第32話 姉の美術部



「すいませーん」


 その日の放課後、美術室の戸をガラリと開けて、歩人は美術部を尋ねた。

 廊下でも感じた油絵具の匂いが充満した部屋で、それぞれ違った色のつなぎを着た生徒達がキャンバスに向かったまま筆を走らせている。

 そこまでならば一般的な美術部のイメージ通りなのだが、廊下の外ではうっすらとしか聞こえなかった音楽が、入室することで歩人の聴覚を叩いた。


『ポアダポアダ○ア! ポア○ポアダポア! ○アダポアダポア!』


「?」


 歩人が首を傾げた。


『逃げ惑○無抵抗民族! 平伏す者さえ全て焼き尽く○! 大虐殺武力弾圧独裁者主義者笑って踏み潰○!』


 歩人がそのBGMに戸惑っていると、黄色いつなぎを着た小柄な女子がぴょこぴょこと近づいてきて冗談めいた口調を向ける。


「一体なんのようだいお客さん? お名前は?」


 絵の具を所々に絵の具をつけた顔とつなぎで出迎えてきたおさげヘアーの女子に、歩人は戸惑ったままに、


「南城歩人です。今日は姉の様子を見に……」

「南城? おお! もしかして君が噂の南城歩人くんかい? はー、これが本物の……」


 妙に感心したように全身を眺め回す女子生徒、嫌な予感はしたが、歩人はおそるおそる尋ねる。


「噂って、どんなですか?」


 先ほどからコロコロと表情を変える生徒は頭に疑問符を浮かべる。


「おんやぁ? 弟くんは知らないのかい? あんた有名だよ、夜の帝王絶倫神歩人、昼のおとなしそうな顔は偽の仮面で毎朝毎晩五人の姉達の腰が砕けるまで犯し続け姉だけでは飽きたらず血縁者のオンナ全てを毒牙にかけた近親相姦の絶対君主、今はまだ証拠が無いから逮捕されていないだけでアルカトラズ刑務所に送られるのは時間の問題だって」

「どんな噂ですか!?」

『怯え泣く○我ら民!』やはりBGMが気になる。

「あはは、大丈夫だって、あたしゃあさっちの友達だよ、弟君がそんな子じゃないってのはいつも聞かされてるから知ってるよ、大方モテないボンクラどもが流したデマだろ?」


 くったく無い笑顔で大笑いする生徒の言葉に、歩人が問う。


「聞かされてるって、どんなふうにですか?」

『乱獲乱伐○開発! ここで繰り返され○自然破壊! 虐待拷問人権なく植えつけたの○プロパガンダ!』


「おやおやぁ、こっちも知らないんだねえ、もうあさっちってば口を開けば弟くんの事ばぁっかり、あゆ君と昨日どうしたとか最近あゆ君がああだとかさー、夜の帝王どころかあの蓮華先輩に毎日振り回されてるんだろ? もうあさっちったら弟くんの事がかわいくてかわいくてしょうがない様子だよ、この前なんか眞由美先輩の策略で蓮華先輩と一緒に寝ちゃってどうせならあゆ君と寝たかっただもん、ブラコンなのは弟くんじゃなくて姉さん達のほうだよな」


 笑顔で語る女子生徒の話に、歩人は少しこそばゆいような嬉しさを感じた。

 そこへ、廊下から大人数が同時に通る足音がバタバタと聞こえ、それと一緒に、


「うっわ、美術室マジ臭え!」

「油絵の具の匂いキツ過ぎ!」

「つうか美術部員が臭いんじゃねえの?」


 ばら撒かれる苦情の数々、すると、長い黒髪の女子生徒が歩人とは反対側の戸を開け、目を血走らせて叫ぶ。


「ダマレこの糞坊主頭共が! 今度来たらペインティングナイフで目ン玉くり貫いて一〇〇号斬病破棲(キャンバス)に釘で貼り付けるぞ!!」


 呪い人形のように髪がワサワサと動いたように見えるのは自分の目の開け方が悪かったのだと言い聞かせて歩人は目を閉じてから再び開く、すると……


「あんの腐れニキビ共が! キンタ○までニキビだらけになって捥(も)げればいいんだ!」


 つなぎと髪の色同様、黒いオーラを纏(まと)、い背後には巨大な日本人形を召喚したヒトガタが目を血走らせて接近してくる。

 顔の美しさからは抜き身の日本刀のように危険な香りがした。


「小夏、まさかそいつ野球部じゃないでしょうね?」

『木っ端微塵に消し飛ば○! その虫けらおびき出○!』

(おいおい、BGMが予告に聞こえるっての、この人恐すぎるよ蓮姉の一.〇五倍恐いよ)

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