第49話 眞由美タイム


 昼……


「ふぅ、いいシャワーだったな」

「そそ……そうだな……」


 松明のように顔を燃やしながら千鳥足で歩人がリビングへ入ると、キッチンのほうから白いエプロン姿の眞由美がウエーブヘアーを揺らして姿を現した。


「わー、蓮華姉さん、お肌つるつる」


 光り輝かんばかりの玉の肌を見せつけて蓮華は、


「もう弟成分満タンにしたからね」


 と笑った。


「じゃあ、お昼からは私ね、あーくん」


 《あーくん用》と書かれた、可愛いフリルのついたピンク色のエプロンを広げて眞由美が可愛く笑った。




「じゃあ、これからケーキを作るね、お姉ちゃんはスポンジの用意しているからあーくんは生クリーム作ってて」

「おー!」


 眞由美の作ったケーキが食べられると歩人も上機嫌で返事をするとさっそく作業に取り掛かった。


 大き目のボウルに氷水を入れ、別のボウルに市販のクリームとグラニュー糖を混ぜてからそれを氷水の入った大き目のボウルに重ねる。


 続けてボウルを斜めにして泡立て器を左右に動かす。


 そうやってとろみがつくと、今度は楕円を描くように泡立て器を動かし、空気を含ませるようにして泡を立たせようとするが……


「あっ、それじゃ駄目だよあーくん」


 スッと、眞由美が歩人の背後を取って二人羽織(ににんばおり)のような体勢になると、眞由美は自分の手腕を歩人の手腕に重ねる。


 眞由美の白く細い手が歩人の手ごと泡立て器を掴み、豊満なモノが歩人の背中に押し当てられる。


「!!」

「いーい、あーくん? 空気を含ませるにはこうやって……」


 眞由美がリズミカルに泡立て器を動かし、その素早さは見事としか言いようが無い。


 眞由美自身は歩人にお手本を見せているつもりなのだろうが、歩人には眞由美の手捌きを学習するような余裕は無い。


 いつも通り、無自覚の精神攻撃は眞由美の動きに合わせてムギュムギュと背中に襲い掛かっている。


「~~~~ッッ」


 歩人の心の小人達が心臓に容赦なく薪(まき)をくべる。

 心のキコリ達が理性の柱に斧(おの)を打ちつける。


「こうやって速くやると、慣れないうちはクリームが飛び散っちゃう事もあるけど、練習すればすぐに上手くなるからね」


 後ろから首を伸ばしてきている眞由美の柔らかい頬が歩人の頬と触れて、眞由美の吐息が歩人のすぐ横で漏れる。


 いつもなら余裕で耐えられるが、生憎(あいにく)と今は蓮華の攻撃で理性の修繕作業中なのだ。


 こんな調子で、歩人は調理が終るまでの間、必死になって理性を保ち、ケーキが完成する頃にはフラフラになり、今にも倒れそうな有様だった。

 なのに……


「あーくん、顔が赤いよ」

「えっ?」


 気付いた時には、もう二人の額(ひたい)はくっついていた。


「~~~~~~ッ!?」

「凄い熱、大丈夫?」


 すぐに離れ、作り笑いで、


「ちょっと暑いだけだって、体の方は全然元気だし、なんかあったらすぐに言うから心配しなくていいよ」

「そう、じゃ、お姉ちゃんはみんなを呼んでくるね」


 そう言い残して眞由美がキッチンから出て行くと、歩人は大きく息を吐き出して床に膝をついた。


「あー、もう無理、もう限界、ホントに色々とこの家族構成マズイって……」


 歩人は全員分の飲み物の用意に取り掛かり、その時に口の中に氷を二個ほど入れて頭を冷ます事にした。

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