第16話 オーガ



 不良達が恐れおののく蓮華の背中、彼女の紅いシャツの後ろには、恐ろしげな鬼の顔が描かれていた。


 それからは、誰が言うのでもなく、自然と不良達が口にした。


「そ、そんなまさか!? 長身爆乳で燃えるような赤毛と背中に背負った鬼の顔」

「て、てめえは……いや、アナタ様はもしや……」

「なんじょーレンゲェエエ!!!!??」

「南城(なんじょう)蓮華(れんげ)って、おいまさか!?」

「高校時代に関東中の不良グループと族を潰し、解体した組は数知れず、アメリカマフィアすら全滅させたと言われるあのッ!!」

「調子良いときゃホッキョクグマも屠(ほふ)ると言われるあのッ!?」

「まさか! あいつが慇懃無礼、倣岸不遜にして地獄すら牛耳る生きた気まぐれ自然災害南城蓮華!?」

「世界中の紛争地帯に突如現れては素手で一個大隊すら駆逐する神出鬼没の紅き殺戮兵、南城蓮華!?」

「南城蓮華が身を揺らせば一〇〇人の命が散り、南城蓮華には戦艦を持っても戦うなという伝説は本当だったのか!?」

「そしてそのトレードマークの鬼の背中からついた異名が地上最強の生物オーガ!!!」


(蓮姉(れんねえ)高校時代何してたんだ!?)


 蓮華が高校時代によくケンカをしていたのは知っていたが、まさかそこまでとは知らなかった歩人もまた、不良達同様に驚きを隠せなかった。


「はぁあああああ!!!? なんであの鬼神王がこんなところにいるんだよ、俺らが鬼(オーガ)に何したっていうんだ……って、んっ?」


 不良達のリーダーは何かに気付いたように言葉を詰まらせると、ゆっくり首を動かし、桜と歩人のほうを向いた。


「お、おい女、お前……名前なんつったっけ?」


 その問いに桜ははキョトンとした顔で「南城桜(なんじょうさくら)です」

 いつのまにか意識を持ちなおした歩人も「南城(なんじょう)歩人(あゆと)だ」


「あっ、それと蓮華お姉ちゃん弟の歩人君のこと溺愛しているんだよ」


 リーダーの時が一瞬止まった。

 〈南城〉〈蓮華お姉ちゃん〉〈弟の歩人君〉

 以上の単語から導き出される答えは、たった一つである。


「バッカ野郎ッッ!! サチ! てめぇなんでよりにもよってオーガの妹連れて来てんだよボケがぁああ!! 俺を殺す気か!!?」

「はぁッ!? あたしがオーガなんて知る訳ないじゃん! つうか弟のほうに手えだしたのコウジでしょ! あの人溺愛してんの弟の方なんだからあんたのほうが絶対責任重いでしょ!!」

「てめえら……」


 低く、どこまでも殺気に満ちた声に、責任のなすり合いをしていた二人は視線を蓮華に戻す。


 そこにいたのは巨大な鬼の影を背後に背負う地上最強の生物、南城蓮華である。


「そういうわけだ、あたしの弟と妹に……弟に手え出して生きて帰れると思ってんじゃねえぞ!!」

「「ヒィッ!!(こいつ弟二回言った)」」


 諸手(もろて)を上げてバタバタと反対方向に走るサチとコウジに続き、他の不良達も蓮華の正体を知るや否や逃亡、だが、そう上手くいかないのが人生というものである。


 鉄橋の反対側に逃げた彼らの前に立ちはだかったのはいつのまにか移動した南城歩人だ。

 桜はそのずっと後ろにいる。


「てめえら、人の姉さんに手え出して何逃げようとしてんだよ?」

「なっ、お前スタンガンで麻痺ってたんじゃ……」

「そんなんとっくに回復してんだよ!」

「だったら!」


 コウジは上着の内ポケットからオモチャの銃にしか見えないモノを取り出すと引き金を引く。


 思ったとおり、銃口から放たれたのは弾丸ではなく、ただのワイヤーだった。


 しかし、そのワイヤーはかなりの勢いがあり、歩人の学生服を貫き胸板に刺さると高圧電流が流れた……が、歩人は平然とした顔でそれを引き抜き、アスファルトに叩きつける。


「なっ!?」

「同じ攻撃が二度も通じるほどバカじゃねえんだよ!」

「いや慣れとかじゃねえだろスタンガンは!」


 最新のワイヤースタンガンを看破され、コウジが思わず一歩退くと背後からの殺気に背筋が凍る。


 後ろを振り向けば数十メートル先から鬼の形相の蓮華が早足にこちらに向かってくる。


 かといってまた一歩退くと今度は歩人に向けた背中に寒気、振り向いた時、目の前の歩人と背後の蓮華の殺気が一度に倍化した。


 あまりに膨れ上がった殺気はコウジに、歩人の背後に竜の影を思わせた。


 前門の竜(ドラゴン)に後門の鬼(オーガ)とはまさにこの事だ。


 目盛りを三〇万ボルトに設定して打ち込んだスタンガンが効かない事実と当初に歩

人が見せた戦闘力を思い出し、コウジは実感してしまった。


 南城歩人は、確かにオーガこと蓮華の弟であると。


 橋の東側からは歩人が、西側からは蓮華が迫り、不良達は橋の中央に集まり完全に縮こまっている。


「やれやれ、姉さんとタッグ組むのっていつぶりだ?」

「ホント、久しぶりだな……なあ歩人」


 二人は同時に目を見開き、鬼の瞳と竜の瞳が不良達を挟んで交差する。


「手え抜くんじゃないよ!」

「当然だ!」

『ぎゃああああああああああああ!!!!!』


 それからの惨劇は実に三〇秒とかからずに幕が下りた。


 元よりこの最強の姉弟(してい)を組ませて生き残ろうというのが土台無理な話なのだ。


 二人はまるで数十年来のコンビのように完璧に息のあった連携で残りの不良全てを叩きのめし、最後に桜を男達に売り飛ばした張本人、山岡サチを追い詰める。


 山岡はガタガタと震えながら、彼女もまた、ポケットからスタンガンを取り出す。


 致死電圧量一〇万ボルトのそれを最大の一〇〇万ボルトの目盛りに合わせて突き出す。


 スタンガンの先端が蓮華のみぞおちに当たり、蓮華に体に致死電圧の一〇倍に値する電気が流れる。


 だが、蓮華は少しも動じず、スタンガンを右手でわしづかみにすると力任せに奪い取る。


「あたしを殺したきゃ雷神でも連れてきな!」


 そう叫んで山岡の鼻先でスタンガンを握り潰す。

 同時に歩人も駆けつけ、蓮華と歩人の焼き殺さんばかりの迫力に、山岡は腰が抜けて立てず、その場に座り込んだままガクガクと震えながら涙を流している。


「あ……あ……あの、あたし、た、助け……」


 失禁し、腰元に水たまりを作る山岡に蓮華が一言。


「終わりだ」


 蓮華の放った拳が顔に直撃、前歯を飛び散らせながら山岡サチは気絶した。


「これで全部……じゃねえな……」


 そこで歩人も、まだ一人残っている事に気付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る