第33話 続・姉の美術部


(おいおい、BGMが予告に聞こえるっての、この人恐すぎるよ蓮姉の一.〇五倍恐いよ)


「えーと、俺はですねえ」

「ああ部長、こいつあさっちの弟っすよ、あさっちの言うとおり可愛い顔っすよね」


 小夏と呼ばれた女子は言いながら歩人の頬を指でつつく。


「ほお、君が麻香麻(あさがお)の」


 スッと殺意を封じて部長が近寄ると、小夏と同じに全身を眺め回す。


「フム」


 と、いきなり部長の両手が伸びて歩人の体をぺタぺタと触ってくる。

 肩、腕、胸、腹、腰、骨格や筋肉のつき方を確認するように丹念に触診していく。


「あ、あの、俺の体がどうかしましたか?」


 美術室に来てから戸惑いっぱなしの歩人の顔を掴み、部長が目を合わせてくる。


「麻香麻の言うとおり、程よい小柄な体格に童顔、戸惑っている時の顔も良い、弟(おとうと)君(ぎみ)は優秀な体だな、どうだ、なんならこのワタシの人体アートのモデルに……」

「部長、目が犯罪っすよ」


 身震いしながら歩人が離れると部長はクスクスと笑って姿勢を直した。


「紹介が遅れたな、ワタシは五十嵐潤子(いがらしじゅんこ)、この美術部の部長をしている、こっちの小さいのは相澤(あいざわ)小夏(こなつ)、二年生だ」

「どーもー」

「後の二人は……」


 ふと、潤子の視線が歩人の頭上に向けられ、何かと歩人も上を向こうとすると、歩人が大きな影にスッポリと包まれ、影と一緒に柔らかいものにも包まれた。


「きゃうーん、ちょっと何々この子何この子? かぁいいよぉー、持って帰るぅー、これあたしのぉー!」


 歩人の慣れ親しんでいるモノとは微妙に弾力が異なるが、分類としては同じ……

 デカイ、蓮華未満眞由美以上といったところか、ともかく後ろから胸で頭を挟まれている。

 バッと離れて視認したのは長い髪を後ろで一本にまとめてピンク色のつなぎを着た童顔の女性、いや、母のなずなと同じく、大人っぽいが表情が幼すぎて童顔に見えてしまうだけだ。

 ただし、注目すべきはそんなところでは無く……


「もお、逃げないでよぉー」


 甘えるような声で彼女が手を伸ばすと余裕を持って取った距離をもろともせずに手は歩人の頭を捕らえる。

 デカイ、胸がではない、体が、背が高いのだ。

 姉の蓮華もデカイが彼女はさらにその上をいっている。


「そのデカイのは小玉(こだま)織江(おりえ)、身長は一八五センチらしい」

(どこが小玉だ! 大玉だろどう見ても!)

「えー? デカイって、あたしそんなに大っきくないもん、みんなが小さいだけだもん」


 舌っ足らずな喋り方に自らの母を思い出しながら歩人は抱き寄せられまいと抵抗するが織江は慣れた手付きで巧みに歩人を引き寄せてまた腕のなかにしまいこんだ。


「うー、この子いいよぉー、うちのヌイグルミよりも抱いてて気持ちいよぉー」

「今度は何をお持ち帰りコースだい織江?」


 やや低い、男の声に歩人が顔を向けると、美術室の奥の席から虹色ボーダーのつなぎを着た男子が急接近。

(つなぎの趣味悪!!? そんなんどこに売ってるんだよ!?)

 そのやや背の高い、いや長身の、というよりはかなりデカイ……


「……あ、あの」

「そいつの双子の兄、二年の小玉織男(こだまおりお)だ」


 デカイ、とにかくデカイ、織江と比べて頭一つ分は大きく感じる、だがそれよりもやはりその虹色ボーダーのつなぎが気になる。


「織男、どうやら麻香麻の弟(おとうと)君(ぎみ)はお前のデカさに声も出ないらしい」


(だから身長よりもそのつなぎの購入先が気になるんだよ!!)


「デカイ? といってもたかだか二〇五センチ、こんなのトールクラブじゃ普通ですよー」


(二メートル代を世界はデカイと言うんだよ! てかトール(●●●)クラブに所属してんじゃねえかボケ!)


 トールクラブというのは男性は一九〇センチ以上、女性は一八〇センチ以上で入会できる集団でその構成員のほとんどが二メートル代の身長を持っている。

だが、まさか本物を見る事になろうとは歩人は思ってもみなかった。


「はうぅー、ちいさいよぉー、かぁいーよぉー、あたし弟いないから弟欲しいよぉー」

「そろそろ離してやりなよ、そしてボクを抱いてくれ織江!」

「やー、お兄ちゃんのいじわるぅー」


 織男の助けでなんとか脱出、二人の会話は無視してさっさと麻香麻を見つけようと辺りを見渡すと、すぐに別のあるものが目に止まる。


「これは……」


 机の上には動物の頭骨と思われるものがいくつもあった。

 その一つを手に取り、歩人は珍しげに眺める。


「何に使うんですかこれ?」

「ああ、その牛骨? それはデッサンの練習に使うんだよ、石膏像もそうだけどそういう白い物って影が見やすいから練習にはもってこいってわけよ」

「へえ、よくできたレプリカですねぇ」


 あまりの精巧さに歩人が感心すると潤子が一言。


「それは本物だぞ」

「うえっ!?」


 っと言って歩人が机の上に牛骨を投げ出してあとずさる。

 そして骨たちの中に明らかに人の頭蓋骨と思われるモノを発見する。

 指を差しながら、おそるおそる部長の潤子に尋ねる。


「あ、あの、まさかあれも……」

「ああ、それは野球部の木村、ゴホン、良くできたレプリカだろう?」


(今この人木村って言ったよな)


 まだ会ったばかりなのに歩人はこの人ならやりかねないと確信して顔を青ざめさせた。

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