第13話 姉 始動
「……!!?」
動かない体で歩人は混乱した。
確かに自分は不良達を確実に倒していた筈である。
だが、突如背中に何かが触れたかと思うと全身に衝撃が走り、体が自らの意思とは関係なく崩れ落ちたのだ。
「ハハハ、随分と暴れてくれたな」
手を叩きながらリーダーの男が歩人のもとへと歩み寄る。
歩人は動かない首の代わりに視線を精一杯上げて男の顔を見ようとして、男に頭を踏みつけられた。
歩人は悔しさに顔を歪めるが、悲しい事に歩人は指一本動かす事は叶わなかった。
「さすがのお前も、これには勝てなかったようだな」
言って、不良達のリーダーが上着のポケットから取り出したのは携帯電話ほどのサイズの黒光りするモノだった。
すると、ソレの端がスパーク、バチバチと音を鳴らして歩人を威嚇した。
その正体に歩人はなるほどなと納得した。
「普通のスタンガンには殺傷能力なんてねえが、俺らのは違法に改造してアンペアを上げてある。同じボルト数でもそこらの防犯ショップで売ってるのとは威力が違うんだよ、威力が、まっ、ちゃんと電圧下げて殺さなかったのは誉めてやるぜ」
言いながら、歩人に背後から近づいた一人の不良にリーダーが笑いかけた。
スタンガンを持った不良は「い、いやあ、そんな」などと言いながら苦笑いを浮かべているが、リーダーはそれを小心者ゆえの動揺だと受け取って視線を歩人に戻した。
苦笑いを浮かべた子分の持つ致死電圧一〇万ボルトのスタンガンの目盛りが三〇万ボルトに設定されていた事に気付かずだ。
偉そうに歩人へ能書きをたれるリーダーをよそに自分のスタンガンをいじりながら故障していないか確認する不良の胸中はさぞ乱れていることだろう。
「おい」
と、アゴで歩人を指すと、それだけで他の子分達が集まり、歩人を起こし両手両足をそれぞれ掴み、四肢を拘束した。
リーダーは一度汚く笑うと大きく振りかぶり、渾身の力を込めた拳を歩人の腹に叩き込む。
「~~~~ッッ!!」
スタンガンのダメージで緩みきった腹筋に不良の拳がめり込み、歩人の呼吸が止まった。
一瞬の鋭い激痛。
その後に襲い掛かってくる重い鈍痛。
歩人は口を小刻みに震わせながら嗚咽を漏らした。
「やっぱ、気ン持ちぃいい」
外道の生み出す外道の笑顔と声に桜の心臓が跳ね上がった。
そこからは、もう見るも無残な、あまりに凄惨(せいさん)な光景だった。
不良達のリーダーは防御はおろか筋肉に力を入れることすらできない無抵抗な歩人の腹を、顔を、喉を殴り、蹴り、徹底的に打ちのめしていく。
その一発一発を受けるごとに歩人の意識は遠ざかる。
呼吸などとうの昔に止まっていた。
口からよだれを、目からを涙を流し、足元には自らが吐瀉(としゃ)した赤い血と胃液が溜まっている。
その光景を見せられている桜の目からも涙が際限なく流れ、声にならぬ悲鳴を上げる。
気がつけば、いつのまにか別の不良が歩人の背後に回りこみ、歩人の背中や後頭部を殴打していた。
自分を助けにきてくれた歩人の、弟の姿に桜の中の光が完全に消え去った。
もう絶望しか映らぬ眼から自分でも分からないほどの涙を流しながら、桜は自分を責めた。
何故自分は歩人の言う事を聞かなかったのだろうか……
歩人の言うとおり、山岡などと付き合わなければ、いつものように姉や歩人達と一緒にいれば今ごろは家族みんなで食卓を囲み、笑いあっていた筈で、当然のように歩人がこんな目に合うことも無かったのだ。
「…………ッ」
自分はなんと愚かな人間だろうか。
相手が信用に足る人物かを見定めもせず、否、見定める力も無い分際で友達ができたと手放しで喜んだ結果がこれだ。
自分のような人間に、なんの取り得も無く、ただ姉や弟達に守られるだけの自分が過ぎた幸せを望んだせいだと、桜は己を責めた。
そして、リーダーが仲間から金属バットを受け取ったのは、歩人の口から一度に多くの血が吐き出された時だった。
「ほんじゃ、そろそろ終(しま)いにするか、死体は……そうだな、この橋から下の川に落せば見つかる前に海に流れ着くだろ」
リーダーの男は今までに無いほどに下卑た表情でバットを振り上げる。
最後に軽い口調で「バイバーイ」と言って、月光を不気味に反射する金属バットが歩人の脳天に目掛けて振り下ろされる。
「いやぁあああああああっ!!!!」
最後に桜が搾り出した、内臓が飛び出そうなほどの叫びを斟酌せず、にも関わらず金属バットはその速力を失った。
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