第25話 姉に近づく闇
次の日、いつものように歩人達姉弟(してい)は連れ立って通学路を歩いていた。
その途中で歩人は隙を見計らってさりげなく最後尾へ移動する。
歩人に関して抜群の理解を持つ蓮華は何も言わなくとも横に並んで歩く。
「どうかしたか歩人?」
数日前に不良グループと戦っていた時同様、普段の明るさが消え、戦士の顔つきになった蓮華の声は真剣さに固められ、歩人も蓮華と同じ表情、声質で話す。
「蓮姉、今って眞由姉のファンクラブあるのか?」
「眞由美の? いや、それならあたしが二週間前に潰した筈だ」
「潰した? やっぱ新しいの結成されてたのか?」
「ああ、大学生になったら方々から学生が集まってくるからな、眞由美と同じ新入生の男子共があたしと眞由美を見ながら発情してたから調べたら案の定な、隠し撮りの写真やデータを処分して連中にはあたしの恐怖を擦り込ませておいた筈だけど……」
蓮華の横目で歩人を見て、歩人も横目で蓮華を見て視線を絡める。
「昨日、久しぶりに嫌がらせの電話がきた」
「ヤバイ奴か?」
歩人が頷く。
「内容は今までのと大差無いけど、俺はそう思う」
「あんたの眼力と第六感はあたしの情報網より確実だ、多分また何かあるよ」
「またって、この前みたいなか?」
数日前、桜が山岡サチという女子に騙されて男達に売られ、間一髪のところを歩人と蓮華が助けた。
その時に起こった大規模な乱闘事件は未だ歩人の脳裏に焼きついているのだ。
「いや、ファンクラブはあたしが潰したからそいつは個人で勝手に馬鹿やってるんだろ、ならこの前みたいなデカイ事件になる可能性は低いけど、怪我はまだ完治してないんだよな?」
「戦闘力的には全開時の七〇パーセントってところだな」
「なら問題ないだろ、それとあたしは今日大学終わってから明日の土日含めた三日間、北の方に行かなきゃならないから、その間は家族の事任せる」
「オーケー、蓮姉に頼まれなくても姉さん達は俺が守るから安心してくれ」
それを聞いた蓮華が口元を緩める。
「っで、北って今度はどこに行くんだ? 北海道?」
「いや」
と否定し蓮華は言った。
「ロシア」
(何をしにだ!?)
歩人の顔から血の気が引いた。
その日の放課後、歩人は学校が終わると、部活動のある麻香麻とあずきを学校に残し、桜と一緒に駆け足に学校の門をくぐって眞由美の通う大学へ向かった。
昨日と同じく、通学路は学校帰りの生徒達で賑わっていた。
今のところ、昨日のような気配は感じない。
もしも犯人が眞由美の近くにいる自分を狙ったなら撃退は簡単だ。
しかし、あくまで眞由美本人を狙っているならと最悪の事態を考え、眞由美を迎えに行くのだ。
今まで眞由美を狙ったストーカーは全て蓮華が被害が軽いうちに病院送りにしてきたし、ケンカ最強の姉がいるという噂が抑止力となり、ストーカー達の活動も消極的なものだった。
が、大学生になり、蓮華イコール最強のケンカ師(オーガ)という印象と一緒にストーカー達への抑止力が消え、蓮華本人もいない今、事態はどう転ぶかわからないというのが歩人の判断だ。
(眞由姉(まゆねえ)が本当に好きな人と付き合うなら、俺はいくらでも祝福する、でも……)
歩人の脳内で不良グループに服を脱がされそうになり、涙を流す桜の姿が再生され、続けて幼い頃から自分が泣いている時は必ず側にいてくれた眞由美の笑顔が再生される。
(そうでないなら……俺が殺す!)
携帯電話が振動したのは、歩人の脳内でアドレナリンが放出された瞬間だった。
足を止め、ポケットの携帯を取り出して耳に当てると、電話の向こうは、また気持ちの悪い息づかいだった。
「ハァ ハァ な、南城歩人、お、お前は今日、罰を受ける、お前に……だ、大事な人を取られる苦しみを味合わせてやるぅ、フ、フフフッ、なんて言ってもお前にはまだ四人もオンナがいるからな、でも……でも眞由美さんはもう、僕のモノだ、お前のじゃない、僕だけのモノなんだ……ハハハ、ハハハハハ!」
「おい」
と始めて、歩人の口から殺意が溢れる。
「殺しにいくから場所を教えろ」
言い切ると向こうから一方的に電話が切られる。
「歩人くん、どうしたの?」
桜の問いには答えず、歩人はすぐに眞由美の携帯に電話をかける。
三回のコールで真由美は出ると、歩人は一度息を整えた。
「姉さん、今そっちに向かってるから大学の喫茶店から絶対動かないでくれよ」
だが、眞由美から返答は歩人の気持ちを裏切るもので、
「えっ、今私公園の前にいるよ」
歩人の心臓が飛びはね、歩人は一瞬心臓が体外に出たような気がした。
「なんでだよ!? 朝ちゃんと今日は俺が迎えに行くって言っただろ!?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、確かに蓮華姉さんはいないけど私だってもう大学生で子供じゃ、あっ、ちょっと待って……私に何か用ですか……えっ?……」
電話の向こうから聞こえる小さな悲鳴。
携帯が落ちる音。
そして最後に聞こえる人の立ち去る音。
その瞬間、南城歩人の殺意が彼の器の総量を超えた。
桜に鞄を投げ渡し、歩人の体が爆発したように走りだす。
「ちょっ、歩人くん!?」
桜の制止は聞かなかった。
まるで矢のように空気抵抗を切り裂き駆ける歩人の速力は、確実にオリンピック選手のそれを越えていた。
数百年前に存在した忍者を思わせる速力と動きで通学途中にある公園を目指し、歩人は眞由美の無事を祈った。
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