第12話 弟戦士


「サクネェッッーーー!!!」



 爆音のような喝激に男達は一度動きを止めて後ろを振り向き、そこで円陣の一番外側にいた男が鼻血を出しながらアスファルトに倒れるのを見た。


 犯人など、南城(なんじょう)歩人(あゆと)以外に誰がいようか……


「歩人君!」


 救世主の登場に桜は顔をほころばせて歓喜の声を上げる。

 着衣は乱れているものの、なんとか間に合った事を理解し、歩人もホッと胸を撫で下ろす。

 ところが。


「ああ? なんだこのガキ?」


 男子達からすれば、小柄で童顔の地味な男子高校生が一人現れたに過ぎない現状は特別忌避するようには感じなかった。

 むしろ桜とは別の意味で楽しむ玩具が増えたと喜ぶ者すらいるほどだ。

 その中で鼻ピアスをした男子が進み出て、


 ブチッ


「あっ?」


 歩人の手にはリング状のピアス、突然鼻を襲う猛烈な痛み、それはすなわち……


「ぎゃあああっ!」


 鼻を抑えてうずくまる男子、歩人は何の抵抗感も無く彼の鼻ピアスをもぎ取ったのだ。


「てんめ、ふざけてんじゃねえぞ!」


 一人の負傷を皮切りに男子達が次々に走り出す。

 歩人もまた駆けていた。


 身長一六五センチ、体重五四キロという小柄な少年とケンカ慣れしているであろう不良達。


 結果は火を見るより明らかだが、その凡人の予想を覆すのが南城歩人の特徴である。


 山岡に金を渡していたリーダーとおぼしき男の顔が徐々に引きつっていく。


 彼の視線の先にあったのは、小柄な少年に蹴散らされる子分達の姿である。


 歩人は自らの制空圏に入った不良達のピアスやロン毛をもぎ取り、それができない相手には顔面、水月、金的に木材を叩き折らんばかりの強烈な突きや蹴りを抉(えぐ)りこませていった。


 歩人の攻撃の一発でも受けた不良は一人の例外もなく汚い悲鳴を上げてアスファルトに倒れ伏す。


 一人、また一人と鼻や目、内臓等を潰され数を減らす子分達にリーダーは恐れを感じつつ、手の動きで他の子分達に指令を出してから山岡に問うた。


「おいサチ、なんだあの野郎は?」

「なんだって言われても、桜の弟って事しか知らないわよ!」


 リーダーは低く舌打ちをするが、その表情には僅かな余裕が見えた。


「破ァッ!!」


 全身の筋肉、骨格、そして体重を合わせた最強打撃(ベストパンチ)で不良の顎を砕き潰しながら歩人は唸った。


 常人を遥かに越える瞬発力と柔軟性、筋力と格闘センス、そして獣並の動体視力を持つ歩人だが、彼の強さはそんな単純なモノでは無い。


 戦いにおいて最も必用なモノ、それは身体能力でも技術でもなければ経験でもない。


 戦いにおいて最も必用なモノ、それは敵を殺すという明確な殺意、敵を攻撃する事を決して躊躇(ためら)わない心である。


 いかに戦闘力が高くとも、相手を気遣う心があるだけで、その拳は鞘に収めた名刀も同じ。


 だが如何に素人でも明確な殺意に溢れる拳はそれだけで抜き身の名刀となる。


 事実、今の歩人には一切の迷いが無かった。


 敵は愛すべき姉を、肉親を傷付けし悪漢、何の遠慮がいるものかと。


 相手の命など、明日など知らぬと殺す勢いで歩人の四肢が猛り狂う。


 姉や母から可愛いと愛でられる童顔を歪め、額に青筋を立てて他者を潰す歩人の姿に、だが桜は少しも怯える事無く安堵に満ちた眼差しで見守った。


 これが歩人、これが自分の弟だと。


 普段は優しくて、可愛くて、いつも一緒にいてくれて、何かあれば必ず助けにきてくれる。


 ただでさえ人より夢見がちな女の子である桜にとって、歩人は弟以上に自分のヒーローだった。


 そのヒーローが今、徐々に自分の元へ近寄ってきてくれて、後五メートルという所まで近づいて、歩人はその場に倒れた。

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