、筋肉の掘りが薄く覗える。
特別太いわけではない、パンプアップしてようやく男並の太さの腕は瑞々(みずみず)しく、平時であれば色気も感じただろうが、今の不良達にとっては畏怖の対象でしかない。
とっくに開放された桜が歩人と寄り添い見守る中、蓮華が不良達の中へ進むと、蓮華の背中を見た不良から順に固まり、眼を見張った。
「お前……ソレは……!?」
「ああン?」
振り向き、蓮華はジャケットが脱げていることに気付く。
そして、振り向いたせいで前方にいた不良達のリーダーに背中を晒した。
リーダーとその周りにいた取り巻き達に絶望失望が襲い掛かり、眼と口を限界まで開放して全身の皮膚が剥がれ落ちたような錯覚がした。
他の不良達も個人差はあるものの、蓮華の背中を見るや否や、今までを遥かに越える恐怖に彩られた顔で絶叫と悲鳴をばらまく。
不良達が恐れおののく蓮華の背中、彼女の紅いシャツの後ろには、恐ろしげな鬼の顔が描かれていた。
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