第18話 それから
「つうかさー、何で蓮姉が警察手配したりできんだよ?」
蓮華が歩人を背負い、桜を連れて家に変える途中、不意にそんな疑問が飛んだ。
「なんでって、あいつが今の地位にいるのってあたしのおかげだからな」
「(だから姉さん何者だよ!!)へっ、へえ、それとさあ、蓮姉やっちゃんとかそういう呼び方普通しなくね?」
「ああ、あたしは最初谷木(やぎ)って呼んだんだけど母さんがそう呼んでるし、本人そう呼ばれるの嫌がってたからあたしもおもしろくてそう呼んでんだよ」
「(相変らずSっ気満点だな)それとあいつらの言っていた事って、全部本当の事?」
「おいおい歩人、あたしをなんだと思ってんだ?」
「ははは、そ、そうだよな、誇張された噂話だよな」
蓮姉ならばやりかねないと半ば本気にしていた歩人が乾いた笑い声を上げる。
それと一緒に蓮華も笑う。
「そうそう、いくらあたしでも身を揺らすだけで一〇〇人は殺せないしホッキョクグマは調子良くなくっても殺せるっての」
「って他のはマジかよ!!? そして熊を殺すな!」
体に響くのもお構いなしに声を張り上げる歩人に、やはり蓮華は笑って返す。
「しょうがねえだろ、あの時は動物園から逃げ出したホッキョクグマのほうから襲ってきたんだからさー」
「だからって殺す必用は……」
「だってその時あたしまだ高一だぞ、さすがに手加減する余裕無いって」
歩人の額から冷や汗が流れ落ちた。
「じゃ、じゃあ不良グループとか族とか組とかマフィア潰したのは?」
「おおあれかー、懐かしいなー」
蓮華は急に上機嫌になると軽快に口を動かした。
「いやね、最初は街で歩人を邪魔だって突き飛ばした不良をボコボコにしただけだったんだぞ、なのに一人倒したらその仲間やら後輩やら先輩やらしまいにゃリーダー出てきてそいつも倒したら他のグループやケンカ屋が次々勝負ふっかけてくるからその度にブッ倒してたらなんか関東制覇しちゃってたみたいでね、その過程で質の悪いヤクザ連中も燃やし、じゃなくてフルボッコにしたんだよ、いやあ、あの頃はくる日もくる日も戦いに明け暮れて、本当に……」
蓮華の顔が緩(ゆる)む。
「楽しかったなあ」
「ちょっと待てい!! 今燃やすって言ったよな!?」
途端に慌て、蓮華の体が揺れた。
「ばっ、ちげーよ、人は燃やしてねーよ、ただ手頃な所にガソリンがあったからビルの中に撒いてたらたまたまタバコを吸っていた幹部にかかっちまってビルごとゴニョゴニョ」
「燃やしてるだろ! つうかそんな事楽しむんじゃねえ!」
「違うって、それは……そうだ、正義の心だって、そうやって不良やヤクザを倒しこの日本国の治安が守られる事にあたしは喜びを見出してだな、勢い余ってダイナマ、ガソリンだけを使ってビルをだな」
「れぇーんねぇー」
恨み言を呟くような歩人に蓮華の口が止まり、応答が無くなる。
「まさかまだなんか隠して、そうだ、マフィアはなんで潰したんだよ?」
「あっ、言っておくけどそれは正当防衛だからな、なんかアメリカのマフィアと日本のヤクザが麻薬の取引するはずだったらしいんだけど運び屋が麻薬のサンプルが入った鞄とあたしの鞄間違えて持ってくからさ、取り返そうと探し出したら『取引を見られたからには』とか言い出して、まあ後はいつも通りだよ」
「おいおい、あれ、もしかして谷木さんが署長なったのって」
「気付いたか? あたしがヤクザとか倒すたびに処理をやっちゃんに一任したんだよ、やっぱあたしも母さんみたいに警察とのコネが欲しかったからさー」
「母さんもなんかしたのか?」
「さあ、あたしも知らないけどなんか昔色々とあったみたいだぞ」
「は、半端ねぇな……」
自分の姉の持つ破格の規模に呆れつつ、歩人はふと、桜が自分達から顔を背けるようにして歩いているのに気付いた。
「どうしたんだ、さく姉?」
すると桜は、立ち止まり、深く頭を下げて謝った。
「ごめんなさい」
「別に謝るほどのもんじゃ……」
「さく姉は今回被害者だろ」
桜は上半身を起こしても顔はうつむかせたまま涙を流す。
「だって、あたしが……あたしが二人の言う事ちゃんと聞いていれば、歩人君、こんな痛い目に合わなくても済んだし……全部、全部あたしの……」
「さく姉」
蓮華のように歩人は桜の頭の上に手を置くと優しく語りかける。
「さく姉は悪い奴に騙された被害者で俺と蓮姉がそれを助けた、今日起こったのはそれだけだ、そうだろ?」
「歩人くん……」
桜が必至に涙を堪えようとすると蓮華が口を開く。
「いや、むしろあたしからすればグッジョブ桜だ、なんせ桜のおかげで歩人を合法的にオンブできるし家に帰れば手当ての名目で歩人をいじり放題だからな」
「だまれ痴女! 俺絶対眞由姉(まゆねえ)に手当てしてもらうからな!」
「何っ!? だったらどうせ動けないんだ、いっそこの場で」
蓮華は一瞬で歩人をアスファルトに組み伏せると襲い掛かった。
「さく姉助けてくれ、さく姉、さく姉、ああもう離れろって蓮姉、他に男作れバカ!」
「愚か者め、あたしが歩人以外の男に興味あるわけねえだろ、あたしが生きてる内は彼女なんか作らせないからな」
「ぬああああっ!!」
自分を無視してそんなやりとりをする二人を見て、桜は少し元気が出た気がした。
ちなみに、蓮華の右手が歩人のワイシャツ、左手がズボンの中に入ったあたりからの様子は全て指の隙間から見ていた。
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