第24話 うちの姉が最高過ぎる


 放課後、全ての授業が終わり、通学路は帰宅中の生徒で溢れていた。


 新体操部のあずきと美術部の麻香麻は部活、桜は麻香麻の手伝いで学園に残っているため、歩人一人で帰る。


 誰かに振り回される事も無く、通り過ぎる人々の会話や車のエンジン音をBGMに帰るのも悪くないと思いながら、歩人は一般人らしくなく、ただの帰りに道を満喫した。


 一般人とは言っても、数日前に蓮華と協力して不良数十人と乱闘したのだから、今の平和が貴重に感じられてもおかしくはない。

 そこへ、


「あーくぅーん」


 安息終了音に肩を落としたが、声から自分を振り回すような人物では無い事がわかったため、歩人はすぐに気を取り直して振り返った。


「あーくん」


 柔らかい笑みで小走りにこちらに向かってくる少女は歩人の思ったとおり、南条家の次女、眞由美であった。


「今日は一人なの?」

「ああ、麻姉とあず姉は部活でさく姉は麻姉の手伝いだって、姉さんも今帰り?」

「うん、蓮華姉さんも同じ講義だったんだけど用事があるからって黒いスーツ姿の人達とどこかに行ったから今日は私一人だよ」

「黒スーツって、また今度は何しに行ってんだよ……」

「さあ、何かの殲滅戦かはたまた地下格闘技場か、なんてね」


 眞由美の、そんな冗談めいた言葉に歩人の表情も思わず緩む。


「でも二人きりで帰るのって久しぶりだね」

「いつもは他の姉さん達がいるからな、高校生にもなって弟と登下校とか普通はありえないぞ」

「だってあーくん可愛いんだもの」


 一〇年前と変わらぬ仕草で頭を撫でてくる姉の手に小さな幸せを感じて、同時に歩人は背後の気配に気付いた。


 気付かないフリをしてだまって眞由美に頭を撫でられるが、時間の進みに比例して増加する嫌な気配に、とうとう歩人が振り向いた。


「………………」


 あれだけいた帰宅途中の生徒達も、南条家への道を一〇分も進めば誰もいない。

 冷めた顔を夕日に染めながら、歩人の瞳孔がピクリと痙攣し、胸の中で何かが流動した。


「どうかしたの、あーくん?」


 歩人は冷めた顔に温度を与えてから自分とは対照的に、何も感じていない様子の眞由美に、「何でもないよ」と返して前を向くと目を細めた。





 その日の夜、歩人が風呂上りに桜と共有している自室に戻ると、マナーモードにしたままの携帯電話が振動している事に気付いた。


「こんな時間に誰からだ?」


 友達のいない歩人の携帯番号を知っているのはほとんど親戚であり、その親戚も用事があれば両親のどちらかに連絡をする。


 そのため、姉達が全員家に帰っている今の時間帯に歩人の携帯が鳴るのは非常に珍しい事と言える。


 携帯を開き、画面を見ると歩人はボタンを押すのにワンテンポ置いた。


(非通知?)


「もしもし、どちら様ですか?」


 返事は無い、ただ、電話の向こうからは不気味な息づかいが聞こえてくるだけだ。


「もしもし? 用が無いなら切りますよ?」


 まるで一〇〇メートル走でもやったばかりのように激しい息づかいはさらに一〇秒ほど続いた。


 そして歩人がイタズラ電話と判断して携帯電話を耳から話そうとした時、電話の向こうから低い、男の声がした。


「ま、まっ、眞由美さんは僕のものだ、ハァ ハァ ぼ、僕は彼女の事を凄く愛しているし、フゥ フゥ お、お前みたいに色んな女と浮気してるような奴は眞由、眞由美さんには相応しくないんだ……」

「はい?」


「そ、そもそもお前なんて、たまたま同じ家に生まれたっていうだけじゃないか、それだけで、まッ、眞由美さんの一番近くにいるのは不公平だ、ハァ ハァ お、お前は眞由美さんの、重荷になる、そうだ、彼女を幸せにできるのはこの世で一番彼女を愛している僕なんだからな……分かったか……」


 あまりにもキモチ悪過ぎるその内容に歩人は頭を二度掻いてから返答する。


「何お前、また眞由姉の非公式ファンクラブかなんかか? 言っとくけどウチの姉さん達のファンクラブは作るともれなく日本刀持参した鬼が報復に行くからさっさと解散したほうがいいぞ」


 歩人が警告すると、携帯電話からは今までに無いほど激しい息づかいが溢れ出し、最後にボソリと、


「死ね」


 と言い残して携帯電話の通話は切れた。


 厳密に言えば、歩人の携帯に電話やメールが珍しくなったのは今年に入ってからで、去年までは頻繁に電話やメールが来ていた。


 その大半は姉達に好意を持つ男達からで、嫌がらせのような内容ばかりだった。

 それも、歩人自身が言った通り、裏で密かに結成されていたファンクラブを蓮華が全て暴力で潰す事で無くなった。


 そのため、歩人が高校生になってからこのような電話がかかってきたのはこれが始めてである。


 歩人は懲りずにまた誰かが自分への嫌がらせを始めたのだろうと表では楽観視して、通話画面を切って着信履歴を調べるとすぐに直感を信じた。


 自分が風呂に入っている間に非通知の着信が一五回、どう考えても異常である。


 着信履歴を見た瞬間、歩人の瞳孔が一瞬だけ開いた。


 脳内で眞由美と帰宅した夕方の記憶が掘り起こされる。


 あの時、背後を振り返った時には誰も視界には入っていなかった。


 それでも、南城歩人は第六感にも似た感覚で確かに何かを見たのだ。


 ドス黒く、汚らしく醜い何かを、歩人は知覚していた。


 携帯を閉じ、ベッドに座ると歩人は誰もいない部屋で歯噛みし、まだ正体の分からぬ相手に明確な殺意を生み出した。



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