第7話 姉からの依頼
「さく姉」
歩人が桜に言ったのは学校の昼休みの時だった。
桜と歩人は一歳違いだが歩人は早生まれのため、一つ上の姉の桜と同じ学年、クラスで勉強をしている。
「さく姉最近山岡って女子と付き合ってるって聞いたんだけど」
「うん、そうだけどどうかしたの?」
やはり桜には山岡へ対する疑念が少しも無いらしい、歩人が山岡の名を出しただけで桜の表情は和らいでいる。
「ぶっちゃけどういう人?」
「いい人だよ、向こうからあたしに話し掛けてくれたし一緒に遊びに行ってくれるし、あたしこんなにちゃんとした友達できたの始めてだよ、そうそう、メルアドも交換したんだよ」
バカでもわかるほど嬉しそうに語る桜。
彼女の山岡へ対する信頼は相当なものだろう。
確かにこれは目上の人間が言っても無駄だなと歩人が蓮華の言葉を頭の中で反芻(はんすう)する。
「あ、あのさあさく姉、俺としてはその山岡って人と付き合うのやめて欲しいんだけど」
「えっ、どうして?」
「どうしてって、そりゃ、その人あまり良い噂聞かないし……」
「もう、歩人君までそんなこと言うの? 確かに山岡さんは髪染めてるし放課後はピアスもしてるけど、あれはオシャレであって山岡さん自身は悪い人じゃないんだよ」
さすがに弟からの言葉だけあり、桜はさして機嫌を悪くした様子も見せず、歩人を窘(たしな)めるような雰囲気で言うと、鞄からお弁当箱を取り出す。
「じゃ、あたし今日は山岡さんと一緒に食べるから」
「山岡と?」
今の言葉に歩人はやや驚いた。
これまではずっと自分と一緒にお弁当を食べていた姉がいきなり他の人と食べると言い出したのだから、それも無理からぬ話である。
足早に教室の出口へ向かう桜の先には髪を茶色に染めた一人の女子がいた。
歩人の超人的な視力により離れていても彼女の耳にピアスの穴は確認できた。
昔から人を見る眼には自信のある歩人の第一印象は最悪。
単純な見た目では言い表せない、人間がそれぞれ持っている独特の気配(オーラ)とも言うべきもので悟る。
あれは悪だ……
歩人の内で何かが静かに流動した時、桜が閉めていったドアがガラリと開いた。
「あーちゃん」
「あゆ君」
バカに明るい笑顔で入室してきたのは二年生の姉あずきと三年生の姉麻香麻であった。
「一緒にお昼食べよう」
走り寄るあずき。
「一緒にお昼食べっ!」
途中でスっ転びお弁当箱をぶちまける麻香麻(あさがお)。
「って麻姉!」
あずきの横をかすめて歩人が床にダイビングジャンプ。
オットセイのようなポーズで床に腹ばいになると床に肘をつけて麻香麻のワキ辺りを受け止め、麻香麻が手放し宙を踊っていた弁当箱はしっかり足首でキャッチし残飯になるのを回避した。
「おー、さっすがあーちゃん、麻お姉ちゃんのフォローはプロ級だね」
大道芸人並の動きに手を叩いて喜ぶあずきを無視して歩人はオットセイが如く上を向いて麻香麻と向き合うと一言。
「なあ麻姉(あさねえ)、そろそろ何も無いところで転ぶのやめないか?」
「はうぅ、ごめんなさいです」
麻香麻が体勢状落せない肩に代わって頭を落すと歩人の額と激突した。
「というわけで、さく姉は山岡って奴のところへ行ってるんだけど」
歩人と麻香麻が痛む額を撫でながら弁当箱を広げ五分後、歩人は早速二人の姉に桜の事を相談していた。
「あず姉と麻姉は山岡についてなんか知らないか?」
「山岡ってあの友達一〇〇人売ったって噂の山岡?」
「山岡ってあの万引き額一〇〇万円って噂の山岡ですか?」
「どんだけ解り易い噂だよ!? つか何情報だよ!?」
驚く歩人(おとうと)にあずきと麻香麻(二人の姉)は顔を見合わせる。
「何情報っていってもねえ」
「女子じゃ知らない人は一人しかいないくらい有名ですよねえ」
「いや、有名なのは分かったけどなんでそいつだけ知らないんだよ、イジメじゃねえかよ……ってまさか……」
歩人の頭に汚れを知らない純真無垢な桜の笑顔が浮かんだ。
(それ、さく姉じゃん……!)
「はは、まっ、まあ桜ちゃんは女の子ネットワーク持ってませんから……」
「生まれてこのかた友達の数ゼロだからねえ」
二人揃って視線を落とし、姉として心配だと言いながらお弁当のおかずをつつき、箸ではさみ、弟君(あゆと)の口元へ……
「…………麻お姉ちゃん」
「…………なんですか、あずきちゃん」
長い沈黙の後にバチバチと音を鳴らす火花。
あずきの背後に虎の、麻香麻の背後に鰐(ワニ)の影が見えるのは多分気のせいだ。
「ハシ、どけてくれないかなぁ?」
「あずきちゃん、こういう時は姉に譲るものですよ」
「姉だからこそ妹にゆずるべきだとおもうなぁ」
お互い眉間に浅いシワをよせ、あくまで穏やかなに話し合う二人。
歩人の口元に掲げられた鳥のから揚げと卵焼きを挟む箸の食い込み具合で二人の怒気が伝わってくる。
二人の様子に見かねた歩人が、
「まあまあ、俺はどっちのも食べるから……」
瞬間。
「あーちゃーん」
「あゆくーん」
二人とも満開の笑みで同時にハシを歩人の口の中に突っ込むと麻香麻は頭を、あずきはあごを高速で撫ではじめる。
「「だから」」「あーちゃん」「あゆ君」「「だぁーい好き」」
真昼間の教室でブラコンラブコメパワー全開の姉二人のせいで全ての男子の目が〈歩人死ね光線発射装置〉へと変わる。
照準は歩人以外に向けられるはずもなかった。
「なぁ、悪いけどみんなの前で撫でるのやめてくれないか?」
渋面でそう言う歩人に当人達は撫でる手を止める。
「えー、なんでー?」
「何か困るんですか?」
曇りなき眼で見つめてくるメガネ(あさがお)とネコ(あずき)の表情に嘆息を漏らし、歩人は「もういい」と言って弁当を食べた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【電撃文庫】から【僕らは英雄になれるのだろうか】発売中です。
電撃文庫公式twitterではマンガ版を読めます!
https://twitter.com/tatatabaty/status/1511888218102267905?cxt=HHwWgoCswd6Up_spAAAA
主人公合格編
https://twitter.com/bunko_dengeki/status/1512023759531950089?cxt=HHwWkoDS7aTm5PspAAAA
魔力出力測定編
英雄に憧れた全ての少年に贈る、師との絆が織り成す学園バトル!
人類を護る盾であり、特異な能力の使用を国家から許可されているシーカー。
その養成学校への入学を懸けて、草薙大和は幼なじみの天才少女、御雷蕾愛との入学試験決勝戦に臨んでいた。しかし結果は敗北。試験は不合格となってしまう。
そんな大和の前に、かつて大和の命を救ってくれたシーカーの息子、浮雲真白が現れる。傷心の大和に、大事なのは才能でも努力でもなく、熱意と環境であり、やる気だけ持って学園に来ないかと誘ってくれたのだった。念願叶って入学を果たした大和だが、真白のクラスは変人ばかり集められ、大和を入学させたのにも、何か目的があるのではと疑われ──。
ニワトリが飛べないのは才能でも努力でもなく環境のせいだ! 無能な少年と師匠の出会いが、一人の英雄を誕生させる──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます