第34話 姉のドジが炸裂する


 まだ会ったばかりなのに歩人はこの人ならやりかねないと確信して顔を青ざめさせた。


「そうだ、麻姉の様子見にきたんだった」


 我に返ったように周囲に目を配る。


 すると、美術室の一番奥の窓際に立てられたイーゼルの前でオレンジ色のつなぎを着た少女がイスに座っているのを見つけた。


 どう見ても麻香麻なのだが、普段の雰囲気とは違い、何か思いつめたような真剣な眼差しで、真っ白なキャンバスを眺めている。


 他の部員達のキャンバスはどれもすでに色塗りの段階に進んでいるのにだ。


(っと、人々が串刺しになってる絵、これ絶対潤子部長のだな……)

「ちなみにあたしのはコレだよぉー」


 織江が満面の笑みで指差すのはシンデレラのようなドレスを着ている自画像、辺りには何故かリアルな口で笑っているリンゴ達が飛んでいる。


「あたしのはこれだよん」


 おさげの女子、小夏が指差す先にはスーツ姿のゴリラが着物姿のティラノサウルスに花束を差し出している絵があった。


 ちなみに背景は海である。


 消去法で織男の絵が決まるが、最後の一枚の絵にはよくわからない幾何学模様が羅列し、見ているだけで目がチカチカするような配色だった。


 ちなみにその中央ではブレイクダンスを踊るタコと思われるモノが描かれている。

(ここは変態部か?)


『悪! 戦慄! 闇アンダーワ○ルド!』

「……すいませんが、さっきからなんですかこのBGMは?」


「むっ、これか? ウチは作業用BGMは毎日交代で決めさせている、今日の当番は織男で主にマキシマムザホルモ○ばかり流す、それと、ワタシはアリプロジェク○、小夏はジャムプロジェク○、織江はサウンドホライズ○が中心だ」


「なんの集団ですかここは?」

「フフ、それと麻香麻はもっぱらアニソンゲーソンメドレーだ」

「っと、そうそう麻姉だよ麻姉」


 周囲のあまりに個性的すぎる人間達のせいで麻香麻に集中できない歩人は直接近づくと麻香麻の肩を叩く。


「麻姉」

「へっ? ……ふあ!? あゆ君来てたんですか!?」


 驚きシャープペンシルを投げ出す麻香麻、そして五秒もしないうちに鋭利な先端を下に向けたまま持ち主の頭へ……


「!!?」


 自分を放り投げた逆襲をしたシャープペンシルが床に落ちると麻香麻は頭を抱えて無言の悲鳴を上げ、ゆっくりと床に落ちたソレを拾った。


「大丈夫かよ麻姉、つうか下書きってシャープペンシルだっけ?」

「はう! 間違えました!」


 言ってペンケースにしまうと、顔色を変えてギリギリと首を動かしながら歩人を見た。


「あゆ君、下書き用の鉛筆、家に忘れたみたいです……」

「……へ、へえ、あと麻姉、麻姉はまだ絵の具使わないんだからつなぎ着る意味ないんじゃねえの?」

「はうあ! これも間違えました!」


 慌ててつなぎを脱ぎ捨て制服姿に戻ろうとするが、つなぎのファスナーがスカートに噛んでつなぎと一緒にスカートもずり落ちた。


「はうわッ!」


 前かがみなっていたのと上に着ているワイシャツのおかげで下着を晒す事はなかったがかなり際どい格好ではある。

 立ち位置の関係で歩人以外にはその姿が見えないのも僥倖(ぎょうこう)だろう。


「麻姉なんでスカート履いたままつなぎ着てんだよ……」

「ちょっ、これ、ファスナーがスカートから取れな……あゆ君手伝ってください」

「あっ、うん、ちょっと貸してみろ」


(良かったいつもの麻姉だ……)


「いつまでドジをやっているんだ麻香麻」


 麻香麻のスカートを上げて、噛んでいたファスナーをはずすと同時に、潤子達は取り囲んでいた。


「あさっちー、大会までに絵、間に合うの? あと四日しかないよ」

「急がないとマズイ、とボクは思っちゃうよ」


 いつのまにかまた歩人を抱きながら織江が、


「弟きゅんかわいいよぉー」


 は無視して潤子がやや真剣な顔を作った。


「麻香麻、前描いていたアジサイの絵じゃダメなのか?」

「はい、やっぱりこれが高校生最後の大会ですから、もっと、わたしらしいというか、他にもっと描きたい物があるような気がするというか……」


 申し訳なさそうにうつむく麻香麻の表情に、歩人もまた、言葉を失った。



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