第26話 弟戦士は立ち上がる


「ハァ ハァ ハァ」

「………………いや……」


 夕日が染める紅い公園、そこで怯えきった眞由美は一人の男と対峙していた。


「まま、眞由美さんがいけないんですよ、ぼ、僕はずっとあな、あなたの事が好きだったのに、そ、それに気付いてくれないから、ずっと……ずっと見てたんだから、そろそろ僕のモノになってくださいよ」


 べっとりと汗をかいた肥満の男がメガネをずりあげながら一歩ずつ近づいていく。

 それに対して眞由美は一歩ずつ後ろに退がるが、背中が公園の木に当たって逃げ道を失う。


 迂回すれば済む話なのだが、震える足ではそれを望むべくもなく、眞由美は背後の木に全体重を預ける形で全身を恐怖に震わした。

 男はギトギトの唇を突き出し迫る。


「さ、さあ、僕の愛を受け取って……」

「ざけんじゃねえー!!!」


 歩人の声に眞由美の顔が明るくなり、対照的に男の顔に恐怖が入り込む。


「ヒィッ、あっ、歩人!」


 歩人は臨戦態勢のまま眞由美の前に立ち、男を睨みつける。

 すると、男の反応は歩人の予想に反したものであった。


「ひええ! ごめんなさいぃ! 許してー、もうしませんからぁ、つい魔が刺しただけなんですぅ! ほんのイタズラのつもりだったんですよー!」


 数メートルほどあとずさって地面に顔をこすりつけながら土下座する男に、歩人はやや拍子抜けしてしまった。


 確かに歩人は睨んだ。


 蓮華ほどでは無くても、歩人の迫力ならば大抵の人間はこういった反応をするだろうが、厳密に言えば、男は歩人が睨みつける前、そう、歩人が現れた次の瞬間にはもう後ろへ退いていた。


 遠くから見た時、男は眞由美に接近してはいたが、まだ触れてはいなかった。


「何もされなかったか、眞由姉?」

「うん、まだ何も、全部あーくんのおかげだよ」


 振り返って見ても、眞由美は着衣が乱れているわけでもなく、ケガをしているわけでもない。


 唯一の変化は恐怖からくる涙を目に溜めているといったぐらいだろう。


 今回は随分簡単に片付いたと思いながら殺意を雲散霧消させる。


 すっかり元気になった眞由美がうれしそうに抱きついてきて「ありがと」とお礼を言う。


 必然的に眞由美の豊かな胸が当たり、歩人は顔が熱くなるのを感じた。


 そして、顔の熱さと一緒に、背後の悪意と背中の激痛を感じたのはまったくの同時だった。


 今度は男の方に振り向き、胸、腹、そして肩に激痛が走る。


「!!」


 男の手に握られている黒い塊りは誰が見てもハンドガンだが本物では無いだろう。


 本物ならば弾は歩人の内臓に達しているはずだからだ。


 しかし、歩人の感覚では弾は筋肉の中で止まっている。


 激痛に苛(さいな)まれながら、歩人は以前に見たニュースの内容を思い出す。


 それは違法に改造したモデルガンの危険性を提示した内容で、必要以上にガスの圧力を高め、さらにプラスチック製ではなく、金属製の弾を使う事でその威力は車のフロントガラスやアルミ缶をも貫くというものだった。


 日本国内で銃火器を手に入れる難しさを考えても、男が持っているのはその改造モデルガンだろう。

 

 強化ガラスや金属を貫くのだから、服の上からでも人体を傷付けるのも可能ということか、男はなんの躊躇いも無く連続して引き金を引いて歩人を撃ち続ける。


 突然の痛みによる混乱、そして何よりも自分の後ろに眞由美がいることで歩人はその場を動けず、男の発砲した全ての弾をその体に受ける事になった。


 やがてモデルガンの弾が切れ、歩人がその場に倒れ伏す。


「あーくん!」


 眞由美は再び目に涙を溜めて歩人にすがりついた。


「あーくん、あーくん、あーくん!」


 モデルガンの弾を補充しながら、男はまた一歩近づいた。


「さあ、これで邪魔者はいなくなりましたよ眞由美さん、だから僕の愛を」


 不気味に笑う男に眞由美は泣きながら声を張り上げる。


「なんで! なんでこんな事をするの!? あーくんが何をしたっていうのよぉ!」


「ハァ ハァ だって仕方ないじゃないですか、そいつがあなたの一番近くにいるから、本来は僕がいるべき場所にそいつが、歩人がいるから、大丈夫、その悲しみは僕が埋めてあげますよ、だから眞由美さんもこれからは僕を愛してください」


「なんで!? なんで私なの!? 私貴方と話た事も無いのに……!!」

「何を言ってるんですか、愛に言葉なんていりませんよ、一目見た時から思いました、眞由美さんは、この汚れた世界に舞い降りた天使なんだって、そして僕はその天使を守るために生まれた騎士(ナイト)なんです、だから……」


 歩人が真横に跳躍した。

 倒れ伏した状態からの機敏な跳躍、それも全身に一〇発以上の鉄粒がめり込んだ体でだ。



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